07-06


 ここらへんで夏祭りと言えば、駅前の商店街で開催されるものを言う。

 最近では商店街自体が寂れはじめているので、どことなく哀愁漂う祭りではあるが、まぁ地方の祭りなんてそんなものかもしれない。


 商店街全域に出店が立ち並んでいる。その列はやたらと長い。 

 人々は浴衣を着たりして、家族や友人や恋人と一緒にやってくる。

 やたらと高いカキ氷やらお好み焼きやら焼きそばやらを食べて、「美味しい」という。


 商店街から脇道を逸れて街中を歩いてみると、家々の立ち並ぶ道の間に、石造りの水路があることに気付く。

 水路が街中を貫いて存在している雰囲気は、なんとなくいい感じ。昔風で美しい。

 しかもそれに沿って桜の木が伸びていたり。

 

 歩くと癒される。


 夜。

 俺たち(七人)は、賑わいだ雑踏から遠くの、そんな道を歩いていた。

 祭りに行く人数が多かったので、アキラさんに車を出してもらったのだが、当然、駐車場なんてなかなか空いていない。


 そんなわけで、割と遠くで下ろしてもらって、そこから歩いていくことになったのだ。


 ちなみにアキラさんとユリコさんは今日は二人で夏祭りを楽しむらしい。仲が良いのはよいことだ。


 女子勢は浴衣率が高かった。

 着ていないのは屋上さんと後輩の二人。妹と幼馴染はせっかくなのでと浴衣を着ていた。


 巾着まで持って草履まで履く徹底ぶり。懐からがま口財布でも出しかねない。


 空には月が出てきたが、街灯の明かりが周囲を照らしていた。

 なんとなくしんみりする。


 るーとタクミは祭りに行くのが楽しみで仕方ないらしく、ずっとは騒いでいる。

 それを見て、後輩と幼馴染があんまりはしゃいで、はぐれないように、と諌める。


 妹と屋上さんはその少し後ろを歩いている。少しずつ馴染んでいるようで、ふたりだけでも話をするようになった。

 いまいちどんな話をしているのかは想像できないのだけれど。


 出店のある通りに辿りつく。人の話し声が連なって、周囲を覆っていく。

 ともすれば隣を歩く人の声も聞こえないような喧騒。

 

 通るのに難儀するほどではないものの、それでも多くの人が祭りにやってきていた。

 浴衣を着ていたり、水ヨーヨーを持っていたり。

 

 射的だのくじ引きだのが並んで、広場ではステージの上で和太鼓の演奏がされていた。

 

 食べ物を食べたり、ステージを眺めたり、遊んでみたり。

 

 女性陣がタクミとるーを連れて盛り上がったので、俺はひとり置き去りになる。 

 こういうときのテンションだと、あんまり話に入れない。なんとなく。

 

 仕方ないのでフランクフルトやアメリカンドッグやチョコバナナやお好み焼きをひとりで食べた。


 すぐに腹がつらくなった。


「なにやってんだ俺は……」


 もはや自身を犠牲にしたギャグにしかならない。


 出店の中には普段見ないようなものもあった。

 最たるものとして、飴細工が挙げられる。割り箸大の一本の棒に、干支の動物の形をした飴を作って売る出店。

 注文を受けてから作り始めるため、待ち時間は長いが、物珍しさも相まって人は列を作る。


 るーとタクミが欲しがって、長時間待たされることになる。

 出店なんて多少は待たされるものだし、そうすることが祭りのメインなのだから、あんまり苦にはならない。

 慌てたっていいことはない。  


 人波の中を歩いても、夜なので少し涼しい。


 買ってきた飴を舐めながら、ふたりは笑いながら歩いていた。なんか癒される。


 でも。


 後輩と幼馴染はその少し後ろを歩いていて、

 妹と屋上さんは、さらに後ろを歩いていて、

 俺は、一番後ろを一人で歩いている。


 なんだかなぁ、という気持ち。


 結局、集団の中にいても、俺は取り残されている気がする。

 馴染めていない気がする。自分だけ。


 置いてけぼりの気持ち。

 子供っぽい疎外感。


 綿飴でも食うかな、と思って立ち止まる。

 携帯があるし、はぐれたらはぐれたでなんとかなる。


 出店に並んで、綿飴を頼む。

 少し待たされる間、手持ち無沙汰になる。


 そのとき、服の裾を引かれた。


「なにやってんの?」


 屋上さんがやたらと近くにいた。

 遠くでみんなも立ち止まっている。

 なんだろうねこれは。

 この微妙にうれしい感じ。気恥ずかしい感じ。なにやってんだ俺は、という感じ。


「綿飴、私も欲しい」


 屋上さんがそういうので、二つ目を注文する。ちょっと待って、受け取って、一緒にみんなを追いかける。

 なんか。

 ちょっとうれしかった。


 置いてかれてないや、っていう。

 まぁ、それだけのことなのだけれど。

 ちょっとどきっとした。


 そろそろ帰る頃合かな、と思って引き返そうとすると、妹が屈みこんだ。


「どうした?」


 と、見てみると、草履の鼻緒に擦れたのか、指と指の間が赤くなっていた。


「痛い」


 まぁ、こういうこともある。


「ほれ。おんぶ」


「なんで?」


「痛いんだろ」


「でも浴衣だし」


「……何か問題が?」


「恥ずかしいです」


 埒が明かないので、強引に負ぶった。


「この馬鹿兄。周りの目を少しくらい気にしろ」


 なぜか怒られる。

 

 後輩が微笑ましそうにこっちを見ていた。

 ……なんで一番年上みたいな雰囲気をかもし出しているんだ、あいつは。


 どうせ駐車場までだし、ちょっとくらい我慢してもらおう。

 来た道を遡って駐車場に戻る。大人ふたりには幼馴染が電話した。


 なんとなく落ち着かない。


「どうしたの?」


 そわそわしていると、背中に乗る妹に声を掛けられた。肩越しに返事をする。


「浴衣って帯とかで胸が当たらないもんだと思ってたんだけど、意外と当たるんだな」


「最低だこの兄」


 比較的真面目な意見です。

 それでも妹は、強引に離れようとはしなかった。疲れてるらしい。

 しばらく歩くと、不意に背中にかかる重みが増した。

 寝たっぽい。


「……この状況でよく寝れるなこいつは」


 呆れる。

 三分かからないって。

 世界中の赤ん坊がこうだったら、育児ノイローゼも半数がなくなるだろう。


 駐車場につくと、ユリコさんたちは既に車に乗っていた。

 

 帰りの道の途中で、るーとタクミは眠ってしまった。

 妹も目を覚まさないまま幼馴染の家につく。アキラさんは家まで送ると言ってくれたが、近いので断ることにした。


 屋上さんたちはアキラさんに送られていくことにしたらしい。それがいい。

 別れ際、屋上さんと目が合った。


 なんか、変な気持ち。

 そわそわする。





 家に帰って妹をベッドに寝かせようとしたところで、浴衣のままではまずいだろうと気付く。

 どうすることもできないので、とりあえず起こすことにした。


 妹はしばらく眠そうにしていたけれど、やがてしっかりと起きたようだった。


 自室に戻ってベッドに倒れこむ。

 疲れた。

 

 人の多いところはあまり得意じゃないし、騒がしい場所にいると混乱する。気疲れもあった。

 でもまぁ、楽しかった。


 明日も行ってみようかな、と思う。


 全身がほどよく疲れていたら、その日は心地良く眠ることができた。


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