07-03
翌日、暴風警報だか強風警報だか大雨警報だかが出た。
にもかかわらず、幼馴染とタクミの二人も、三姉妹も、なぜか俺の家にやってきた。
「風、強いなぁ、とは思ってたんですけど」
後輩がぼそりと呟いた。
「台風とは知らなかったなぁ」
「テレビくらい見ろよ」
「夏休みのテレビなんてアニメの再放送スペシャルくらいしか見ないっす」
それもそうかもしれない。
強い雨が窓を叩いていた。風が木々をしならせている。
とてもじゃないが外に出れる天気じゃない。
「帰りどうすんの?」
「まぁ、たぶんなんとかなりますよ」
そういいながら三姉妹も幼馴染たちも、勢いが弱まったタイミングを無視し、完全に帰るタイミングを逸した。
タクミとるーのテンションがやたらと高い。分かる。台風とか超ワクワクする。
「いざとなったら、泊まっていいですか?」
「おまえそれ最初から狙ってたろ」
言動とか、どう考えても面白おかしく騒ぎたくてやってきたようにしか思えない。
けれど実際、夕方を過ぎても、台風も勢いを弱めなかった。すごい雨。
テレビをつけると、川が増水して洪水の恐れがあると言っていた。恐ろしい。
車で迎えでも頼まないと帰るのは難しそうだ。
後輩は夕方頃に家に電話して、外泊の許可を取ったらしい。恐ろしい行動力。
タクミと幼馴染は無理をすれば帰れなくはないが、便乗してうちに泊まりたいらしい。
もうどっかに集まってお泊りしたいだけにしか見えません。
仕方ない。
とりあえず普段使っていない和室をあけて、押入れにしまってあった敷布団を敷く。
人数分はなかったので雑魚寝してもらうことにした。この間と同じだし問題ないだろう。
俺は自分の部屋に寝るからいいとして、妹も和室で寝たがった。
狭くはなるが無理ではない。女に囲まれて寝ることのできるタクミが羨ましくてたまらない。
夜になると妹、幼馴染、後輩がキッチンに立った。やっぱりもともと計画していたんじゃないだろうか。
というか、やけに多い荷物とか、よくよく考えるとおかしな点がいくつかある。
そういえば冷蔵庫の中に、普段より圧倒的に多い量の食材が用意されていた。
共犯か。妹を見る。目をそらされる。こいつだ。
食事をしてから、全員で集まって騒ぐ。
ゲームする。話をする。遊ぶ。
順々に風呂に入って、早々に寝床へと向かう。
俺以外。
一人でリビングに取り残される。廊下から聞こえてくる話し声。楽しそう。
置いてけぼりの気持ち。
でも、参加するのもまずい。いろいろ。湯上り、布団、雑魚寝。
なぜだか気分が落ち着かない。
仕方ないので冷蔵庫に入っていたチューハイを出す。缶一本。
俺は酒を飲むとエロいことを考えられなくなる体質をしている(バーベキューのときも何もしていないと信じている)。
ちびちびとチューハイを飲んでいると、少しずつ話し声が静かになっていく。
時計の針を見ると八時を過ぎていた。そろそろタクミやるーは寝た頃だろうか。
少しして、屋上さんがリビングにやってきた。
「どうしたの?」
「落ち着かなくて」
落ち着かないらしい。それはそうだ。俺だって落ち着かない。意味が分からない。唐突だし。
寝巻きは妹のものを貸そうとしたが、サイズが合わなかった。
るーや後輩のものはどうにかなった。幼馴染に関しても。
屋上さんだけは合うものがなく、結果的に俺のシャツとジャージを貸すことにした。
おかげでなんか薄着。
でも酒を飲んだ俺は無敵だった。
「屋上さん」
「なに?」
「一緒に寝ようか」
「……いっぺん死ねば」
久しぶりにその言葉を訊いて、なんとなく安心する。
彼女は椅子に腰掛けて周囲をせわしなく眺めた。
いい機会なので、前から気になっていた疑問をぶつけることにする。
「屋上さんって、どこの中学に通ってたの?」
「遠く」
と彼女はすぐに答えた。
「中学の頃は別の街に住んでたから」
「へえ」
と俺は相槌を打った。でも、後輩はこの街に住んでいた。変なの。
後輩の言葉を思い出す。家庭の事情。
難しい。
屋上さんはしばらくリビングで休んでいた。麦茶を出す。飲む。休む。まったりする。
「暑い」
思わず呟くと、屋上さんは「うん」と頷いた。
よく分からない。距離感が。
◇
その夜、また、変な夢をみた。
夢の中で俺は教室にいた。机をはさんだ正面に、メデューサが座っている。
「それで、君は」
彼女は神妙そうな表情で口を開いた。
「こう言うわけね。つまり、ハーレムを築きたいと」
「いえ、その言い方だと語弊があります。俺はですね、みんなと仲良くやれたらなぁと」
「あわよくば全員と淫らな関係を持ちたいと」
「そんな童貞の妄想みたいなこと考えてません」
「ほんとに?」
「ちょっと考えました」
男の子ですから。
「救いがたい童貞ね」
メデューサは静かに溜息をついた。
「貴方の悩みを分かりやすく解決する手段があるわ」
「なんでしょう」
夢の中のメデューサはどこか妖しげな雰囲気があった。
俺は彼女の言葉の続きを、固唾を呑んで待つ。
「二股をかければいいのよ」
「最悪だ!」
できれば絶対にしたくない行為だった。
「妹さんは妹なわけで、ほっといても一緒にいるでしょ。あとは二人、他の女性と付き合えばいいのよ。三人もいれば、まぁハーレムじゃない?」
「なぜ妹がハーレムに入るのかが謎なのですが」
「だってアンタ、妹のこと好きでしょ」
「え?」
「ぶっちゃけ、好きでしょ?」
何言ってんだこいつ。
「大丈夫大丈夫。なんとかなるって。アンタ、愛してるの響きだけで強くなれちゃうタイプだから」
「それ、暗に童貞だってバカにしてますよね?」
「別にそんなことないわ」
素直に話を聞くのがバカらしくなって立ち上がる。教室から出るとき、うしろからメデューサが声を掛けてきた。
「相談料、億千万円」
小学生かよ。
俺は廊下に出てから周囲の様子を見る。隣の教室から、なんだかすごそうなオーラが漂っていた。
クラス表記のプレートには、「なおとの館」と書かれていた。彼に相談してみるのも悪くないだろう。
教室に入ってすぐ、窓際の席に座りアンニュイな表情を浮かべているなおとを見つける。
俺は彼の隣の席に腰掛けた。
「どうした、若人よ」
夢の中で彼はオッサンチックな口調になっていた。
俺は真剣に相談した。
「恋に悩んでいるのです」
「おまえ、考えすぎるタイプだもんなぁ」
なぜか見透かされていた。
「で、誰なん、誰が好きなん? 歳は? 相手の年収は?」
オッサンからオバサンになったが、ツッコんでもしかたないので無視する。
「三人」
「三人。三人か」
「……三人?」
自分で言っておいて、なんで三人なのか分からなくなる。
幼馴染、妹、屋上さん。
三人。
「なぜ妹がハーレムに入るのか分からない」とかいいながら、しっかり妹をカウントしていた。
俺はあほです。
「難しいな、三人は」
いや、難しいとか以前に、倫理的にないと思うのだが。
いろいろ。
「でも、可能ならハーレム作りたいだろ?」
作りたいけど。
でもそういう問題じゃなく、自分の姿勢として、それはよくないと思う。
「なんだかんだで、うやむやにしたまま女に囲まれていたいわけだ」
「やめて言わないで」
本音を突付かれた。
居心地が良すぎるのです。
「あわよくばいい思いもしたいと」
なおとは言葉を区切った。
「最低だな」
最低だった。
「そんな貴方に朗報です」
急に営業っぽい口調になる。
どこぞの通販番組みたいだ。
「ハーレムルートが開放されました」
「何ギャルゲーみたいなこと言ってんだ」
真面目に相談した俺がバカみたいだ。
「だいたいさ、悩むことがおかしくね? おまえ」
なおとは急に荒っぽい口調になった。
「おかしいって?」
「なんかさ、『女の子がいっぱいいすぎて誰かひとりなんて選べないよー』みたいなこと言ってるけどさ」
語弊があるが、まぁだいたい正しい。
「ぶっちゃけ、誰もおまえのこと好きだなんて言ってないじゃん」
「そういえばそうだ」
急に冷静になる。
「別に告白されたわけでもないし、おまえだって誰かと恋人になりたいってわけでもないんだろ?」
「うん、まぁ」
「だったら今のままでいいじゃん」
「うん。……うん? そうか?」
納得できるような、できないような。
「とりあえず、今はこのままでいいんじゃねえの? そのうち女の子たちにも彼氏ができて、おまえはひと夏の淡い思い出を手に入れる。
あんまり想像したくないことだ。
でも、実際、そうなるのが普通だ。
置いてけぼりになる。自然と。
二兎追うものは一兎を得ず。
「そうだな、このまま居心地のいい空気を楽しんでおくといい。何年かあとには傍には誰もいないわけだ」
なおとは嫌な感じに笑った。憫笑。
「そんな殺生な」
「どこが殺生なものか。この浮気者。貴様はいったい誰が好きなんだ」
「そんなことを訊かれましても」
「ちやほやされるのが気持ちいいだけだろう!」
「ちやほやされてないです」
「されてないっけ?」
「されてないです」
されてなかった。
「まぁとにかく、どうせ長くは続かないんだから、今のうちにいい思いしとけってことだ」
なおとが話を終わらせた。
そんなことを言われても困る。
考えても仕方ない。が、なんかこう、あるだろう。
不安みたいなものが。
なおとが嫌な感じに笑う。
いつのまにか現れた先輩が、俺の方を見てにっこりと笑った。
「じゃあ、彼女は僕がもらっていくから」
幼馴染がさらわれる。
どうしたものか。
ひとりを選べないなら、自分のところにつなぎ止める権利などないわけで。
本当にこうなったとしても文句はいえないわけで。
だが感情的なことを言わせてもらえるなら。
ひとりじめしたい。
最低の発想だった。
その晩俺はひどくうなされていたらしい。
意識がはっきりしたあとも、起き上がることはなかなかできなかった。
目を覚ますと誰もいなくなっていたりするんじゃないかな、と思うと、どうしても目を開けるのが怖い。
置いてけぼりの気持ち。
それでもとにかく目を開ける。
と、なんか人がいた。
最初に目に入ったのは幼馴染だった。
その少しうしろに、妹と屋上さんが並んで立っている。
「……なにやってんの?」
部屋に侵入された挙句、寝姿を観察されてたっぽい。
「起こしにきたらうなされてたから」
幼馴染が答える。たしかにひどい悪夢だった。
とにかく起き上がる。三人は硬直していた。
「……なに? 寝言でも言ってた?」
三人はそろって首を横に振った。
なんだろう、と思って、気付く。
時間は朝。
季節は夏。
寝相が悪いと、タオルはすぐ落ちる。
薄着だから、いろいろ見られる。
察される。
お約束だった。
「先輩、起きましたか?」
後輩がドアの向こうから現れる。るーも一緒にやってきた。
……えー。
「とりあえず、出て行ってください。全員」
追い出した。
ベッドから起き上がって伸びをする。
服を適当に選んで着替えた。
それが終わる頃には、夢の内容は思い出せなくなっていた。
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