07-02


 ある日、祖父母の家に遊びにいくことにした。

 暇は持て余していたし、親戚たちが帰ってくる盆までは日がある。


 うちにいるよりも山に近い祖父母の家の方が涼めるのではないか、という考え。


 裏の山を通ると、舗装された道路が丘沿いに進み、その左右には向日葵畑が開けている。

 田舎、夏、という風景。

 ちなみに舗装されていない山道を通って山頂に向かうともれなく虫に刺されたり筋肉痛になったりする。


 ついてすぐ、犬を散歩に連れて行くように言われる。

 

 暑いのに。

 わざわざなぜ外に。


 文句は黙殺され、結局、妹とふたりで‘はな’を連れて散歩をすることにした。


「暑い」


「暑いな」


 適当に歩く。なだらかな傾斜に沿って丘を登る。車がぎりぎりすれ違えるような狭い道路、はみ出た木々。

 太陽は疲れ知らずで、夏を延々と燃やし続けている。


 台風でも来ればいいのに。

 それはそれで蒸し暑いのだが。


 丘を登り、向日葵畑の間を歩く。


 子供の頃も、こうやって散歩をしたような。


 向日葵はまだ咲いていなかった。満開ともなれば声を失うほど綺麗なのだが、あいにく今年は開花が遅い。


 ぼんやり歩く。

 リードを持った手がぐいぐいと引っ張られた。急ぐこともないので、力をこめて抑え、ゆっくりと進む。


 丘を登りきってから引き返す。ふと横を歩く妹の顔を覗き見た。

 別に何も考えてなさそうな表情。散歩なんてするのも久しぶりだ。

 最近じゃコンビニかファミレスくらいまでしか歩かない。たまにはこういう時間も必要だろう。


 祖父母の家に戻る。

 昼寝がしたくなって座敷に寝転がる。祖母がタオルケットを出してくれた。子供の頃使った奴。懐かしい。


 せっかくなので妹も誘ってみる。


「一緒に寝る?」


「なんで? 暑いのに」


「いいから」


 強引に隣に寝かせる。タオルケットを共有する。天井。縁側から流れ込む風。風鈴の音。


「超落ち着く」


「私は落ち着かないけど」


 感覚の違いがあるようだった。


「このタオルに一緒にくるまって、怖い話したこともあったな」


「あったっけ?」


「あったんだよ。そしたらおまえがすごく怯えて、夜中にトイレにいけなくなって」


「それはない」


「まぁそれはなかったけど、怖がってたのは本当」


「そうだったっけ」


「そうだった」


 怪談とはいえ子供がするものなのだから、そこまで怖い話なわけがない。

 それなのに、そもそも妹は聞こうとすらしなかったのだ。


 懐かしい気分。


「おまえがお祭りでもらってきた風船を俺が割っちゃって、わんわん泣かれたこともあったな」


「それは覚えてる。私が買ってもらったお菓子を半分以上食べられたりとか」


「嫌なことだけ覚えてるんだな」


 そう考えると、あまり嫌な思いをさせるわけにもいかないと思う。 


 昔の話をしてみると、忘れていたことを結構思い出したりもした。

 自分では覚えているつもりだった記憶も、妹の記憶と比べてみると齟齬があったりする。

 

 なんとなく物思いに耽る。

 

 夏と田舎は人をノスタルジックな気分にさせるのです。


 しばらく黙っていると、いつのまにか妹は眠ってしまったようだった。

 俺だけ起きててもしかたないので、瞼を閉じて眠ろうとする。


 気付くと、起きているのか寝ているのか自分でも分からないような状態になっていた。

 しばらくまどろみの中で溺れる。眠っている、という感覚。





 目が覚めたとき、だいぶ時間が経っていたような気がしたが、実際には三十分と経っていなかった。

 それなのに、少し疲れが取れたような気がする。

 こういうときは少しうれしい。


 ふと見ると、妹は隣ですやすやと寝息を立てていた。

 落ち着く。


 普通の兄妹って、こういうことしたりするのかな、と思う。

 するかもしれないし、しないかもしれない。よく分からない。


 考えてみれば、俺と妹はふたりきりでいる時間が長すぎたのだ。


 祖父母と一緒に暮らしていた頃は、料理も出たし面倒も見てもらえた。

 それでも両親がいないのは寂しかった。


 家に戻って暮らすようになると、今度は自分たちのことは自分たちでやらなければならない。


 本来なら、母の仕事が落ち着いてきて、子供の様子を見れるから、という理由で家に戻ったはずだった。

 一年を過ぎた頃に、ふたたび母の仕事が忙しくなった。

 たぶん、人生でいちばん、毎日楽しくて仕方なかった時期だった。

 それ以前も以降も、寂しかったり忙しかったり落ち着かなかったりで大変だったし、今だってやることが増えて大変だ。

 多少、余裕は出てきたけれど。


 年上だからという理由で、祖母は俺に家事を仕込んだ。自然な考えだと思う。

 そこから少しずつ、俺が妹に教える。祖母に協力してもらいながら。


 一通りの家事を祖母の手伝いなしでこなせるようになる頃には、兄妹で協力しあうという考えはごく自然に身についていた。


 協力することを自然に思っているからか、あるいは両親がいない時間が多いからか。

 そのどちらのせいかは分からないけれど、どうやら他の人間からみると、俺と妹の距離は普通より近いらしい。


 実際、今になって思えばたしかに普通ではない、と思うようなことは多々ある。


 妹が小学校高学年になる前くらいまで、一緒に風呂に入ったりしていたし。一緒に寝てたし(1、2年前まで)。


 一緒に風呂に入っていたのは、祖母が俺たちをまとめて風呂に入れたから。

 一緒に寝ることが多かったのは、祖父母の家では全員が同じ場所で寝ていたからだ。 

 

 でも、いつのまにかそういうことはなくなった。たぶんそういうものだからだろう。距離はとれるようになっていく。

 それなのに、なんとなく、未だに、どこかで距離を測りかねている。


 油断すると、距離が詰まりそうになる。

 

 それが普通ではない、と、いつのまにか知ったから距離をとるようになっただけで。


 距離を測りかねている。

 たまに、困る。


 そういうときに助かったのか幼馴染の存在だった。

 子供の頃からユリコさんと一緒にうちに来て、俺たちと遊んだ。

 

 彼女は「ふつう」の基準を教えてくれる。どこがおかしくて、どこが間違っているかをはっきりとさせてくれる。

 とはいえ、幼馴染にも男兄弟はいないから、そのあたりは適当だったりしたのだが。


 自分たち兄妹以外の誰かがそばにいるというのは、上手な距離のとり方を把握していくのに一役買った。


 結果的に余計混迷とした気がするけど。

 なぜか幼馴染まで一緒に風呂に入りたがったり、一緒に寝たがったり。


 小学に入って少しした頃には、多少の分別がついて、幼馴染と入るときは水着を着てたりもした。そういうこともある。

 それが妹との関係に適応されたかどうかを考えると、微妙なところだ。


 いろいろがんばってはみたけれど。

 いまさら、「普通の兄妹の距離感」を手に入れるには、ふたりきりでいる時間があまりに長すぎた。


 もやもやする。

 困る。


 妹なのに。


 でもまぁ、考えても仕方のないことではある。


 起き上がって祖父母が休んでいる居間へと戻る。昼時らしかった。


「出前取ろうと思うんだけど、何がいい?」

 

 チャーハンとラーメンくらいしか選択肢がない。ラーメンは多彩。チャーハンは大盛りが有効。


「チャーハンとラーメン一個ずつ」


「妹は?」


「寝てる。どっちか分からないから、一個ずつ」


「はいはい」


 出前が届いてから、妹を起こした。四人で一緒に食事を取る。

 妹がラーメンを選んだので、俺はチャーハンを食べた。


「ちょっとちょうだい」


 要求される。食べさせた。


「俺にもくれ」


 分けてもらう。


 よくあること。





 夕方頃に、祖父に送られて家に帰る。泊まっていけとも言われたけれど、やめておいた。

 家に帰ってから、なんとなく手持ち無沙汰になってぶらぶらと散歩をすることにした。

 

 妹もついてきた。一緒になって歩く。ちょっと遠くまで。

 

 しばらく歩くと堤防があって、一級河川と書かれた看板が立っている。

 でかい川。前、幼馴染と一緒にここにきて、浅いところで遊んだ。


「台風、近付いてるらしいよ」


 不意に妹が言った。


「また?」


 この間もそんなことを言っていた。結局逸れていったけれど、今度はどうだろう。


 家に帰ってから、簡単なもので夕食を作った。

 料理は妹に任せる。その間風呂掃除を済ませて、お湯を張っておく。


 余った時間で課題を進める。もうほとんど終わっていた。

 部活動の日程を確認する。あと三回ほどしか活動はなかった。


 夕食の後、映画を見ようとして、祖父にDVDを返し忘れたことに気付く。今度また、いかなくてはならない。


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