06-04
翌日、揃ってショッピングモールまで足を伸ばす。
大人数で動きすぎて統制が取れない。本来取る必要はないのだが、はぐれそうで不安になる。とくに子供が二人もいると。
後輩とるーが手をつないでいた。なんとなく理解する。
タクミも幼馴染と手をつなぐ。親戚だから当然だった。
「俺たちもつなぐ?」
「その冗談、面白くないから」
妹はやっぱり辛辣だ。
女性陣は浴衣やら水着やらを見たいようなので、気を利かせて子供たちを引き受ける。
あとでこの二人の水着についても確認しておかなければならない。
妹には、あらかじめ多めの金額を渡しておいた。
もともと妹と俺の小遣いは親から別々に与えられているけれど、何か必要になったときの予備費などを、何種類かに分けて管理しているのは俺だった。
ちなみに妹は食費関係を管理している。たぶん妹に全部任せたほうが家計には優しいだろうが、兄として何の責任も負わないのは忍びない。
俺は子供をつれて時間を潰すのにもっとも都合のいい一角へと身を投じた。
アミューズメントパーク。ゲームセンター。
「いいか、このあたりは音がすごいから絶対にはぐれるなよ、二人とも。はぐれたら見つけられないから」
強めの口調で脅かす。二人の表情に緊張が走った。
「まずは修行だ。るー、何か欲しいプライズはあるか?」
「プライズってなんですか?」
「景品って意味だ。用例を挙げると『彼女はUFOキャッチャーのプライズを物欲しそうな顔で見つめていた』となる」
「ひとつ賢くなりました」
「で、あるか? 欲しいプライズ」
「じゃああのぬいぐるみで」
るーはUFOキャッチャーのプライズを物欲しそうな顔で見つめていた。キャラモノのぬいぐるみ。
「タクミ、いいか。男には、女が欲しがっているものを常に提供できる能力が必要とされる」
「なぜ?」
タクミはどうでもよさそうに訊ねた。
「モテるためだ」
「俺、モテなくてもいいよ」
「強がるな!」
俺は渾身の力を込めて叫んだ。
周囲の温度が少しだけあがった。
「男として生まれたからには女にモテたいものなんだよ! 自然の摂理! 本能なの!」
るーが面白そうにこちらを眺めていた。サーカスの観客みたいな顔。俺は珍獣か。
タクミは気圧されたように頷いた。
「わ、分かった」
「では、女にモテるために求められる男としての能力とはなんだろう? タクミ少年」
「え、えっと……」
「そう。その通り。UFOキャッチャーのプライズを手に入れる技術だ」
「まだ何も答えてないんだけど」
「こればっかりは練習してコツを掴むしかない。栄えある未来を手に入れるために立ちふさがる試練だと思え」
「絶対に必要なタイミング来ないよ、その技術」
不服そうにするタクミに、一度実演してみせることにする。
るーが欲しがっていたプライズの入っている筐体を選ぶ。小銭を投入。
挑戦する。
失敗する。
「……とまぁ、こういうこともある」
「先生、頼りないです」
るーが楽しそうにくすくすと笑った。
もう一度小銭を投入する。
失敗する。
「……まぁ、その、なんだ。こういうときもある」
「先生、とれないんですか?」
「とれないんじゃありません。ほら、タクミ、やってみろ」
小銭をみたび投入して、タクミに操作させる。
あっさり取った。
「取れたけど」
「ええー……」
なんだこの状況。神が俺をいじめているとしか思えない。
「ほら」
タクミは取り出し口に落ちてきたぬいぐるみをるーに手渡した。
こいつ、取った後の微妙な駆け引きまでできてやがる。
具体的にいうと、あまり露骨な感じにならず、あくまでそっけなくぶっきらぼうに振舞うが理想的なのだが、そこまで忠実にできている。
負けた。小学生に。完璧に。
これが主人公属性か。生まれて初めて目の当たりにした。末恐ろしい。
「ありがとう」
るーはタクミに笑顔でお礼を言った。
まぁいいか。見てて微笑ましいし。
昼時に一度集合してフードコートへ向かう。ただでさえ混雑していた中で空いている席を見つけるのは困難だった。
モール内のレストランの受付で記名して席が空くのを待つ。
しばらく待ってから席に案内される。昼時とはいえ、時間が流れれば席も空く。
七名。
ぶっちゃけ狭い。
テーブル席に案内されたものの、明らかに人数オーバーだった。食器も置ける気がしない。
仕方ないので、俺と妹だけ他の店で軽く済ませることにした。
「買い物、終わったのか?」
話の種にと訊ねると、妹は小さく頷いた。
「私のはね。お姉ちゃんがまだだけど」
幼馴染は買い物は長い。
対して妹の買い物が短いのは、いつも誰かと一緒に行くせいで、気を遣って早めに済ませるのが癖になっているからだろう。
「そっちはどうだったの?」
「なにが?」
「タクミくんとるーちゃん」
どうしたもこうしたもない。
「二人とも俺よりよっぽど大人です」
「まぁ、だろうけど」
冗談のつもりが、本気で肯定されて落ち込む。
「いや、冗談だよ?」
妹は後になってフォローした。落として上げるのは心臓に悪いのでやめていただきたい。
買い物は結局、夕方まで続いた。
帰る頃には東の雲が紫に染まっていた。肩を並べて歩く。
通行人の邪魔をしないようにと歩道を歩くと、どうしても縦に長い列になる。
すると自然と、会話に混ざれる人間と混ざれない人間が出てきて、俺はどちらかというと後者になりやすい人間だった。
なんだかなぁ、という気持ち。
置いてけぼりの気持ち。
幼馴染、妹、後輩が並んで話をしている。
その少しうしろを、るーとタクミが並んで歩いている。
屋上さんが、そのうしろ。
俺がさらにうしろ。
「屋上さん」
「なに?」
一瞬、何かが頭の隅を過ぎった。
すぐに思い出す。休みに入る前、屋上で彼女に声をかけたときと、反応が似ていた。
でも、似ているだけで、ちょっと違う。髪形とかいろいろ。
「なんでもない」
何かを言おうとしたのだけれど、何を言おうとしたかは思い出せなくて、結局そう言うしかなかった。
屋上さんは特に不審にも思わない様子で、また前を向き直る。
会話はないけど、悪くない。
でも、なんだかなぁ、という気持ち。
もうちょっと。
というのは贅沢か。
まぁ、今はいいか。
帰る途中で幼馴染たちとは別れた。妹と俺も、三姉妹を見送って家に入る。
るーが抱えたぬいぐるみが目に入った。
なんだか、似たような光景を見たことがあった。
思い出そうとしてもなかなかうまくいかないので、仕方なく諦める。
重要なことなら、そのうち思い出す。そうでないなら、忘れていてもかまわない。
その夜は涼しかったが、翌朝は虫刺されがひどかった。
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