06-02


 翌朝目覚めたのは八時頃だった。

 妹と一緒に穏やかな朝を過ごす。まったりと朝を過ごすのが久しぶりのような気がした。


「……そういえば」


「なに?」


 不意に口を開くと、妹はきょとんとした顔でこっちを見る。なんだか最近、態度が柔らかくなった気がする。


「俺はおまえと結婚しなければならないようだ」


「何言ってるの?」


 態度が柔らかくなっていたのは錯覚だったようで、絶対零度の視線は健在だったらしい。

 とはいえ、至って正気である。回想する。


『姉って何歳の?』


『たしか、俺と同い年だったはず』


『同じ学校かもね』


『ないない。そんな偶然ない。あったらおまえと結婚する』


 というやりとりが、以前あった。


「ね?」


「いや、ね、と言われても」


 妹は困ったように眉を寄せた。


「同じ学校の人だったの?」


 同じ学校の人でした。世の中って狭い。

 妹は俺の言葉を無視して家事に励んだ。手伝おうかと名乗りを上げると洗濯物を任される。


 洗濯物。

 魔性の気配がする。

 が、妹なのでなんら問題ない。


 正午を過ぎた頃、幼馴染とタクミくんがやってきた。


「また来たよー」


 気安げに幼馴染が言う。タクミくんは今日も今日とてゲームをぴこぴこしていた。


 なんだかちょっと寂しいので、みんなで映画でも見ることにした。

『七つの贈り物』。ちょっと前に見た。眠くなるほど退屈な序盤。独特の空気。

 話は広がるだけ広がり、それはなんの説明も伴わず進んでいく。眠くなる。


 のだが、中盤を過ぎた頃に、その流れは一変する。

 明かされる主人公の背景。過去。事実。目的。それらが前半に積み重なった伏線と同調して急展開を迎える。

 多少の不満点はあるが、それを補ってあまりある勢いがある。

 終盤ではストーリーが一気に転じて、ラストシーンへと静かに収斂していく。


 おしまい。


 見終わった後、しばらく四人で並んで黙っていた。


「いい映画だったねー」


 幼馴染が最初に口を開くが、彼女はだいたいの映画に「いい映画だったね」という感想をつける。眠らない限り。

 妹と俺は一度見たことがある。二度目なので余計面白い部分もあった。

 タクミくんは一本の映画を丸々見たせいで疲れたらしい。


 気付くと彼は眠っていた。ソファに寝かせてタオルケットをかぶせる。

 妹とは四歳くらい違うのだろうか。ちょうど昨日会ったるーちゃんと同じくらいの年齢。

 このくらいの年頃のとき、俺はどんな子供だっただろうか。よく覚えていない。友達がいなかったことだけは覚えている。


 ちょっとしてから、屋上さんからメールがあった。


『るーが会いたがってる』

 

 ……ええー。


 どんだけ懐かれたんだよ、と自問。そこまで好かれるようなことをした記憶がない。


 今、親戚の子が来ているのでいけない、と返信する。厳密には違うが、まぁそんなようなものだろう。

 これなら引くだろうと思ったのだが、屋上さんは難攻不落だった。


『実はもう向かってる』


 俺の家知らないはずなのに。


 後輩か。

 そういえばこの間送っていったときに、途中で通った。


「……うーん」


 まぁ、いいか。

 別に問題ないような気がしてきた。


 いや、問題はあるのだけれど、そこまで必死になって阻止するようなことでもない。


 迎えに行くとメールして、玄関を出た。いったい何が彼女らをそこまで駆り立てるのか。


 ちょっと歩くと、三姉妹が歩く様子が見えた。

 屋上さんが気まずそうな表情をしているのが分かる。


 家に連れて行く。寝ているタクミくんと二人の少女を見て、るーちゃんが「どっちが恋人ですか?」という。どっちも恋人じゃない。


 幼馴染は意外にも屋上さんと面識があったようで、すぐに話を始めた。

 妹は後輩に挨拶をしながらこちらを睨む。なぜ?


 そういえば、幼馴染以外の女子を家にあげるなんて初めてだった。

 混乱する。


 るーちゃんは俺に会いにきたはいいものの、何を話せばいいのか分からずに戸惑っている様子だった。

 仕方ないのでみんなでトランプを始めた。

 人数は大したものだった。俺、妹、幼馴染、屋上さん、後輩、るー、それにタクミくんが目覚めると七人になる。


 これだけの人数がいるにもかかわらず、なぜか俺が負けた。


 昼過ぎに、食料を求めてコンビニへと歩いていくことになった。

 ジャンケンによって選出された二名が。


 やっぱり負けた。

 もう一人は屋上さんだった。


 話をしたかったので、ちょうどいい。

 が、最近ちょうどいい偶然が起こりすぎているような気もする。


 頭の中でずっとエンターテイナーが流れている気分。


「突然押しかけて、ごめん」


 彼女は何かを扱いかねているような表情で俯いた。

 屋上さんは眼鏡は外していたけれど、髪は下ろしていた。私服が大人しい雰囲気のもので、それが妙に似合っている。

 普段のイメージとまるで違うため、違和感はある。こうしていると誰か別人と歩いているようだった。


 虎の威を借る狐の化けの皮を剥いだら、やたら可愛い狐が出てきた感じ。

 いや、ちょっと違う気もするけれど。


 そのせいか、気分がとても落ち着かない。

 さっきまで大人数でいたせいでなんとかごまかせていたのだが、

 とても、落ち着かない。


 なんだかなぁ、と思う。


 屋上さんの態度も、なんだか妙だった。

 妙というか、変だった。


 距離を測りかねている感じ。


「るーが」


 と、屋上さんは話を始めた。


「はしゃいでるというか。私が家に友達入れるの、初めてだったから」


 友達、と言われて、一瞬、歓喜に浮かれると同時に、暗い罪悪感に包まれた。

 そもそも俺はまっとうな友達作りというものができない人種なのだ。


 人の輪に入るということができない。自分が邪魔をしているように感じる。

 だから、サラマンダー、マエストロ、後輩、部長、屋上さん。

 一人でいる人にばかり声をかける。

 

 そもそもやり方が卑怯。

 そんなことは、たぶん言っても分かってもらえないだろうけれど。


 だから、多人数でいると取り残されたようで不安になる。

 

 置いてけぼりの気持ち。


 でもまぁ、そんなことを考えたって仕方ない。


 屋上さんはそれっきり押し黙ってしまって、コンビニにつくまでずっと無言だった。

 買い物をしている間も、なぜか、なんとなく、話しかけづらい雰囲気。

 

 でも、それは悪い意味ではなくて。

 照れくさいような、気恥ずかしいような気持ち。

 俺だけかも知れないけれど。


 いつのまにか頭の中の音楽がエンターテイナーからジュ・トゥ・ヴに切り替わっている。

 単純。


 どっちもどっかで聞いたことがある感じのする曲には変わりない。


 食べ物、飲み物、アイスを購入し帰路に着く。蝉の声はほとんどしなかった。

 

 帰る間も、互いに言葉を交わすことはなかった。

 落ち着かない気持ち。

 なんだかなぁ、という気持ち。


 何かを言うべきなような気もするし、何も言うべきではないような気もする。


 まぁいいか、という気持ち。


 その後、昼食をとってから夕方までゲームを交代しながら遊んだりした。

 後輩、屋上さん、妹の三人は、ほとんど遊びには参加しなかった。ダイニングのテーブルに腰掛けて話をしていた。

 

 夕方を過ぎた頃ユリコさんが迎えに来た。

 タクミくんは遊び足りなそうな顔をしていたけれど、また今度、というと少しだけ表情を明るくした。


「今度バーベキューやろうと思うんだけど」


 ユリコさんはまた唐突に言う。普通は親戚同士で盛り上がるのではないのか。


「行っていいんですか?」


「予定ないならだけど」


 予定はほとんど白紙だが、普通なら遠慮するところだ。


「じゃあ決定ね」


 決定されていた。表情から予定の有無を見抜くのはやめてほしい。


「そっちの人たちも来る?」


 と、彼女は三姉妹に声をかける。


「他にも友達呼びたかったら呼んでいいから」


 勢いだけで乗り切られる気がした。


「……えー」


 人、増えすぎだろう。

 この場にいる子供七人大人一人。その段階でも既に多すぎるくらいなのに。


 かといって男女比的にこのままでは困る。


「やっぱり俺は遠慮……」


「できません」


「俺、ノーと言える日本人なので」


「イエスと言い続ける日本人の方が潔くて好きです」


 ユリコさんには反論できない。


 仕方ないので後で連絡の取れる男子三人に予定を訊いてみようと思った。

 仮に全員揃ったとして、人数はゆうに十人を超える。


 増えすぎだろ。


 ちょっと怖い。


 そんなふうにして一日が過ぎていった。


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