06-01
その日は後輩からCDを受け取って帰った。なんだか気まずいまま。屋上さんとは少しも言葉を交わさなかった。
でもよくよく考えると負い目に思うことは何もないし、距離を置くような理由もない。
なぜか話しかけづらいだけで。
家に帰ってからメールをしておいた。
なんかごめん、と謝る。なぜか。
こっちこそ、と返信がくる。なぜか。
なぜか謝りあっていた。
髪型が違うのと、眼鏡があるかないかだけで、人って印象が変わるんだな、と奇妙な納得。
その日はなんだか落ちつかない気分のまま眠った。
◇
借りたものは返さなければ人の道にもとる。
俺は後輩から借りたCD(インディーズのロックバンドだった。微妙に良かった)をどう返すかを悩みに悩んでいた。
彼女の連絡先は知らなかったし、家に直接行くというのも少し抵抗がある。
どうしたものかと悩む。屋上さんにメールすればいいのだと気付いたのは一日悩んだあとの朝だった。
メールをするとすぐに返信が来た。今なら家にいるというので、さっそく押しかけることにした。
許可をとって準備を始める。時間には気を遣った。男友達と遊ぶのに遠慮はいらないが、女子の家はそれとはわけが違う。
遅すぎず早すぎず、あまり邪魔にならない時間帯に留意した。
ちょっと長居できるかもという打算も含めて。
原付で行くか自転車で行くか、迷う。せっかくなので原付で行こうと決めた。
妹に目的と行き先を告げて玄関を出る。彼女は微妙そうな顔をしていた。
後輩と歩いた道をなぞる。夜だったので分からなかったが、意外と悪くない雰囲気だった。
原付で行けるところまで行く。さすがに庭園までは乗り入れられない。道の脇に停めて鍵を抜いた。
玄関まで行ってどうしたものかと悩む。周囲を見回してからインターホンに気付く。
押してから、身だしなみが妙に気になって髪を手櫛で梳かす。すぐに中から声がした。
屋上さんか後輩が出ると思っていた俺は、少しだけ混乱した。出迎えてくれたのは小学生くらいの女の子だったからだ。
「こんにちは」
「こんにちは」
お互い硬直する。あ、俺がなんか言わなきゃダメなんだ。数秒後にそう気付いた。
「あの、アレだ、えっと」
……なんといえばいいんだろう。
そういえば後輩の下の名前は知らないし、屋上さんの方だって分からない。
困った。
俺がどうしたものかと考えていると、すぐに屋上さんが玄関にやってきた。髪は結んでいなかったけれど、眼鏡はしていなかった。
「どうも」
「……どうも」
お互い、気まずい空気になる。なぜか。
「ちい姉の友達?」
「うん、まあ」
「彼氏?」
「ちがう」
屋上さんは妹(と思われる少女)を手を払って追放した。気まずい沈黙が取り残される。
「……あの。上がれば?」
彼女も彼女で対処に困っているらしい。
客間に通される。彼女は麦茶を出してくれた。なんとなくお互いそわそわと落ち着かない。屋上さんはしきりに髪の毛先を弄っていた。
「あ、後輩は?」
「部活」
いないらしい。
「これ、CDなんだけど」
「あ、うん」
渡しておく、と屋上さんは頷いた。
また沈黙が落ちる。
どうすればよいやら。
困っているところに、先ほどの少女がやってくる。
「……彼氏?」
「ちがう」
俺が少女に目を向けていると、屋上さんはそれに気付いて、ほっとした態度で紹介してくれた。
「妹」
「どうも、妹です」
上二人の姉妹はどことなく雰囲気が似ていたが、一番下の妹はまるで違った。
天真爛漫で人見知りしない、ような印象。
「姉のことを末永くよろしくお願いします」
そして人の話を聞かないところがある。
「ちがうってば」
「どこで知り合ったんですか?」
「学校が一緒なんだよ」
「どうして平然と答えてるの?」
屋上さんは疲れきったように溜息をつく。
少しだけ緊張が取れた。なんとなく安心する。二人きりになったら固くなって何も言えそうになかった。とても助かる。
屋上さんは妹さんのことを「るー」と呼んでいた。名前を聞くにもタイミングが分からず、俺もそう呼ぶことにする。
基本的にコミュニケーションは苦手です。
るーちゃんは俺と屋上さんの関係をやたら気にしているようだった。
第三者に説明しようとして初めて気付くことだが、俺と彼女の関係はとても説明しにくい。
クラスメイトというのではないし、友達というには少し距離がある。その割には毎日のように顔をあわせていた。
彼女は俺のことも根掘り葉掘り訊ねた。
仕方ないので、おととし地球を侵略しに来た宇宙海賊ダークストライカーを撃退したことや、
幼少の頃は国中から天子と崇められていたが、魔人・九島秀則の呪術と謀略によって生まれ故郷を後にしなければならなかったことや、
夜な夜な町に出没する、白衣のマッドサイエンティストが作り出した黒き魔物と日夜戦いを続けていることつまびらかに語った。
「すごいですねー」
感心された。悪い気はしない。
屋上さんは呆れたようで、何も言ってこなかった。
「よくそんなに作り話が出てきますね」
感心のしかたが微妙に大人だった。この少女、侮れない。
もっと話して下さい、とるーちゃんはせがむ。
仕方ないので、これは秘密の話なんだけど、と前置きして話を始める。
魔術結社<輪廻>に追われていたときの話。
彼らの扱う魔術は、あまねく人々の命を刈り取ることで生まれる『ガイアの雫』と呼ばれる魔力を源にしていた。
強力な魔術であればあるほど多くの雫を必要とするので、大量の魔力を得るために彼らは多くの人間を犠牲にする。
けれど<輪廻>の最終目標である因果改竄術は、どれだけの人間を殺したところでとても間に合うような魔術ではなかった。
魔力の欠乏を解消しようと苦慮した彼らは、あるとき無限の魔力を持つ魔道人形の噂を聞き、彼女を手に入れようと目論んだ。
くしくも<輪廻>の魔の手がその少女へ伸びる前日、俺は街中で彼女と遭遇し、友達になっていた。
そして彼女とかかわったことで、俺は事件に巻き込まれ、<輪廻>との終わりなき闘争へと身を投じることになったのだが――
――という設定のライトノベルを書こうとしたことがある、と、るーちゃんに話した。
そのすべてを語るには少しばかり余白が足りない。
「正統派ですね」
正統派だろうか。
その後、三人で人生ゲームをして遊んだ。
最下位は俺で、一位はるーちゃんだった。なぜか納得のいく順位。
帰ってきた後輩を交えて四人で話をする。男女比率が夢のようだった。
「また来てくださいね」
るーちゃんはとても良い子です。
別れ際、屋上さんがなんだか困ったような顔をしているのが見えた。
なんだかなぁ。
お互い、上手く距離が測れていないのかもしれない。
でも、悪い気分じゃなかった。
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