04-09
週明けにはテストが返却され始めた。点数は思っていたよりも悪くなかった。
せっかくなので誰かと点数勝負がしたくなった。
キンピラくんに声をかける。
「点数勝負しようぜ」
「なんで勝負なんだよ」
「男だからだよ」
男ならしかたない、とキンピラくんは納得したようだった。
「全教科の合計点数を競う。もし俺が負けたら、なんでもしてあげるよ。三回回ってワンと鳴くくらいなら」
「おい、結構『なんでも』の幅が狭えぞ」
俺はキンピラくんの言葉を無視した。
「もし俺が勝ったら……」
「勝ったら?」
「お……」
俺は大真面目に言った。
「俺とメル友になってください」
「何言ってんだおまえ」
心底心配そうな目で見られた。友達ほしい。
「じゃあ、もし俺が勝ったら」
「勝ったら?」
「俺の分の夏休みの課題、全部やってもらう」
「あ、ごめん。俺ちびっこ担任に用事あったんだわ」
「逃げんなてめえぶっ飛ばすぞ」
シリアスに言われる。負けるわけにはいかなくなった。
手始めに既に返ってきている答案の点数をお互いに言い合う。
圧勝していた。
この分だと俺の勝利は確定的だ。
それなのにキンピラくんは自分の勝利を微塵も疑っていないようだった。
何が彼に自信を与えてるんだろう。間違いなく自信だけが先走っている。
俺は不敵な笑みを浮かべるキンピラくんに少しだけ同情した。
結果から言ってしまうとキンピラくんとの勝負に俺は勝った。
全教科の答案が返却されたのち、赤外線で互いのアドレスを交換しあう。
「毎日電話するね、ダーリン!」
語尾にハートをつけた。
「もう死ねよおまえ」
キンピラくんは辛辣だったが、俺はご機嫌だ。
携帯のメモリにまたデータが増えた。
試しに適当な文面を送信する。
キンピラくんは律儀にも返信をくれた。
怒りマークの絵文字。
微笑ましい気持ちになる。
彼が意外とメール魔だと気付いたのは夏休みに入ってからだった。
◇
学期最後の週、屋上さんと昼休みに遭遇する。
もはや日課と言ってしまってもいいほど、彼女と一緒に昼食をとることが多くなった。嫌がられることも不思議とない。
とはいえ彼女と話すこともだいぶ消費され尽くしてしまい、既にほとんど会話と言えるものは生まれない。
老夫婦のような空気。
と、前に口に出して言ったら「いっぺん死ねば?」と言われた。
口は災いの門である。
屋上さんに夏休みの予定を聞いたら、彼女は押し黙ってしまった。
「……部活」
長い沈黙のあと、彼女は短く呟いた。
「他には?」
「なにも」
彼女は苛立ちをぶつけるようにハムサンドをかじった。
「じゃあ俺と遊ぼう」
誘ってみた。
「なんで?」
嫌そうだ。
「え、だめ?」
「ダメ」
ダメらしい。それなら仕方ない。
弁当をつつきながら屋上さんのことを考える。
俺が彼女について知っていることなんて、名前と顔と学年くらいだ。
あと妹がふたりいる。その程度。
距離が縮まっているようで、まるで縮まっていない。
屋上さんはハムサンドを食べ終わると今度はタマゴサンドをあけた。数個用意してあったらしい。
「食べる?」
俺は差し出されたタマゴサンドを受け取った。美味い。
もしゃもしゃと咀嚼ながら彼女の方を見上げる。
強い風が吹いた。
ぱんつ見えた。
――久しぶりだなぁ。
しばらく沈黙が落ちた。
「見た?」
奇妙な迫力があった。
「白でした」
ありだと思います。
正直に答えたのに、彼女は何も言ってくれなかった。
屋上さんとの間に溝が出来た気がする。
でも事故。俺悪くない。
「まぁいいや」
屋上さんは意外にも何の文句も言わなかった。
思わずのけぞる。
「それは覗いてもお咎めなしという意味?」
男として聞かずにはいられない。
彼女は俺の言葉に簡単な答えを返した。
「事故だから許すという意味」
以前を考えれば格段の進歩だ。
距離が縮まってないように思えて、やっぱり縮まっているのかもしれない。
俺はひとつ咳をしてから、屋上さんに別れを告げて教室に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます