04-05
昼食を食べ終えてから教室に戻ると、茶髪に声をかけられた。
「ネタバラシされたんだって?」
何の話か、と考えて、すぐに思い当たる。
幼馴染のことだ。
「茶髪、知ってたの?」
まぁね、と彼女は頷いた。幼馴染の言葉を思い出す。
――友達に、一度、相談したの。
こいつか。
「まぁ、元気が出たようで何よりだな、チェリー」
「いやまぁ」
あまりそのあたりには触れてほしくない。反応に困るから。
茶髪との話を終えて自分の席に戻る。授業の再開を待っていると、教室の入り口で誰かに呼び出された。
メデューサがそこにはいた。
彼女は俺を見て、一瞬だけ顔を強張らせた。
一瞬だけ警戒しかけたが、先輩が大丈夫と言っていたのを思い出す。実際、彼女は何もしてこなかった。
メデューサは気まずそうに俺から目を逸らす。ちょっとどきどきする。
「……あの」
「はい」
「……ごめんなさい」
謝られた。
なぜだか後ろめたい気分になる。
「私、自分のことしか考えられないというか、周りの様子が見えなくなるというか、感情的に行動してしまうというか、
ダメなのは分かってて直そうとしてるんだけど、どうしてもこう……」
メデューサはその大きな瞳を伏せた。
「ごめんなさい」
メデューサは謝った。俺はなんと返せばいいのか分からなくなった。
例の罵詈雑言はすさまじく恐ろしかったが、別段傷ついたりはしなかったし、実害はこうむっていない。
腹は立ったが、それは俺がそう思うからであって、メデューサからすれば自然な行動だったのだろう。
「別に怒ってませんよ」
自分のことしか考えられない、周りの様子が見えない、感情的に行動する、というのは別段悪いことではない。
周囲のことばかり気遣って、いつも周りとの距離を測っている、理性的な人間。
そういう人間よりは好感が持てる。
とはいえ、さんざん好き勝手言われたのは事実。何も悪いことしてないのに責められて、少し落ち込んだ。
だから、いいところと悪いところを相殺するということにした。
プラスマイナスゼロ。
「先輩に怒られました?」
「……君を呼び出したことには、うん」
「ならいいです」
メデューサは不思議そうな顔をしていた。
そのとき、チャイムが鳴った。メデューサは俺の方を気にしながらも、慌てて去っていった。
◇
放課後、帰る前に携帯を開くとメールが来ていた。妹。
買い物に行くから手伝って欲しいという旨。
了解の返信して、教室を出た。
家について荷物を部屋に置く。間を置かずに妹が帰ってきた。肩を並べて玄関を出る。
ファミレスやコンビニを通過してさらに五分歩く。いつも行く古いスーパー。
店内に入る。ひんやりとした冷房の空気。
生鮮食品が並ぶ。魚、肉、野菜、果物。
「今年、スイカちっちゃいよね」
「メロンくらい小さいな」
昔はもっと大きかった気がする。あるいは俺たちが知らず知らず歳を取ったのか。
そうかもしれない。毎年こんな会話をしている気がする。
「なにが食べたい?」
「ハンバーグ」
素直に答えたら変な顔をされた。
「……今、子持ちの主婦の気持ちが分かった気がする」
俺が子供ですか。
「どんな感じ?」
「しょうがないな、って気持ち」
完全に子供扱いだった。
妹は商品を次々とカゴに突っ込んでいく。
麺系の食品が多かった。ハンバーグに関係がありそうだったのは、合挽き肉とハンバーグヘルパーのみ。
楽だしね、ハンバーグヘルパー。
俺はカゴを持ちながら妹が買い物をする様子を見ていた。
不意に思うところがあって、その横顔に話しかける。
「なんか欲しいものとかある?」
「……そういうあからさまな質問、される側としてはすっごく困るんだけど」
察された。
もうすぐ妹の誕生日なのです。ちょうどテスト明けの日曜。
「今のところ、何か思いついてるの?」
「そうあからさまに訊かれると、考えてる側としてはすごく困るわけですが」
まぁ、別段サプライズを狙ったわけでもなし。
「夏だし、浴衣がいいかなと思ったんだけど」
「浴衣て」
妹はあきれ果てたような表情になった。
「いくらするか知ってる?」
「安いのなら一万は超えないでしょう」
贈る側の言葉としては最悪だった。
「そりゃそうだけど、いくら安くてもプレゼントにさらっと出す金額じゃないでしょ」
「うん、まぁ」
「第一、どうせ夏祭りのときくらいしか着ないし」
「うん」
「着付けできないし」
「うん」
サイズが分からないし、柄のこともあるので、結局は没になった案なのだが。
そもそも自分で選んだ方がいいだろうし、夏祭りの前にはどうせ買うことになるだろうから。
どちらにせよ、なにを選ぶにせよ、結局、俺の金というよりは、親の金で買うのだから格好がつかない。
「じゃあ、いらない?」
妹は少し黙ってから、
「……そうじゃないけど」
呟いた。
照れていたらしい。
着付けはユリコさんに頼もう、と密かに誓った。
「でも、浴衣は、ちょっと、だめ」
「なんで?」
「もったいないもん」
よく分からないことを言う。
「年に一回だけでしょ、着るの。どうせならいつも使うものがいい」
難しい注文をされた。
「つまり、俺をいつも感じていたいと」
「そうじゃなくて」
渾身の冗談だったが、あっさりとかわされた。
「せっかくだからね」
とりあえず、何か考えておこう。
◇
荷物を二人で分けて運ぶ。全部を持とうとしたけれど難しかったし、意地を張るほどのことでもなかった。
帰り道では、どちらも言葉を発しなかった。やがて家に着くというところで、突然強い雨が降り出した。
慌てて家に入る。さいわい少し濡れただけで済んだ。
開けっ放しにしていた窓を閉める。家中の窓を確認してから料理を手伝おうとキッチンに向かったところで、妹の大声が響いた。
「わあっ! うわあっ! いやあ!」
ほとんど悲鳴だった。
慌ててキッチンに入ると、緑色の何かが飛び跳ねていた。
「かえる! かえるー! かえるがいる!」
めちゃくちゃ怯えていた。
かくいう俺も、
「うわあ! なんだこいつどっから入った! こっちくんな! あ、そっちにもいくなっ!」
半狂乱だった。
最終的にはなんとか蛙を屋外追放できたが、他にも隠れているんじゃないかとしばらくのあいだ落ち着かなかった。
いつから蛙を怖がるようになったんだろう。大人になったのかもしれないなあ、と少し切ない気持ちになった。
料理の手伝いを申し出ると、ひたすら合挽き肉とハンバーグヘルパーを混ぜ合わせたものをこねさせられた。
言うまでもなく夕食はハンバーグだった。いつのまに用意したのかデミグラス的なソースまであった。
その夜はずっとプレゼントのことを考えていたが、いいと思える案はなかなか浮かんでこなかった。
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