04-03
その夜はぐっすりと眠ったが、変な夢を見た。
夢の中、俺は夕方の教室で「なおと」と一緒にいた。
「なにやってるんだよ相棒」
なおとは困ったような声音で言う。
「らしくないよ……女の子と一緒の週末なんてらしくない」
余計なお世話だ。
俺は冷静に返事をする。
「よく考えてもみろよ、なおと。俺が何の代価も支払わず女子と一緒にいるなんてありえないじゃないか」
夢の中の俺は、なんだか紳士な口調だった。
「つまり……?」
「つまり、だ。両津が金儲けに成功したあとに調子に乗りすぎて自滅するように、予定調和があるんだよ」
「予定調和?」
「爆発オチとか、そういう類の。上手く行っているってことは、悪いことが近付いているとみたね」
「たとえば?」
「たとえばだ。明日、朝起きたとする」
「そいつはびっくりだ」
「まだ何も言ってねえ」
思わず紳士口調が取れてしまうほど、なおとの反応は適当だった。
「明日の朝、目が覚めたら、俺に妹なんていないんだよ」
「……ん?」
「幼馴染もいない。全部妄想なんだよ」
「……そいつは予定調和って言うより、一炊の夢だ」
「もしくは幼馴染はいてもいい。ただ、普通に先輩と付き合ってるって可能性もあるな」
「もうちょっと前向きにものを考えられねえのか」
「じゃあ、明日朝起きたら、妹に彼氏ができてて、夜、遊びに来る。お兄ちゃん、外行っててくれる? って言われる」
「前向きになってないな」
「とにかく、何かあるはずだ。絶対だ。今までのはサービスタイムみたいなもんなんだよ。ここから地獄のどん底に叩き落されるに決まってる」
なおとは不可解そうにうなった。
「つまり、嫌な想像をしておくと、ちょっと嫌なことが起こっても平気だっていう感じの、心のバリア?」
「それをいわないで」
なぜそこまで的確に俺の心を読むのか。
良いことは続きすぎると怖い。
いつ悪いことが起こるのかと。
「やっぱり臆病者だな、いつもの相棒だ」
「失敬な奴だなおまえは」
俺のどこが臆病だと言うのか。ぜひ説明してみて欲しい。
そう思ったときには、なおとの姿は見えなくなっていた。
しばらく俺は教室にひとりで取り残されていた。
置いてけぼりの気持ち。
絆創膏だらけの指。
場面変わって、俺はベッドに横になっていた。
仰向けに寝転がっている。不意に、タオルケットの内側に誰かの気配を感じた。
自然な表情で、妹が眠っていた。今より少し幼い顔。泣き腫らした跡。
冷蔵庫にしまいこんだバースデイケーキ。
蒸し暑い夜なのに、妹は決して俺から離れようとしなかった。
仕方ないな、と俺は思う。いろいろなことが仕方ない。
両親が来れないのも、妹が悲しいのも、俺にはどうしようもないのも。
妹の寝顔をしばらく見つめていると、なんだかよく分からない気持ちが湧き上がってくる。
自分が甘えてるんだか甘えられてるんだか分からなくなる。混乱する。そういうことはよくあった。
なんだか落ち着かない気持ちになって、俺は意地になったように眠ろうとする。
けれど、寝ようとすればするほど、逆に目が冴えていく。
仕方ない、と思う。
寝付くまではしばらくの時間が必要だった。妹の寝息を聞きながら瞼を閉じる。一緒にいる、という感覚。
不思議だ、と思いながら、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。
◇
夢の内容を覚えていたので、意識がはっきりしたあとも、目を開けるのが少しだけ怖かった。
まさか、本当に妹がいなくなっているということはないだろうけど。
まさか、幼馴染が先輩と付き合ってなかったというのが夢だったわけではないだろうけど。
考えごとをしながら身体を揺すると、なにかの感触があった。
目を開くと、腕の中に妹がいた。
強く動揺した。
顔が近い。
いったいなにが起こったというのか。
なぜこうなった。
「……起きた?」
妹は心底困り果てたような声で訊ねた。
頷きながら、状況を分析しようとする。
なんだ、これ。
「起きたんなら、放してほしいんだけど。腕」
言われてから、自分が妹をなかば拘束していることに気付いた。
目を開けるとそこには妹が……って、さすがに驚く。
妹を解放する。
彼女はベッドから起き上がって居住まいを正した。
落ちつかなそうに視線を動かしながら、後ろ髪を撫でている。
なにがどうなった。
混乱する俺を尻目に(以前も言ったように尻目という言葉には独特の卑猥さがあるが、今はそんな場合ではない)妹は部屋を出て行った。
「朝ごはん、できてるから」
気まずそうな顔をしたまま去っていく。
ひょっとして記憶が飛んでるんじゃなかろうか。
携帯を開く。
月曜。昨日の記憶もはっきりとしていた。
なにが起こったのか、妹は結局説明してくれなかった。
「なんていうか」
通学路を並んで歩いていると、不意に幼馴染が口を開いた。
「シスコンだよね。妹ちゃんもブラコンだけど」
自覚はある。
「たぶん、寝ぼけて布団の中に引きずり込んでしまったんだと思うんだけど」
でも、それなら殴られるような気もする。反応がおかしかった。
ギャルゲーかなんかなら、寝てる間にキスでもされてるところだろうが、現実なのでありえない。
考え込んだ俺の姿を、幼馴染がじとりと睨んだ。
「なに?」
「別に、なんでもないよ」
言葉の割には不服そうな表情をしていた。
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