04-01
家に帰ると、幼馴染がいた。
「お邪魔してます」
平然と、妹と世間話に興じていた。
昨日の今日でこいつは。
世間様に尻軽女だと思われてしまうでしょうに。
「麦茶を俺にもください」
「コップ持ってきたら注いであげる」
妹も暑さのせいであまり動きたくないようだった。
流しに置かれた食器入れの中からコップを取り出す。二人は既に自分たちの分を飲んでいた。
「どこ行ってたの?」
幼馴染に尋ねられる。先輩と会ってきた、と言ったらどんな顔をするだろう。
俺は「ちょっとそこまで」と答えてから麦茶を飲み干した。
コップを置いたところで、妹が何かを思いついたように声をあげた。
「本人に直接意見を聞けばいいんじゃない?」
幼馴染は意表をつかれたように「ああ!」と頷く。
「何の話?」
「お弁当の話」
「おべんと、ですか」
何の説明にもなっていない。
「お姉ちゃんが、お兄ちゃんの、作りたいって言うから」
「ふたりで話し合いをしてたんだよ」
「月火水木は半分ずつってことで決まったんだけど、金曜の分をどっちが作るかがなかなか決まらなくて」
……なんだろう、このやりとり。
「いや、何でわざわざ分担する必要があるの?」
幼馴染に作ってもらえたら食費が少しだけ浮くが、そんなみみっちい話ではなく。
なぜ別々の人間に作ってもらう理由があるのか。面倒だろうに。
彼女らは当人の意見を無視して協議を再開した。
なんだかなぁ、と思う。今までずっと、どうでもいいことに時間を費やしていた気がした。とんだ徒労。くだらない悩み。
一気に肩の荷が下りた気がした。
話し合いは平行線を辿っているようだ。
金曜の担当が決まるのと、夏休みに入るのはどっちが早いだろうかと、ふとそんなことを思う。
「あ」
不意に思いついた。
「なに?」
「週ごとに金曜の担当を交換すればいいんじゃね?」
その言葉の後もしばらくは話し合いが続いていたが、結局はその方向で決まったらしい。
「でも、何で弁当なんて作りたいの?」
割と真剣な疑問。面倒なだけだと思うのに。
幼馴染は簡単に答えた。
「はっきり言って、男の子にお弁当つくるのって、女子からしてもけっこう憧れなのです」
「へえ」
「制服デートとかもね」
「なるほど」
そのあたりは男子と大差ないらしい。
「つまさき立ちでちゅーするために身長差は結構欲しいとかね」
妹がさらりと言った。少女漫画的。
……やっぱ身長か。やっぱ一七○センチないとダメなのか。
「……ちょっとコンビニで牛乳買ってくる」
カルシウムの摂取が身長の伸びに直結しない自分の体が憎い。
幼馴染は、妹の言葉に微妙な表情を浮かべた。
「それはちょっと……違わない?」
「そう?」
妹さまはけろりとしている。
なんだかもう、女ってよく分からない。
本当にコンビニに行こうとすると、二人は慌てて追いかけてきた。
三人で並んで歩く。両手に花。美少女二人。ぐへへ。
――暑さでそれどころじゃなかった。
「……誰? コンビニ行こうって言った人」
妹がうなる。誰も「行こう」なんて言ってない。
「蝉がうるさいね……」
幼馴染も疲れ果てていた。なんだか、子供の頃もこうやって歩いたことがあるような気がする。
なんだかなぁ、と思う。
恋だ愛だと騒いでおいて、結局、ふたりと一緒にいるだけで、俺はある程度満たされてしまうのだ。
まいった。
この居心地のいい立ち位置で、曖昧なままで一緒にいたい。
まぁ、できないんだけど。
でもまぁ、今は、ね。
◇
徒歩十分のファミレスの脇に立つコンビニ。広い駐車場。でかい看板。何かのキャンペーンのポスターが張られた窓。
冷房のきいた店内に入っても、暑さの名残は消えないようで、幼馴染はうんざりしたように呟いた。
「アイス食べたい」
財布を忘れてきたらしい。
「私もアイス食べたい」
妹は財布を持ってきていたが、間違いなく便乗しようとしていた。
仕方なしに、三人分のアイスバーを買うことにした。
牛乳、炭酸のジュース、少しのお菓子を選んで、レジに並ぶ。
店を出てすぐに、アイスを配ってその場で食べ始める。
「食べ歩き、食べ歩き」
上機嫌な様子で幼馴染はアイスをかじりはじめるが、どう考えても「買い食い」と言いたいに違いない。
店の前におかれたゴミ箱に袋を捨てて、来た道を引き返す。
太陽に焼かれて、アイスはすぐに溶けそうになる。
溶けて垂れはじめた雫を舌先で舐めとるふたりの様子をみて、思わず変なことを考えそうになる――などということもなく。
俺は自分のアイスを食べきるので精一杯だった。
家に帰ってからも、リビングでぐだぐだと過ごした。
テスト勉強をしなくては、と思うのに、気が抜けて行動に移せない。
たぶん、長い間頭を支配していた悩み事がひとつ消えただろう。都合のいいことだ。
幼馴染は結局、夕方まで家に居座った。
彼女が帰った後、俺と妹は手持ち無沙汰になった。
さっきまでいた誰かがいなくなると、寂しさと同時に時間を持て余している感じが訪れる。
夕食に冷やし中華を食べたあと、映画を鑑賞することにした。
ターミナルをまたかける。今度は、妹は眠らなかった。最後には涙目になっていた。
俺は本気で泣いていた。
さすがに、またビデオカメラを構える勇気はない。
順番に風呂に入って、早めに寝ることにする。
ベッドの中で、明日の日曜はどう過ごそうか、と、少しだけ考えた。
テスト勉強、少しくらいしておかないと。
そんなことを考えていると、いつのまにか眠りに落ちていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます