03-05



 考え事を続けすぎて、頭痛がしそうになる。

 部屋を出てリビングに戻ると、母と妹がふたりでトランプをしていた。


「なにやってるの?」


「ババ抜き」


 ……ふたりで?


 喉を潤してから自室に戻る。しばらくテストにそなえて教科書を見返す。

 文字を目で追うが、ちっとも頭には入っていない。教科書の表面を撫でるだけ。目が滑っている、と感じた。

 長い時間、なんとか教科書を理解しようと苦心していると、不意にノックの音が聞こえた。

 返事をすると、お風呂あがりらしい妹がパジャマ姿で部屋の中に入り込んでくる。


「お母さんは?」


「……電話してる」


 寂しそうに言う。


「そっか」

 

 頷いてから、ふたたび教科書と向き合う。


「ね、なんかして遊ぼうよ」


 さっきまで誰かと一緒にいたせいで、ひとりになるのが寂しくてたまらないのだろう。

 俺は少し考える。遊ぶといっても、できることなんてない。


「テスト近いだろ。勉強したらどうだ?」


 妹は不服そうに口を尖らせた。

 彼女には落ち込めば落ち込むだけ素直になるという習性がある。


「分かった」


 素直に頷く。

 背中に声をかけて呼びとめる。


「カバン持ってきて、この部屋で勉強しろよ」


 妹がカバンを持ってふたたび俺の部屋を訪れるまで、五分とかからなかった。

 しばらくふたりで勉強をする。一時間が経った頃、妹はうつらうつらと舟を漕ぎ始めた。

 明日が休みだから、気が抜けたのだろう。

 肩を揺すって起こす。自分の部屋で寝るように言う。寝ぼけたままの様子の彼女は、ふらふらとしながら自分の部屋に戻っていった。


 どうも、喉の渇きがとれない。

 リビングに行く。

 電話を終えた母が手持ち無沙汰に座っていた。


「あの子は?」


 母は開口一番に尋ねた。


「寝たよ」


「ずいぶん早いのね」


「まぁ、うん」


「学校はどう?」


「悪くないよ」


 曖昧に答える。すべての学生が、両親に学校での出来事をつまびらかに語るわけではないだろう。きっと。


「妹は?」


「がんばってるよ」


 過剰なほど。


「なんとか、やっていけてる?」


「……まぁね」


 親が子供に言う台詞としては、あと数年早い。


 母はまだ何かを言いたげだったが、もう質問が思い浮かばないようだった。

 距離を、測り損ねている。 


 麦茶をコップに注ぐ。


「飲む?」


「ええ」


 ふたつめのコップを用意した。


 少しすると、母は自分の寝室に戻った。


 部屋に戻ってひとりになってから、どうするべきかを悩んだ。

 思い浮かんだのは、先輩の言葉。


 ――君には悪いと思ったけど。


 ひとまず、話の通じる彼から事情を聞いておきたいところだ。

 いったい、何がどうなっていたのだろう。


 幼馴染のことはひとまずいいにしても――放置しておけばメデューサに攻撃されかねない。

 あの異常な態度。


 憂鬱だ。


 風呂に入る。歯を磨く。ベッドに潜り込む。


 寝付けない。うだるような熱気に部屋がもやもやと侵食されている。

 ドアを開けっ放しにして空気の通り道を作る。窓を開けると涼やかな風が入ってきた。

 

 起き上がって電気をつける。教科書をめくった。

 テストが近い。勉強しなきゃ。


 こういうとき、何か趣味があればいいのになぁ、と思う。寝付けない夜が多すぎる。

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