03-03
せっかくだし、正夢になるかもしれないので屋上に向かう。
屋上さんは今日も今日とてサンドウィッチをかじっていた。ツナサンド。正夢。
「愛してるの言葉じゃ足りないくらいに君が好きだ」
「は?」
何を胡乱なことを言い始めとるんだこいつは、みたいな目で睨まれた。
目は口ほどにものを言う。
「何寝言いってるの?」
確かに、夢の中で言った台詞をそのまま繰り返しただけなので、寝言であってる。
「現実って厳しい」
「なんで落ち込むの?」
「いや、しばらく放っておいて欲しい」
正夢なんてものを信じるなんて、俺はよっぽど恋愛的なサムシングに飢えていたらしい。
屋上さんと雑談しながら昼食をとった。
放課後、部活に行くかどうかを机に座って悩んでいると、ふと天啓を受けた。
「図書室に行くべし」
その声は神秘的な響きを持って俺の脳を甘く溶かした。
図書室。素敵な響き。文学少女。無口不思議系後輩。髪色は青か? 悩みどころだ。
そんなわけで図書室に向かった。
来なきゃよかった。
天啓なんてものを信じるなんて、俺はよっぽど運命的なサムシングに飢えていたらしい。
「あれ。君は確か……」
幼馴染の彼氏がいた。
「……ども」
ふてぶてしい感じに挨拶をした。生意気な後輩っぽさを滲ませるのがポイントだ。目を合わせないで唇を突き出すとそれっぽくなる。
「君、あの子の友達だったよね」
幼馴染のことだろう、と考えて、違和感を抱く。
『あの子』。
――なんだろう、この違和感。
胸の内側がぞわぞわする。
何かを見逃している感じ。
俺を睨む先輩。何かを言いそびれた幼馴染。それに、この人の態度。
なにかがおかしい。
黙りこんだ俺を不審に思ったのか、先輩が怪訝そうに眉根を寄せた。
「どうしたの?」
「いえ……」
そもそも、どうしてこの人は俺のことを知っていたんだろう。
幼馴染といつも一緒にいたから?
知っていてもおかしくはない、けれど――何か、不安が胸のうちで燻った。
「先輩、幼馴染と付き合ってるんですよね?」
本人に直接きいたことがなかったと思い、訊ねてみる。
「ああ、……うん。まぁ」
彼は気のない返事をした。
――なんだ? この反応。
答えにくいことを訊かれたように、先輩は頭を掻いた。
「まぁ、いろいろあってね」
彼の態度があからさまにおかしいのか、それとも、俺が先輩に先入観を持っているせいで、粗探しをしようとしているのか。
分からないけれど、何かがあるように思える。
「君には悪いと思ったけど」
「どういう意味です?」
「どういう意味って……」
言ってから、先輩は何かに気付いたように口を覆った。怪しすぎるだろこの人。
「いや……君は彼女が好きなんじゃないかと思ってたから」
――この態度。
なぜ、会ったこともないような後輩の恋心を気にかける必要がある?
たとえば俺は、もし幼馴染と付き合うことになったって、幼馴染を好きだったかもしれない先輩のことなんて気にもかけないだろう。
それなのに彼の態度はなんだろう。
まるで、俺がいることを見越した上で幼馴染と付き合い始めたと言うような。
でも――ただ好きなだけなら、なぜ俺がいることを気にかける必要がある?
俺が彼女を好きだったかもしれないと思うなら、幼馴染の方に確認をとるだけでいいはずだ。
先輩は落ちつかないように頬を掻いた。
悪い人じゃない。そう思う。だから、幼馴染に対して何かをするというのではないのだろう。
でも彼は、悪い人じゃない代わりに、自分の意志が強いというわけでもないのだろう。ヘタレっぽいのは見れば分かる。
誰かが、何かをしているのか?
正々堂々と告白して付き合いはじめたなら、なぜ「悪い」と思う必要があるのだろう。
付き合い始めたなら、「彼の彼女」であって、「俺の幼馴染」ではなくなる。
なぜ、幼馴染を横取りしたような言い方をするんだ?
――後ろめたい手を使ったから?
考えて、自分の妄想だけが先走っていることに気付く。ただ話したことのない後輩を相手に緊張しているだけかもしれない。
何もおかしなところなんてない。そうだ。
――君には悪いと思ったけど。
馬鹿馬鹿しい。何を考えているんだろう。幼馴染に執着しているから、彼が悪いように見えるだけだ。
俺はいまだに、彼が生粋の悪人で、幼馴染が彼にだまされているだけ、という展開を期待しているにすぎない。
だから、彼が何かを企んでいるように見えるのだ。馬鹿な考えはやめろ。
でも――この胸騒ぎ。なんだろう。何かが変だ。
先輩が人のよさそうな表情で俺を見る。その顔は本物だろう。彼は善人だ。――俺の見る目が正しければ。
彼が善人だとして、どんなパターンがあるだろう。
幼馴染が何かを言いたげにして、先輩の友人が俺を睨んで、先輩の様子がおかしいという状況は。
――俺を睨んだ先輩。
幼馴染の話を聞いてみるべきかもしれない。
「そういえば、先輩。サッカー部はどうしたんですか?」
彼は安堵したように溜息をついて、俺の質問に答える。
「テスト前だから休みだよ。今日から」
「ああ、そういえば」
ちびっ子担任がそのようなことを言っていた。
教室で悩んでいたとき、部室にいけ、という天啓がなかったことに心底安心する。危なく赤っ恥だ。
ひょっとして、昨日が最後だったから、部長は俺に部活に出るかどうかを訊ねたんだろうか。
俺がこれからどうしようかと考えていると、誰かが先輩に話しかけた。
その顔を見て、また胸中で何かが疼いた。
今朝、俺を睨んでいた女子の先輩だ。
彼女は先輩の肩に手を置いて笑いかけたあと、俺の存在に気付いて顔をしかめた。
あからさまに、邪魔者を見るような目。
「アンタ、ちょっと来て」
彼女は俺の手を掴んで図書室の外へと誘導した。うしろから戸惑ったような先輩の声が聞こえた。
彼女は図書室を出てすぐのところにある階段を下りて、誰もいない二年の廊下に俺を導いた。
教室からは話し声が聞こえるけれど、ほとんどの生徒は既に帰っているか、他の場所にいるのだろう。
「アンタ、なんのつもり?」
「なんのつもり、と言われても」
今朝からずっと思っていたが、この人は何かを誤解している。
朝は幼馴染から話しかけてきたのだし、さっきは先輩から声をかけてきた。俺が何か行動を起こしているわけではない。
「何でアイツらの周りウロチョロしてるわけ?」
「どういう意味ですか?」
女の先輩(面倒なので以下メデューサと呼称。目が異様にでかい。マスカラすごい)は俺を見下すように溜息をついた。
「とぼけなくても分かってるから。アイツの彼女に未練あるんでしょ?」
幼馴染のことだろう。
「言っちゃ悪いけどさ、アンタ、振られたんだよ。ぶっちゃけ、未練がましくて気持ち悪い」
メデューサの発言は続く。俺は彼女が言いたいことを言い終わるまで待つことにした。
それにしても――彼女は何をそんなに焦っているのだろう。
「アイツになんか言いがかりでもつけてたわけ? 言っとくけど、あの二人、ホントに付き合ってるから」
言われなくてもそうだと思っていたし、振られたとも思っていた。
――メデューサがそんな発言をしなければ、疑うこともなかっただろう。
「それとも、どっかでなんかの噂でも聞いたわけ? 無責任な噂を信じるとか、馬鹿じゃないの?」
それはつまり、何かの噂が流れる余地があるという意味だろうか。
揚げ足を取るような思考。冷静になれ、と胸中で呟いた。それにしても一方的な人だ。
「あの二人の恋路、邪魔しないでくれる? アンタみたいなのにケチつけられたら可哀相だからさ」
――何を、こんなに恐れているんだろう。彼女は何かが露呈することを恐れている。それは確実だ。
確証はないけれど、ひょっとしたら、と思うと自然に考えが進んでいく。
「アンタみたいに見てるだけで恋してるみたいな気分になってる奴が一番イタいんだよ。もう二度と二人に近寄んな」
メデューサは、最後にそれだけ言い残して去っていった。
俺は彼女の言葉を踏まえて、改めて思考を組み立てなおした。
――言いがかり、噂、「ホントに付き合ってる」。
それを、なぜメデューサが言うのか?
わざわざ「本当に付き合っている」と強調したということは、裏を返せば――。
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