03-01


 朝、歯を磨きながら、バイトでもするか、と思った。

 夏休みまであとちょっと。来週からテスト前で部活動休止。どうせ原付の免許も取りに行くつもりだったし、ちょっと遠めのところがいい。

 やるならコンビニ。涼しいし、仕事が楽らしいし、時給は安いが、金が入ればとりあえずはかまわない。

 

 できれば顔見知りのいないところがいい。今度探してみよう。

 

 時間になってから玄関を出る。

 

「今日も暑いねえ」


 おじいさんっぽく妹に語りかけてみた。

 妹はごく普通に返事をした。


「そうだね」


 一日がはじまった。





 校門近くで部長に遭遇する。なぜだか茶髪と一緒だった。

 真面目な部長×不真面目な茶髪=混ぜるな危険。


 のはずが、ずいぶんと和やかに会話をしていた。


「地区一緒で、昔から顔見知りなんだよ」


 茶髪が言う。部長も小さく頷いた。まじかよ。強い疎外感。

 仕方ないので強引に話題に加わることにした。


「なあ茶髪、テスト勉強してる? 俺ぜんぜんしてないんだけど」


「そういうふうに言う奴に限ってきっちり勉強してるんだよな」


 見透かされていた。

 でもやってることなんてせいぜい教科書を流し見るくらい。


「ちゃんと勉強しておいたほういいですよ」


 部長が大真面目に言う。


「イエスサー」


 大真面目に返事をする。

 部長はちょっと呆れていた。





 教室につくと、サラマンダーが携帯と睨めっこをしていた。

 彼は俺に気付くと、にやにやしながら携帯の画面を見せつけてきた。


 今朝、マエストロから送られてきたツーサイドアップ画像。


「白黒しまぱん、悪くねえだろ」


 ツーサイドアップも悪くないだろ。ドヤ顔。


 席についたとき、幼馴染と目が合った。ばつの悪そうな顔をしている。 

 あえて無視するわけではないが、話すことがあるわけでもない。


 とりあえず俺は佐藤に声をかけた。


「給食着ってあるじゃん」


 妹の中学校は給食なので、当然、給食当番がいる。


「あるね」


 佐藤は不思議そうな顔をしながらも頷いた。


「今日、金曜日じゃん」


「そうだね」


「うちの妹、今週、給食当番だったみたいなんだよ」


「なんで妹のクラスの給食事情を知ってるんだよ……」


 佐藤は呆れていた。態度にちょっと余裕がある。非童貞の余裕。悔しい。


「で、俺はどうすればいい? やっぱ匂いとか嗅いどくべき? 兄として」


「やめといた方がいいんじゃないかな……」


 やめておくことにした。そもそも冗談だけど。

 実際、他の人も使うものだしね。うん。


 逆に考えると、別の生徒の兄が妹が使った給食着の匂いを嗅いでいるのかもしれないのだ。

 胃がむかむかしてくる。


 馬鹿な思考を終わらせたとき、誰かが俺の制服の裾を引っ張った。くいくい。


「ちょっといいかな?」


 幼馴染だった。


 呼ばれて廊下に出る。俺がついてくるのを確認すると、彼女は周囲に気を配りながら歩き始めた。


「あのね、実は……その」


 そこまで言ってから、幼馴染は何かに遠慮するみたいに言葉を詰まらせた。

 

 沈黙の中で俺の妄想ゲージがフルスロットル。


『実は先輩とは遊びで、あなたのことが好きなの』


 キャラじゃない。


『先輩、えっちへたなの!』


 キャラじゃない。聞かされてもうれしくない。

 どう妄想しても先輩を貶める方向に話が進む。俺って嫌な奴。


 妄想で時間を潰している間も、幼馴染は押し黙ったままだった。

 何かあったんだろうか、と少し心配になったところで、幼馴染が口を開く。

 同時に、その背中に声がかけられた。


 例の、幼馴染の彼氏。と、その友人と思しき男女三名。

 幼馴染は居心地悪そうに視線をあちこちにさまよわせた。


 そうこうしているうちに、先輩たちが幼馴染の名前を呼んだ。


「ごめん。ちょっといってくるね」


 気まずそうに目を伏せて、彼女は先輩たちに駆け寄っていった。

 何を言いたかったんだろう?


 気付けば、例の彼氏のうしろに並んでいた三人のうちの一人が、俺を睨んでいた。

 ……シリアスな感じがする。


 そのあと、始業の鐘が鳴るまで幼馴染は戻ってこなかった。

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