02-03
昼休みに屋上に行く。
あたりまえのような顔をして屋上さんがコーヒー牛乳を啜っていた。
場所を変えようかと思ったが、どうせいるかも知れないことを承知できたのだ。こちらが変えてやる理由もない。
俺は彼女が苦手だが、彼女と話すのは嫌いではなかった。
「また来たんだ」
屋上さんは困ったような顔をして俺を迎えた。強く拒絶されることはない。
最初の頃は来るだけでも冷たい視線を向けられたが、今となっては彼女の方もだいぶ慣れたらしかった。
屋上さんに近付く。
「人、多いね」
普段はろくに人がいないのに、今日は屋上で食事を摂る人間が多いようだった。
「たまにある。こういうことも」
屋上さんは周囲を気にするでもなく言う。人ごみの中にあっても、彼女が孤高であるということは揺るがない。
彼女がひとりでいることと、周囲に人間がいることは無関係なのだ。
「このくらい騒がしい方、逆に落ち着くでしょ」
そうだろうか。俺は人が多すぎると落ち着かない。
「で、なんで私の隣に座るわけ?」
「一緒にお昼食べようと思って」
「……まぁ、いいけどさ」
最初の頃と比べれば格段の進歩と言える。
とはいえ彼女が不躾なほど威圧的な視線を見せることはまだある。
俺が何か言わなくていいことを言ったときとか、何か気に入らないことがあったときとか、あるいは理由なんて想像もできないこともある。
いずれにせよ屋上さんは俺に対してなんら執着を持つことがないようだった。
いたらいたでいいし、いないならいないでいい。どちらでもかまわない。不快になってもまあ仕方ない、という考えでいるようだった。
「今日はおべんとあるんだ」
屋上さんが静かに言う。甘ったるそうな菓子パンをかじりながら、彼女はフェンスの向こうを眺めていた。サンドウィッチじゃないんだ。
「忘れてこなかったから」
包みを開けて食事をはじめる。屋上さんはそれに目もくれず一心にフェンスの向こうを睨んでいた。
「何かあるの?」
「何が?」
「フェンスの向こう」
「ツバメが飛んでる」
「ツバメ」
正直、空を飛んでいる鳥なんて鴉もツバメも同じに見える。
「ツバメは空を飛べていいなぁ」
屋上さんがぼんやり言う。
何かを言おうとしてから、何をどういうべきかを考えたけれど、今のタイミングで絶対に言わなければならない言葉なんてないように思えた。
とりあえず適当なことを言ってみた。
「人間だって飛べるでしょう」
「飛行機で?」
「ヘリコプターとかね」
屋上さんがくすくす笑う。何がおかしかったのかはまるで分からない。
彼女の笑い声に呼応するみたいに、少し強い風が屋上を吹きぬけた。髪がなびく。
「屋上さん」
「なに?」
「立ってるとパンツ見えそう」
「見えないから大丈夫」
「ねえ。スカートの下にハーフパンツとか履けば見えないよね。実は見て欲しいとか?」
「いっぺん死ね」
「屋上さん、俺のこと嫌い?」
なおとに言われたことを実践してみた。口に出してから、少し卑怯だったかもしれないと思う。
屋上さんは少し困ったような顔をしてから、ためらいがちに口を開いた。
「別に嫌いじゃないけど、セクハラはうざい」
案外、悪印象はなかったようだ。
今後セクハラしないように気をつけよう、と思った。
「あ、今パンツ見えた」
「いっぺん死ね」
本能はいつだって俺の身体を支配してしまう。
屋上さんと和やかな昼を過ごした。
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