02-02



 授業前のホームルームで担任のちびっ子先生が言った。


「持ち物検査をします」


 うちの妹と同じくらいちっこい先生は、いわゆるロリババア。

 ツンデレくらいありえない存在だが、いるものは仕方ない。

 

 歳を重ねた分だけ世間擦れはしていた。

 口がめちゃくちゃ悪い。息がコーヒー臭い。酒が好き。

 やはり現実だった。


 教壇の上でだるそうに溜息をつく担任に、サラマンダーが冷静に訊ねる。


「なんで?」


 先生は答えるのも面倒とでもいうみたいに眉間に皺を寄せてから、しっかりと理由を話した。基本的に話の通じる教師だ。


「なんかね、煙草吸ってたんだって。あんたらの先輩。あの、四階の、あんま使われてないトイレあるでしょ。あそこで」


 とばっちりだった。見つからないようにやって欲しい。


「私は煙草くらいいいと思うんだけどね。むしろ年寄りとか積極的に吸えよ。長生きしてどうすんだ」


 ありがたい訓辞だった。基本的に話は通じるが、少し人の都合を省みないところがある。

 でもまぁ、みんなそんなもんだな、と思い返して納得した。


「どこもかしこも嫌煙ムードでさ。やんなっちゃうよ。副流煙がどうとかさ、どう考えても言いがかりじゃん。ふざけんなっつう。

 どこ行っても肩身狭くて。値上がりまでするし。金払ってるっつーの。税金払ってるっつーの。権利あるっつーの。健康そんなに大事か?

 パチンコのCMですら煙草ダメみたいなのやってるじゃん。なんなのアレ? それ以前にそもそもあそこは不潔だろうが。システムからして」


 一方的な言い草だったが、正直そのあたりのことはよく知らない。先生がそこまで煙草にこだわる理由も分からなかった。


「んなわけで。持ち物検査します」


 職権濫用だった。

 たぶんPTAに訴えれば責任問題にできる。モンスタースチューデント。世間は世知辛い方向へと進歩していく。


 とはいえ、拒否するのはやましいものがある奴だけだ。


「おいチェリー」


「チェリーって呼ばないでください」


「悪かった。チェリー、おまえこれどうした」


 好きなヒロインがスカートを翻してぱんつをこちらにみせつけていた。


 圧倒的ピンチ。

 サラマンダーが声を出さず笑っている。

 マエストロが俺から目をそらした。

 幼馴染が怪訝そうにこちらを見ている。

 茶髪が斜め後ろで興味なさそうに頬杖をついていた。


 困った。


「実は、マエストロに預かってくれと頼まれて……」


 俺は友人を売ることにした。既に支払った小遣いは痛かったが、マエストロに責任を押し付けられる。犠牲は多いが勝利は近かった。


「ホントか?」


「いや、俺そんなことしてないっす」


「してないそうだが」


 マエストロがあまりに冷静に言ったので俺が嘘をついたような雰囲気になる。

 ていうか実際嘘だった。圧倒的不利に陥る。


「実はそれ、プレゼントなんです」


「へえ。誰への?」


「入院してる親戚がいるんです。そいつ、思春期なのにろくにエロ本も読んだことなくて……思わず憐れに思って、読ませてやろうと。今日の帰り病院に寄る予定だったんです」


 適当なことを言った。


「そりゃいいことだな」


 ちびっ子先生が感心している。茶髪がニヤニヤしていた。幼馴染が何かに気付いたみたいにさっと視線を下ろした。


「でも、おまえが持っていいもんじゃないから」


 煙草には寛容なちびっ子先生は、エロには寛容ではなかった。


「あとで職員室に取りに来い。な? 今なら父ちゃんのエロ本を間違えて持ってきたことにしといてやろう」


「すみません。それ父ちゃんのエロ本でした」


 俺は父を売った。

 茶髪とサラマンダーがこらえきれず笑い始めていた。


「おまえの父ちゃん……こんなの読むのか」


 先生が心底同情するように言った。三者面談は母に来てもらおう。


 ちびっ子は俺の席を離れて次々と他の人間の持ち物を確認していった。


 やがて彼女はひとりの男子の席で足を止めた。


「……なんでライター?」


「ゲーセンの景品で取ったんです」


 キンピラくんだった。


 茶髪ピアスの痩身イケメンで、微妙に不良っぽい雰囲気がある。

 彼のあだ名の由来はサラマンダーだった。


 初めて彼と接したとき、


「うぜえ、近寄んじゃねえよ」


 と冷たくあしらわれて、その態度の悪さからサラマンダーが、


「ああいうのなんていうんだっけ? キンピラ?」


 と言い間違えたのが由来となった。


 多分チンピラと言い間違えたのだと思うが、さらに正確にはヤンキーと言いたかったに違いない。ありがちだ。


 キンピラくんはさして居心地悪そうでもなく、ライターを持ってることを悪いとは思っていないみたいだった。

 というか、ライター持ってるくらい別に悪くない気もする。


「煙草吸うの?」


「吸わねえっす」


 キンピラくんは基本的に正直者だ。


「ホントに? なんでライター持ってんの?」


 彼は小さく舌打ちをした。


「今舌打ちしたね?」


「してねえっす」


「しただろ」


「してねえって」


「したって言えよ」


「しました」


 キンピラくんは基本的に正直者だ。


「で、煙草吸うの?」


「吸わないっす」


「吸ったんだろ? 正直に言えよ。私も隠れて吸ってたよ。授業サボって屋上で吸ってたよ」


 学生時代から今のままの性格をしていたらしかった。


「吸ってねえんだって」


「嘘つけよ。じゃあ何でライター持ってるんだよ」


「……」


「何とか言えよ」


 先生の言葉には困ったような響きが篭っていた。


「……ぶっちゃけ」


 キンピラくんは静かに話し始めた。


「金属性のオイルライターってなんかいいかな、って思って……」


 クラス中が静寂に包まれた。


「……煙草は吸わないのね?」


「はい。吸わないです」


 彼は基本的に正直者だ。

 そんなふうに持ち物検査は終わった。

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