02-01
翌朝、夢から覚めたときには、前日の憂鬱も忘れていた。
「お兄ちゃん、起きて」
時々兄に対して絶対零度の視線を向ける妹ではあったが、基本的に兄に対する呼称は「お兄ちゃん」だった。
いい妹なのだ。ときどき起こしに来る。そうして欲しくて、わざと起きていかないこともある。
見抜かれて放置される。遅刻する。
しかし、今日は目覚ましが鳴った記憶がなかった。
「……なおとは?」
「自分で止めたんでしょ」
妹の視線の先でなおとが物寂しげに床に転がっていた。
「悪かったよ、なおと……」
「目覚ましに話しかけないでよ……」
妹さまの呆れ声から、一日がはじまった。
MP3プレイヤーで「人として軸がぶれている」を聴きながら登校する。
二番目のサビに入ったところで夢の中の出来事を思い出した。
しょうがない。恋をしよう。新しい何かを始めてみよう。
サビを聴いてテンションがあがった。何かを変えようとするにはちょうどいい。イヤホンをはずした。
学校につき、教室に入ると同時に両手を挙げて叫ぶ。
「ハローワールド!」
教室を間違えていた。違うクラスだった。
なんだこの人、という視線が突き刺さる。
明らかに頭がアレな人だと思われていた。
なぜ夏にもなって教室を間違えるのか、疑問だ。
ちゃんと自分の教室にたどり着くと、今日もマエストロが俺の席で薄い本を読んでいた。
なんだかんだでマエストロとサラマンダーの二人とは三年以上の付き合いになる。
そう考える感慨深いものがあった。でも三人とも童貞。
「何読んでるの?」
一昨日の例があるので、下手に刺激すれば乱心しかねないと思い、普通に話しかける。
「ん」
言いながらマエストロが本の表紙をこちらに向ける。
月刊青年誌で連載中のむしろ成年誌でやれと言いたくなる人気漫画のヒロインが表紙だった。
ひらりと浮き上がったスカートの下にいちご柄の子供っぽいパンツに包まれたお尻が見えていた。
家事万能の妹キャラ。
好きなキャラ。
俺は今怒ってもいい、と思った。
「……あてつけか? ひょっとしてなんかのあてつけなのか? 俺の好きなキャラだと知っていてそのような暴挙に出ておられる?
これは宣戦布告なのか? おまえの好きな委員長キャラの同人誌をおまえがいない時間帯に自宅に送るぞコラ」
「……え、なんでそんなに怒ってんの?」
なぜかどうでもいいキャラのエロに関しては寛容な俺たちだった。
好きなキャラのエロに関しては場合による。
個人として鑑賞する分にはいい(駄目なときもある)。
どうでもいいキャラはどうでもいい。
エロ担当として別のキャラがいたりもする。
そもそも原作がエロチックな内容の漫画なので、俺の理屈の方が間違っているのは明白だ。
元ネタからしてエロなのに、エロがアウトとかエゴにもほどがある。
が、友人が読んでるのは嫌だった。
「おまえそれ売ってくれない?」
交渉に出る。マエストロの細い目がぎらりと光った。
「高いぞ?」
今月の小遣いが半分になった。
「つか、買ったはいいものの本編の方がエロいからあんまり使えなかったんだけどな」
「使うとか言うな」
いつだって現実は残酷なほど正直だった。
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