01-07
気付けば午後の授業が終わってた。授業を聞いた記憶もない。当然、内容も何も覚えていなかった。
「……期末、近いんだぜ」
冗談めかして自分に言うと、声が震えていた。
「どうしよう」
周囲を見回すとサラマンダーもマエストロもいなかった。ぶっちゃけ二人以外仲のいい友人なんていない。
「孤独だ……」
世間の風にさらされる。
人間なんてひとりぼっちだ。
切なくなってドナドナを歌っていたら、うしろから声をかけられた。
「チェリー」
「チェリーっていうな」
うちのクラスでのあだ名の普及率は一日で100%(担任含む)。
「そんなに童貞がつらいか」
女子だった。
やたら下ネタ率が高い茶髪だ。
化粧が濃い。睫毛の盛りがホラー的である。
化粧を落とすと目がしょぼしょぼしてて眉毛がないに決まっている。
でもいい身体をしていた。
前にそれを言ったら数日間女子に無視された。
「無視するなよう!」と駄々をこねたら「きもかわいー」って許してもらった。おかげで大事なものを失った気がする。全面的に俺が悪いが。
「童貞は関係ないです」
冷静に言ったつもりだったが、現実には女子に下ネタ振られて童貞らしく動揺しているだけだ。
茶髪は俺の心の機微を意にも介さず話を続ける。
「ヤらせてやろうか」
情緒のない女だ。
「ぜひ」
でも童貞のセックスに情緒は必要ない。二秒で結論を出した。
幼馴染が心配そうにこっちを見ていた。睨み返す。裏切りものめ、と視線に乗せて送った。
幼馴染は見る見る落ち込んでいた。何やってんだ俺……。
「何やってんだおまえ」
「俺が知りたい」
本当に。
「まぁいいか。それで、いくら出す?」
「いくら、と申されますと?」
嫌な予感。
「諭吉さん」
「それ犯罪!」
「愛があれば金の有無なんてちっぽけな問題だから」
「……えー」
ドン引いた。「金の有無」の意味が違うだろう。
「冗談だよ、冗談」
煙草に酒に乱交までやってそうな茶髪が言うと冗談とは思えない。
「まぁ、童貞だからってそんな気にするなよ、童貞。別に童貞だからって犯罪ってわけじゃないしな。だろ、童貞」
茶髪が言うと、うしろで数人の女子がくすくす笑った。
屈辱。でもなんだか興奮する。
嘘だ。
「かくいう私も処女だしな」
「それも嘘だ」
思わず反論してしまった。
茶髪は気を悪くするでもなく気だるげに笑う。そのあたりが彼女の魅力だ。気だるげな、おとなのおねえさん的魅力。
「まぁ、あんまり落ち込むなよ、おまえが落ち込むと、あれだ。どっかで悲しむ奴がいるかも知れない」
茶髪になおと的な励ましをもらった。意外と神経質な性格だったりするのかも知れない。
普通に元気付けられてしまった。
「ありがとう茶髪、チロルチョコやるよ!」
「いや、チュッパチャップスあるし」
チロルチョコとチュッパチャップスの間にどのような互換性があるかは謎だが、どちらもチが二つ着いてる。
略すとチチだった。
チチ系フードと名づけた。
すぐに飽きた。
◇
チョコを食べながら部室へ向かう。ポケットにしまおうとした銀紙が廊下に落ちて、通りすがりの保健の赤嶺先生に叱られた。
巨乳だった。
わざとじゃないんです、と言った。
そうなの? と聞かれた。
そうなんです、先生と話がしたくてげへへへへ、と言った。
あらそうなの、とさめた声で言われた。
赤嶺先生の脳内評価では、俺は鈴木以下だった。鈴木がどうというのではないが、男として劣っていると言われたみたいで悔しかった。
そのまま何事もなく先生と別れた。つくづく女性と縁がない。
部室についてすぐ、そんな不満を部長に言うと、彼女は呆れたようにため息をついた。
「あ、そうですか……」
正真正銘呆れている。
部長は三年で、今年で文芸部も引退。それを思うと少し切ない。
文芸部は部員数が二十数人の人気文化部で、基本的には茶飲み部だ。部室は第二理科実験室。
女子数はワープロ部に負けず劣らず多いが、男子率も比較的高い。
普段はお菓子を食べながら好き放題騒ぎまくり、年に一度の文化祭に文集を制作、展示する。
ちなみに、今年度の文集での俺の作品は「きつねのでんわボックス」の感想文だと既に決まっていた。顧問と部長に許可は取った。呆れられた。
「大変ですね」
部長は会話が終わるのを怖がるみたいに言葉を続けた。ちょっと幼い印象のする容姿の彼女は、面倒ごとを押し付けられやすい体質。
お祭り騒ぎが好きで面倒ごとが嫌いな文芸部の先輩がたは、お菓子を食べながらがやがや騒いでいる。
ちょっと内気そうな彼女が、パワフルな先輩たちに面倒な仕事を押し付けられたであろうことは想像にかたくない。
それを想像するとちょっと鬱になるので、部長が大の文芸好きで、文に関しては並ぶものがいないから部長になったのだという脳内エピソードまで作った。
すごくむなしい。一人遊戯王並にむなしい。
「部長、どうしたら女の人と付き合えますか?」
せっかくなので聞いてみる。部長は困ったように眉間を寄せて考える仕草をした。
「告白、とかどうです?」
清純な答えに圧倒された。同時に正論だった。
「部長、気付いたんですけど俺、好きな人いませんでした」
「どうして彼女が欲しいんですか?」
部長が心底不思議そうに首をかしげる。ぶっちゃけエロいことするためだが、そんなこと部長にいえるわけがない。
「愛のため?」
適当なことを言った。言ってからたいして間違ってないことに気付く。
「素敵ですね」
案外ウケがよかった。
その日の部活はつつがなく終わった。
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