01-06



 翌日は授業に身が入らなかった。


 ずっと幼馴染のことを考えていて、気付けば、誰とも話さないまま昼休み。


「俺……」


 ひょっとして幼馴染が好きだったんだろうか、とシリアスに悩む。

 悩んだあげく、いつまでも幼馴染のことばかり考えていても仕方ないという結論を出した。


 幼馴染に声をかける。 


「おい!」


「え?」


 きょとんとしている。

 おべんとをあけていた。

 ピンク色の巾着袋。

 乙女チック。ファンシー系女子(普通の女子がやっていたら寒いことをしてもかわいく見える人種)。

 

「おまえのことなんて、もうしらねえからなッ!」


「……あの、突然なに?」


 苦笑してる。


 普段からマエストロやサラマンダーと一緒にいるせいで、周囲から「またあいつらか……」的な視線が送られていた。

 二人のせいで俺までエロ童貞三人衆に数えられている。

 なぜかしらないが俺にまで信者がいる。妄想に関しては随一だというくだらない噂が立っているらしい。

 ……冗談だと思いたかった。


 幼馴染はこちらを見ながら苦笑した。

 毒のない無垢な笑顔に癒されそうになって逆に深く傷つく。もう人の女だ。

 

「おまえなんて、おまえなんて、サッカー部のなんかかっこいい先輩といい感じになってあげくのはてに卒業してからも一緒にいればいいんだ!」


「……祝福されてるのかな?」


 照れ苦笑しておられる。微妙に困っていた。

 どことなく寂しさ漂う苦笑。

 俺の心境がそう見せているに違いない。


 ……自分がかわいそうになってくる。

 ふざけていたつもりが、声に出したら真剣につらくなった。


 というわけで、幼馴染のことは忘れることにする。

 さらば幼き日の約束。

 妙な達成感が胸に去来した。


「おまえと結婚の約束をした記憶なんてないッ!」


「私もないよ?」


 忘れ去られていた。



 ……死のう。





 開放されている屋上に行くと女の子がいた。

 見なかったふりをして鉄扉の内側に戻ろうとする。


「待って」


 しかし逃げられなかった。


 ロールプレイングゲームっぽいテロップが脳内に出る。

 戦闘BGM。敵性存在とのエンカウント。


「ヤァ、コンニチワ」


 ナチュラルに挨拶をしようとしたら片言になった(ありがちだ)。俺はこの子が苦手なのだ。


「何でカタコト?」


 普通に気付かれた。


「実を言うとこのあたりに地球外の知的生命体の痕跡が……」


「別にいいから、そういう冗談」


「やは」


 ごまかし笑いが出た。


「何しに来たの?」


「何しに、とは?」


「お弁当、持ってないみたいだけど」


 何かを言いそびれたみたいな、困ったような声音だった。


 彼女はこの学校でも有名な一匹狼だ。ザ・ロンリーウルフ。

 でも別に凶暴ってわけじゃない。気付くといつもひとりでいる。

 多分ひとりが好きなんだろう。もしくは気楽なのかもしれない。


 俺はなぜか彼女に嫌われていた。

 その嫌われ具合は簡単に語れる。


 まず初対面が――


 曲がり角でぶつかる。彼女が突き飛ばされる。


「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」


「い、たた」


 尻餅をついた彼女に、手を差し伸べる。紳士に。


「大丈夫です。ありがとう――」


 いい雰囲気。彼女の手が俺の手と合わさる。


「あ、パンツ見えてる」


「――は?」


「今日はラッキーデイ! 眼福!」


「……」


 ――ごく普通の出会い方であるどころか、むしろ好印象ですらありそうなものだが、


「……死ね」


 と暴言を吐かれた。


 深く傷ついた。


 人に噛み付きたいお年頃なのだと納得し、その後もめげずに声をかけるようになった。


 あるときは階段の下から――


「黄色!」


「――ッ!!」


 あるときは廊下で転んだところに彼女が歩いてきて――


「水玉! 青地に白!」


「……」


 あるときは彼女とぶつかって転んだときに身体が絡み合い、体操服の隙間から――


「白!」


「……死ね」


 ということを何度か繰り返していたら、普通に嫌われた。よくよく思い返してみれば当然かもしれない。

 自己嫌悪。でも全部事故だ。実際に口に出したのは自分だけれど。


「あのさ」


 考え事をしていたらふたたび声をかけられる。


「お弁当、どうしたのって聞いてるんだけど」


「……ええと」


 教室に忘れてきた。妹の手作りだった。

 親が忙しいのでいつも妹が作っているのだが、美味い。常に食べきっている。

 昨日は食べられたか覚えていない。というか昨日の記憶がない。


 死にたくなってきた。


「どうしたの?」


 なにやら(心配そうに)下から覗き込まれる。カッコ内は俺の妄想。


「よせやい、照れるぜ」


 茶化す。


「死ね」


 笑いながら死ねと仰られる。

 なんだか今日はご機嫌のようだ。


 孤高のロンリーウルフである彼女は、通称を屋上さんという。

 なんか屋上にいるから、屋上さん。

 あだ名ばっかりの学校だ。

 名前を聞いても教えてくれないので、俺がつけた。


 髪型はポニーテール。この歳になるとなかなかお目にかかれない。

 陸上部に所属していて、いつもハードルを越えてる。すごい。やばい。足が速い。クラスが違うので詳しいことは知らない。


「食べる?」


「は?」


 何かを差し出される。

 コンビニのサンドウィッチだった。


「……ミックスサンドだけど」


 まるでツナサンドじゃないことが申し訳ないみたいな言い方だった。


「いいじゃんミックスサンド、好きだよ」


 思わずミックスサンドをフォローする。実際好きだ。ツナサンドも嫌いじゃない。


「そう?」


 なぜか照れてるように見える。言うまでもなく妄想に違いない。


「ありがとう、もらうよ」


「べ、別に。余ってたってだけだから」


「ありがとう」


 なにやらツンデレっぽい発言だが、彼女が実際にツンデレだというわけではない。現実でそんなのいるわけない。

 実際、好かれるようなことはやっていないのだ。


 ――が、嫌いな人間にすらサンドウィッチを分けるこの優しさ。心に傷を負ったタイミングでこんなことをされれば、当然、


「やばい、惚れる」


 となる。


「は?」


「つらいときのやさしさは身に沁みる。結婚しよう」


「死ね」


 とたんに不機嫌になった。屋上さんは扱いが難しい。現実でも選択肢がでれば、間違ったほうは選ばないのに。


「なぁ、屋上さん」


「なによ?」


「エロゲの主人公ってさ、バッドエンドの後、どんなふうに過ごしてるのかなぁ」


「……いや、知らないし。エロゲとか」


「だよなぁ」


 現実は厳しい。


「食べないの? それ」


「食べる」


 もさもさとサンドウィッチを口にする。ぴりぴりとした味が舌に広がった。調味料がききすぎてる。


「生きてんのつれー」


 屋上さんはどうでもよさそうにフェンスの向こうを眺めていた。


 その後屋上さんと恋について話をした。ちょっと思わせぶりに振舞うためだ。


「屋上さん、好きな人いる?」


「あんたには関係ないでしょ」


 あっさり切り伏せられた。



 その後、理由なく保健室に向かった。保健の赤嶺先生はいなかった。ちょっと期待してたのに。


 教室に戻ると幼馴染が声をかけてきた。


「どこいってたの?」


「ナンパ」


「そ、そうなんだ……」


 なぜだかショックを受けている。フラグかと思ってちょっと期待した。

 が、俺だって幼馴染が逆ナンしてたら普通にショックだ。

 深い意味がないだろうことに気付いて無意味に落ち込んだ。


 席について妹の弁当を食べた。

 美味かった。好きなおかずばかりだった。優しさと励ましが垣間見えた。

 あいつが何か困っていたら全力で助けようと涙ながらに誓った。


 でも冷食だった。そりゃそうだ。

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