01-05


 ――マエストロの虫の居所が悪かったのには理由があったらしい。


 なんでも、彼の信奉者であるオタメガネ三人組(鈴木・佐藤・木下)が、三人揃って童貞を卒業したというのだ。


 ……なぜ急に?


 鈴木曰く、


「体育の授業で怪我をして保健室いったら、保健の赤嶺先生に……」


 メガネをはずすと可愛いね、って言われて喰われた。

 巨乳で地味系。童顔。野暮眼鏡。ロリコンにひそかな人気がある。羨ましくて憤死する。


 佐藤曰く、


「ヒキコモリの従妹が数日間うちに泊まることになって……」


 親たちが出かけてる間に、合意の上で、好奇心に煽られてエロいことをし合った。した。

 年下。物静か。色白。生えてなかった。ぱんつはくまさんだった。ふざけんな。豆腐の角に頭ぶつけて死ね。


 そして木下曰く、


「勉強のふりしてアレしてたら、義理の母親に……」


 甘やかされた。

 歳の差結婚で恐ろしく若い上、父親は死んでいて未亡人だった。いろいろやばい。まずい。そんな際どいことクラスメイトに言うな。


 ――どこぞのエロゲーか。


 脳内ツッコミ。

 応える声はなかった。


 どう考えてもエロゲーだった。


「保健の先生(巨乳)とか!」


 マエストロが吼える。丘の上の住宅街にある公園に、男三人の長い影が落ちていた。


「ヒキコモリの従妹(色白・物静か)とか! 義理の母親(未亡人・いろいろ持て余す)とか!」


 力が篭っていた。


「ふざけんなああああああああ――!!」


 魂の叫びだった。夕日に向かって、マエストロは泣いていた。思わず俺の目頭も熱くなる。


「なんだそりゃあ! なんだそりゃあ! 馬鹿にしてんのかあああああああ――――!!」


「落ち着けマエストロ」


 サラマンダーが冷静に諌めた。彼はたまに冗談みたいなボケと失敗をかます以外、クールでイケメンなのだ。天然でエロ魔人だが。


「で、それなんてエロゲ? 特に二番目について詳しく教えて欲しい」


 ――天然でエロ魔人だった。

 そして俺たちは十六歳(数え年)だ。


「俺がゲームやってる間に! 絵描いてる間に! MAD動画作ってる間に! エロ小説書いてる間に!」 


 多才な奴だ。


「アイツらがそんなことをしてたと思うと!」


「思うと?」


「死にてえ!」


「ですよね」


 聞くまでもないことだった。


「反応鈍いぜ、チェリー」


 サラマンダーが気障っぽくいった。こんな気障な奴が「激辛キムチ鍋! ~辛さ億倍~」を食べて火を吐いたのだから思い出すだけで笑える。


「チェリーって言うな」


 とはいえ、俺は俺で落ち込んでいた。


『このクラスで童貞は、サラマンダーと、俺と、おまえだけだ』


 という言葉もそうだが、何よりショックだったのは、


『……童貞、なの?』


 といったときの幼馴染の表情だった。

 

 普通に死ねる。

 なんか、経験済み的な微笑だった。先入観のせいかも知れない。


 男の子だもんね、的微笑だった。

 おとだも的微笑と名付けた。


 分かりにくいのですぐにやめた。


 ……付き合ってれば、そりゃ、ね。

 あの先輩、悪い人じゃないし、ね。

 でもヘタレっぽいし、たぶん、積極的なのは、幼馴染の方、だよ、ね。


『……童貞、なの?』


 あの微笑。……せつない。

 本番はともかく、ペッティングくらいならやってるかも知れぬ。


「手でいいですか? ……とか言ってるんだろうか」


 ふと呟いた。


「口でやってもらえる? って言われて、『……それは、ちょっと』って言ってたりしてな」


 サラマンダーが冷静に言った。


「もう我慢できない! って跨ってたりしてな」


 マエストロが必中必殺魔法を使った。即死効果付だった。俺は死んだ。

 言葉にするだけで頭に光景が浮かぶ。鬱勃起しそうになる。

 自己嫌悪で死ねる。


「現実でそんなのは……ないだろ」


 と言いたかったが、童貞なので分からない。


「……死にたい」


 言いながらジャングルジムに登る。丘から見下ろす住宅街のそこらじゅうに「済」のハンコが押されてる気がした。

 

「現実なんて、クソばっかだ―――――ッ!!」


 青春っぽく叫んでみた。

 ……むなしかったのですぐにやめる。


 なんか童貞とか童貞じゃないとか以前に、幼馴染のあの表情だけで普通に死ねそうです。

 

「この世こそが真の地獄であり、我々は永遠の業火によって罰を受け続けているのだ――ッ!!」


 グノーシスっぽいことを言ってみる。

 適当だった。


 その日はそのままふたりと別れた。


 家に帰ると妹が台所で料理していた。せつなくなって後ろから抱き締めた。

 照れられた。癒された。本気で嫌がられた。抵抗を黙殺した。殴られた。


「次やったら晩御飯抜きだから」


 クールに宣言される。難しい天秤だった。

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