01-03
家を出ると夏の太陽が俺を苛んだ。
ちょっといい感じの言い方をしてみても、暑いものには変わりない。
「コンクリートジャングル!」
テンションをあげようとして思わず叫んだ。
どちらかというと気が沈んだ。
「ヒートアイランド現象……」
一学生には重過ぎる言葉だ。
「何やってるの?」
声に振り返ると妹が呆れながらこちらを見ていた。なんだかすさまじく冷たい視線。
「夏だなぁって思ったら生きてるのがつらくなってきた」
「毎年大変だね」
大変なのだ。
「最近、馬鹿さが加速度的にあがってきてるよね」
「マジで?」
「このままいくと世界一も夢じゃないかもね」
「まじでか!」
世界一。素敵な響きだった。思わず言葉に酔いしれて白昼夢を見た。
表彰台の上で「THE BAKA」と刻まれたトロフィーを抱え、首に金色のメダルをかけられる。
美女に月桂冠をつけてもらう。そのとき頭を前のめりになる。でっかいおっぱいが目の前で揺れた。
童貞には強すぎる刺激だが目をそらせない。馬鹿の証明とも言えた。
涙ながらに「うれしいです!」とインタビューに答え、ぱしゃぱしゃというフラッシュの音を一身に浴びる。
良かった。努力してきた甲斐があった。ようやく俺は世界一になれたんだ……。
――そんなわけがなかった。ギャグにしても寒い。
「ちょっと前はもう少しマシだったのに」
妹さまは不服そうだった。
「お姉ちゃんがきてた頃はマシだったのに」
お姉ちゃん。
妹がいう「お姉ちゃん」は俺から見ると同い年だ。
俺と妹には幼馴染がいた。
美少女だ。料理も上手い。朝起こしにきたりもした。「将来は結婚しようね」と砂場で約束した仲だ。たまに弁当を作ってくれる。
家事が趣味でほんわりとした穏やかな性格が持ち味。からかわれると「むぅ~」と言いながらぷっくりと頬を膨らませる。
クラスメイトに「夫婦喧嘩か?」とか「夫婦漫才か?」とかからかわれるたびに、「ち、ちがうよっ!」と真っ赤になって否定していた。
サッカー部のマネージャーをしている。犬好きで、暇な休日はペットショップを覗きに行き、「かわいい……」とか言ってる。
そんな好みが分かれそうなハイスペック幼馴染なのだが、つい先日サッカー部の先輩と交際を始めた。
そのことから照れ隠しかと思われた「ち、ちがうよっ!」という発言が本当だったことが判明し、クラスメイトは今でも俺に哀れみの視線を寄せる。
ぶっちゃけ一番ショックを受けたのは俺だった。クリティカルダメージ。オーバーキル。
昔からの知り合いに恋人ができるというのは、なぜだかひどく寂しかった。
数日生と死の狭間をさまよった。
嘘だ。
嘘だが、寝取られという言葉がなぜか頭を過ぎった。
付き合ってなかったからショックを受ける理由なんてないはずなのだが、なんかすごいショックだった。
なんかすごいショック。技名みたいで少しかっこいい。
ちょっと前から幼馴染は俺に話しかけたり朝起こしにきたりしなくなった。
もう弁当を作ってくれることもないだろう。恋は人を盲目にさせる。
勝手に傷ついた友人(しかも男)の心境など、あの美少女が気にかけるわけもなかった。
「死にたい……」
「悪かったわよ……」
妹もなんとなく俺の気持ちを察してくれているらしい。
が、察されるのもなんだか悲しいところだ。
「もう学校に行こう」
「……ごめんなさい」
素直に謝れるのが妹のいいところだが、あと一年もすればこいつも彼氏をつくってきゃっきゃうふふとしゃれ込むのだろう。
暗澹とした気持ちのまま妹と別れて学校に向かった。
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