01-02


 この頃はあまりに擬人化妄想がリアルになり、人間だったらどんな顔をしているか、どんな姿をしているかまで具体的に想像するようになってしまった。

 おかげで、部屋に女子を連れ込んだとき、なおとがいるせいで上手くアンナコトができないのではないかといらぬ心配までするようになる始末。

 もしも女子の前でなおとに話しかけでもしたなら目も当てられない。


「あいつ目覚ましに話かけてたんだけどー」


「えーなにそれまじうけるー」


「ありえねー。やべー」


「ひくわー。あいつマジないわー。ないわー」


「ていうかあいつ童貞でしょー?」


「だよねー。目覚ましに話しかけるなんて絶対童貞だよねー」


「童貞マジうけるわー」


 となること請け合い。

 脳内でエコーのかかった幻聴が響き終わると、全身にぞくぞくと寒気が走った。

 脳内教室にクラスメイトたちの童貞コールがこだまする。超怖い。


 なので近頃は、本格的になおとと決別するべきか、真剣に悩んでいた。

 ぶっちゃけ俺が部屋に女子を連れ込むなんて天地が逆さになってもありえないのだが。


 なおとのことを考えているうちに、さっきまで見ていた夢の内容を忘れてしまった。

 忘れてしまったのだが、なぜかえろい夢だったことは思い出せる。


 なんかすごくえろい夢だった。

 具体的に言うなら……。


 武道場の女子更衣室で剣道部女子が着替えをしているところを覗いていたら、あっさり見つかって、

 女子が脱いだばかりの服で全身を縛られたうえ仰向けに押し倒され、

 顔見知りの剣道部員三名(容姿ランクB+,A,B)に全身を嘗め回されながら罵倒され、

 あられもない姿の三人に男としての尊厳をこれでもかというほどに踏みにじられ、

 最終的にはその三名に学生生活の影でこっそりとえっちなことをしてもらうセフレ的な地位になるような夢だったはずなのだが――


 ――ぶっちゃけ細かいことは覚えてない。

 

 なんか感覚とかすごくリアルだった。


 童貞なので、本番の想像をしようとしたら夢が覚めた……のかも知れない。覚えてない。

 えろい夢に関しては覚えてないのが悔しい。覚えてたら何かに使えるかもしれないのに。

 

 とはいえ、今重要なのはいろいろ持て余してしまって屹立している下半身であり。

 さらにいえば、目覚ましが鳴る時間を過ぎても起きてこない兄の様子を見に来た健気な妹のことでもあった。


 季節は夏。

 寝相が悪いと、タオルはすぐ落ちる。

 薄着だから、いろいろ見られる。


 察される。

 お約束だった。


「待て、なんだそのさめた顔は」


 反応はない。


「もっとこう、あるだろ。恥じらいとか」


 返事はない。


「なんとかいえよ」


 妹の視線は品定めするように冷静だった。


「おい……?」


 まさかはじめてみたので驚いて失神したというつまらないギャグではあるまい。

 と、くだらないことを考えた瞬間――


「……フッ」


 ――鼻で笑われた。

 身長百五十センチ(自己申告)の子供っぽい妹さまに。

 あどけなさを残した中学生女子の顔が高慢に歪んだ。

 女王の貫禄。

 思わず死にたくなる。

 

「……え、そんな、笑われるようなアレですか、俺のは」


「それセクハラだから」


 ごもっともな意見だ。


「いいから起きて。時間なくなる」


「起きようにも起きれないと申しますか……」


 言い訳する俺を尻目に(尻目って言葉はなんだかすごく卑猥だ。尻目遣いって言葉もあるらしい)、妹は扉を閉じて去っていってしまう。

 残るのはむなしさだけだった。

 妹がいなくなってから例のアレはすぐに鎮まった。人体の不思議。


「妄想だと罵倒されても平気なのに……」


 妹さまの罵倒はどうにも耳に痛い。……よく思い返せば罵倒なんてされてなかったが。


 妹がなぜ俺につらく当たるようになったのか(厳密にはつらくあたるというより舐め腐っているという感じだが)。


 心当たりはあまりない。思春期だからかも知れない。

 でもまぁ、話しもできないというほどではないし、こうして朝起こしにくるだけでも常軌を逸した妹ぶりと言える。


 もし嫌われた心当たりがあるとするなら、


 ネットで見た情報に興味を引かれ、フリーの催眠音声(セルフあり)をダウンロードし実践していたところを目撃されたこととか、

 妹の読んでいた小説を追うように読んで「主人公って絶対ロリコンだよな」と発言したこととか、

 妹が買ってきたアイス(箱)を一日で食い尽くしたこととか、

 せいぜいそんなもので、どれも瑣末に思えた。


 難しい年頃なのだろう。

 大人の寛容さで認めてあげることにした。


 あと何年かすればもうちょっと距離感がつかめるに違いない。なんだかんだいって兄が大好きな妹様だし。


 根拠はない。


「うむ」


 ひとつ頷いてからベッドを這い出て着替えをはじめた。

 月曜の朝はつらい。


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