家族色のValentine...
奈名瀬
2月14日(……すごく、くすぐったい)
「あ! 智奈美!」
母に手招かれ『何事か』とリビングへ足を踏み入れる。
すると、母は機嫌良さそうに笑いながら、父へあげた筈のバレンタインチョコを食べていた。
「智奈美も食べない? ここのチョコやっぱり美味しいわよ」
「……いいの、それ?」
リスのように口へチョコを含んだまま『何が?』と母は言う。
私は母の隣でニコニコする父に向かって、
「コレ、父さんのでしょ?」
と目を細めながら口にした。
しかし、父は母からもらったメッセージカードを片手にご機嫌な様子だ。
「ちな。父さんな、チョコより大事なものをもらったんだ」
ぽんやりとカードを眺める姿に、思わず唇が歪む。
だから、つい「そう。お幸せに」と心を込めずに告げてしまった。
隣り合って、各々バレンタインを堪能する両親から離れ、キッチンへ入る。
元々、私は珈琲を取りに下へ降りて来たんだ。
しかし、両親の甘い雰囲気にあてられ、当初より苦い珈琲を求める気持ちは強くなっていた。
「ホント、毎年毎年……飽きもせずに」
止めようもなくため息が漏れる。
「はぁ……」
その後、透き通った青色のグラスへなみなみ珈琲を注ぎ、ぐいっと飲み干した。
ひんやりと冷たい苦味が口の中に広がり、心なしか頭もスッキリする。
「…………」
空になったグラスをぼんやりと眺めながら、いつ父へチョコを渡すべきか考えた。
◆
夕食後。
『ちーちゃんも食べてね』と母が字を書いたバレンタインチョコの外箱が目に入る。
フタを開けてみると、中には様々な種類のチョコがたくさん詰められていた。
いわゆるチョコレートアソートだ。
まるで、最初から父へ贈った後、家族で食べるために買ったようなチョコだなと思う。
「…………」
そう、そう思って――ああ、そうかと気付いた。
「……最初からそのつもりか」
つい『一体、いつからだろう』と考えてしまう。
私が物心つく頃には、母は父へバレンタインのメッセージカードをあげるようになっていた。
父のもらったチョコを分けてもらいながら『なにがかいてあるの?』と訊いた記憶がある。
「はぁ……」
いつの間にか……。
いや、きっと私が生れた時から、バレンタインは両親だけのものじゃなくなっていたんだ。
「…………」
チョコレートアソートの中から一番好きな味を選び、口へと放り込む。
口内で溶けていくハートの形。
小さなハートを舌の上で転がしながら、部屋に戻った。
そして、
◆
「……はい。これ」
父と母が隣り合って座るソファに向けて、買っていたチョコを差し出す。
コンビニで売っているただのアーモンドチョコレート。
何の変哲もない、フタを開ければたくさん丸いチョコが入ってるアレだ。
「……バレンタイン、父さんに」
父がそれをどんな顔で受け取ったのかは……言うまでもない。
「——っ! ありがとう、ちな」
「お礼とかいい」
私は父から顔を背けたまま、母の隣へと座る。
その後、微笑む母の目線にくすぐったさを覚えながら、小声で訊ねた。
「母さん、珈琲ある?」
「温かいの?」
「そう…………淹れてほしい」
『いいわよ』と母がお願いをきいてくれる前に――、
「……みんなで、チョコ食べながら飲みたいから」
――そう言うと、母は口元を緩め「じゃあ、急いで淹れてくるわね!」なんて答える。
母が急いでソファから立ち上がると、すかさず父に声を掛けられた。
「なあ、ちな。母さんからもらったカード、読んでやろうか」
「は? ホント、そう言うのいいから」
むっと唇を結び、不機嫌な声で返す。
それから、父へあげたチョコをさっと取り上げ、
「あっ」
反論も許さぬ内に、手早くパッケージを開けた。
「……私は手紙とかないからね」
決して父の方は見ず、壁へ話しかけるように告げる。
すると、父は急に笑い出し――、
「大丈夫」
――なんて、なにも大丈夫じゃない返答を続けた。
「父さんな、もう手紙より大事なものもらったから」
「…………そう」
……ばかみたいだ。
母の淹れた苦い珈琲を心待ちにしながら、私は壁とにらみ合って過ごした。
家族色のValentine... 奈名瀬 @nanase-tomoya
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