エピローグ 夫婦の幸せを願って
丁度昼になったビダヤ。
今日も変わりなく、通りには人が溢れている。
その中で、一人の女性に注目する。
その女性は、先程買ったばかりのパンが入った紙袋を両手で抱えながら、楽しそうに歩いているが、この世界には似合わない和服を着用している。
いつもなら歩いていても何もないのだが、たまに厄介な人がその女性に話しかけてくる。
そして、大体は世間知らずの下心があるクズ男である。
「おい、お前」
「――――?」
「お前良いな! この俺と一緒にお茶でもしないか?」
「嫌です」
「そうか、なら無理やりでも連れてってやる!」
恐らく冒険者だと思われるガタイの良い男性は、その女性の腕を掴むとそのまま引きずってでも連れて行こうとする。
しかし、女性はすぐに手を振りほどいた。
「嫌だといってるでしょう!?」
「そこまで嫌がるのか……。なら実力で連れて行ってやるよ!」
男性は脅して恐怖を覚えさせ、弱ったところを狙って女性を連れていくという作戦に出た。
自慢の剣を引き抜き、女性に刃を向けた。
それを見た通りすがりの人達は大騒ぎ。
助けたいが自分に何が起こるかわからない、そう考えてしまって皆は見てるしかなかった。
「やめとけ! お前にはその人に刃を向けても意味ないぞ!」
「あん?」
その中で、一人の若い男性が声を挙げた。
しかし、女性を脅そうとしている男性はその声の方に視線を向け威嚇した。
「やめとけだと? 冗談じゃねえ。この俺が負けるわけ無いだろ。俺は数々の厄介者を倒してきたんだからな!」
「ふーん、そうなんだ……。わたしがその程度で怯えるとでも?」
「――――!?」
突然、女性の声の調子が下がった。
そして、周りには風が吹き始め異様なオーラが放たれ始める。
男性はそれに気圧されそうになった。
「一つ教えてあげる……。わたしがか弱そうだからって見た目で判断しないほうが良いよ? あなた冒険者だよね? そんなのじゃ失格だね。調子に乗ったこと、後悔させてあげる……!」
「なっ……!」
そう言った途端、なんと女性の額から鈍く光る紫色の角が生え始めた。
バリバリと稲妻音を鳴らしながら、それはどんどん上へと伸びていく。
そして、周りに吹いていた風はだんだんと強くなっていき、様子を見に来た女性たちはスカートを手で抑えた。
一方、女性に手を出そうとした男性は桁違いの力を持っていると分かった途端、腰を抜かして尻もちをついてしまった。
「本気で一発いきたいところだけど……それだとあなたの体はバラバラになってしまうから……。2割くらいの力でいくね。それでもあなたの体は大変なことになってしまうと思うけどね」
「ひ……ひいいいいい! ごめんなさいいいいいい!!!」
女性が拳を構えた瞬間、男性は泣きながら走り去ってしまった。
相手はいなくなってしまったので、女性は力を沈め、元の状態に戻った。
「あ、えっと……。お騒がせしました――――」
「「「「「わああああああああ!!!!!!」」」」」
「――――!?」
一気に歓声が沸き上がった。
勇敢なその姿に周りの人たちは感激したのだ。
「カゲヤマ・レイ万歳!」
「カゲヤマ・レイ万歳!」
「えっ? えっ? どうしてわたしの名前を?」
「レイさん! あんたのことはみんな知っているんだ! みんなの憧れだ!」
一人の男性がそう叫んだ。
そう、見物人は全員女性の存在を知っていたのだ。
突然の歓声に、どうして良いかわからずにおどおどしている紫髪の女性。
この女性こそが、ビダヤの冒険者の頂点に立ち、最強と言われている。
名前はカゲヤマ・レイ。
平安時代の日本から転生してきた、青鬼と赤鬼のクォーターで、カゲヤマ・キシの妻である。
◇◇◇
「ただいまー」
「あらおかえりレイちゃん。今日は派手なおかえりね」
「お姉ちゃんおかえりなさい!」
「アースィマとナーシーちゃん……って、もう広まってるの……?」
「あれだけ盛り上がればねえ……」
「もうやだあ! 恥ずかしいじゃん!」
宿舎に戻ってきたレイを迎えてくれたのは、この宿舎の経営をしているディアス・アースィマだ。
アースィマの言葉に、レイは顔を真っ赤にする。
レイを脅して連れて行こうとした男性に対抗するためだけだったのに、怒りに任せてしまった結果、歓声が上がってたちまち広がっていくことに恥ずかしくなり、パンが入った袋で自分の顔を隠した。
「とりあえずパンは買ってきたから渡しておくね」
「ありがとうレイちゃん」
レイは視線をそらしたまま、アースィマにパンを渡した。
「キシくんはもうちょっとで帰ってくる時間だもんね。レイちゃんはどうするのかしら?」
「ちょっと疲れたから部屋に一旦戻るかな」
「分かったわ」
レイはアースィマにそう伝え、二階へ上がっていった。
そして、自分の部屋に入ると、そのままベットにダイブした。
「――――」
フカフカの布団がレイを優しく包み込む。
そこまで体を動かしてもいないのに、今日はやたらと疲れているような気がした。
しかし、レイは体を起こすと窓を全開にした。
そこからは、ビダヤの中心に向かって続く通りと商店街や住宅が並んでいる風景が見える。
景色が良いから……そういう理由で窓を開けて外を見てるのもあるが、レイにはもう1つの理由がある。
「あっ!」
レイは通りを歩いている一人の男性に手を振り始めた。
それに気づいた男性も手を振る。
レイは急いで部屋を飛び出すと、階段を降り、玄関で彼の迎えを待つ。
そして、ドアが開いた。
「おかえりキシ!」
「おかえりなさいキシくん」
「キシお兄ちゃんおかえりなさい!」
「おう、ただいまレイ。それにアースィマさんとナーシーもただいまです。レイはなんか今日随分と疲れ切ってる顔だな」
「それについては後で話すね。もう面倒くさいことがあったの」
青色の髪と瞳で目付きが悪い男性。
そう、彼こそがレイの夫カゲヤマ・キシである。
彼もレイと同じ、日本からの転生者で青鬼の力を持っている。
キシのことが大好きなレイは、キシがドアを開けた瞬間に飛びつき、そのまま抱きしめた。
「そうか、なら部屋で聞かせてもらおう。でもその前に一回シャワー浴びてくる」
「うん!」
「どこで待つ?」
「えっと……じゃあキシの部屋で!」
「分かった、終わったらすぐに向かうよ」
「うん! 待ってるね!」
レイはまた後でと手を振りながら二階へと上がっていった。
キシはそれを見た後、浴場へと向かった。
この宿舎は、以前日本から転生してきた人がオーナーだったため、銭湯がある。
この世界では風呂というものがないため、全身を湯に浸かって疲れを癒やす場所として大人気である。
「あら、おかえりなさい!」
「パパおかえりなさい!」
「ただいまアースィマ、ナーシー。いつも迎えありがとな」
「いつものことでしょ? シャワー浴びて体流したら?」
「もちろんそうするつもりだ」
キシが浴場の暖簾を潜ろうとした時だった。
後ろからもう1人宿舎に帰ってきた。
キシと同じ冒険者のエル・オーウェルである。
依頼を終え、今ちょうど帰ってきた来たところだった。
「オーウェルお疲れ」
「お疲れ! キシも今帰ってきたところなのか?」
「もちろんだ」
「そうか! 俺も一緒で良いか?」
「ああ、もちろんだ」
「じゃあ先入っててくれ。俺は後から合流する」
「分かった」
オーウェルは急いで自分の部屋へと向かい、荷物を置きに行った。
キシはそのまま暖簾を潜り、更衣室へと向かう。
中は依頼を終え、汗を洗い流すために来た冒険者の男たちで溢れかえっている。
しかし、更衣室は広いので狭苦しいと思うことはない。
キシが服を脱いでいる途中でオーウェルが合流し、浴場の中に入って体の汚れを洗い流す。
「なあキシ、レイちゃんとはどんな感じだ? ん?」
「な、何だよ急に……」
シャワーを浴びながら、オーウェルはキシの横腹に肘をツンツンと当てた。
「昔と変わってない。レイは俺に甘えてきては俺がそれを受け入れる……。1つ挙げるとしたら、前よりも一段と大人っぽくなった感じだな」
「それは俺も感じてた。結婚式を挙げた後からだよな」
「そうだな。レイが段々と大人っぽくなっていくにつれて、保護者みたいな感じとしての目線と女の人としての目線があるんだ。レイが草原で1人で座っていたところを偶然発見して声をかけて、何でもかんでもあの子を守るって決めたのが始まりだったから、まあ、ある意味保護者みたいな気持ちで見てた。でも、時間が経つにつれて、保護者から今度は1人の女の人と見るようになった。だから、今だんだんと大人っぽくなっていくレイを見ると何だか感慨深いものがあってさ……。それに、ここに戻ってきた時にはレイは大人になってたから本当に1人の女の人として見るようになった」
キシはシャワーを止め、天井を見上げながらレイと出会ってからの数々の思い出を思い起こしながら話した。
レイとの出会いは本当に奇跡だった。
もし、あの時キシが話しかけなかったら今頃平凡な暮らしをしていたし、自分を軽蔑した親と兄弟の復讐を考えていたに違いない。
しかし、レイと出会ったことで、今となりにいるオーウェルを始め、アースィマやこの宿舎の常連と仲が良くなり、同じ冒険者の仲間が増えた。
「キシとレイちゃんは、2人とも異世界から来たって言ってたよな?」
「ああ、その通りだ。そして、俺とレイはかなり離れてはいるけど同じ家系なんだよ」
「それを聞くと、キシとレイちゃんの出会いって本当に奇跡だなって毎回思わされるな……」
「俺だってそうだ。レイとたまにそう言う話をするけど、嘘のような本当の話だからな……」
体を流し終えた2人は浴場から出て、タオルで自分の体についた水滴を拭き取った。
そして、服を着ながら2人は話を続けた。
「それと……ヒカルとランちゃんはキシの幼馴染だったよな?」
「そう……あれも本当に奇跡としか言いようがないな。この宿舎になかったら絶対に再開しなかったと思う。ディアスさんからお遣いを頼まれて歩いていたらばったり会ったからな。そう考えると、レイの存在って俺にとってかけがえのないものなんだ」
「――――」
そう言いながら微笑むキシの姿に、オーウェルも口角を上げた。
決して良い環境で育ってきていないということはオーウェルも知っている。
そんな中で幸せを手に入れたキシとレイの姿を見ると、こっちまで温かい気持ちになるのだった。
「じゃあ、俺はレイのところに行くよ。あまり待たせるのも良くないからな」
「分かった。俺はアースィマのところに行って、夕食の手伝いをしてくる」
「オッケー。じゃ、また後でな」
キシはオーウェルに手を上げると、暖簾をくぐり、そのまま自分の部屋へと向かっていった。
間もなくしてオーウェルも、アースィマのもとへ向かっていった。
「キシお兄ちゃーん!」
「おー、ナーシー! よいしょっと! どうしたんだ?」
キシに駆け寄ってきたナーシーをおんぶするキシ。
こうやってナーシーをおんぶするたびに、子どもの成長は早いなと実感させられる。
「これからお姉ちゃんのところに行くの?」
「ああ、そうだ」
「あのね、夜ご飯食べ終わったら、お姉ちゃんとキシお兄ちゃんと一緒に遊びたいの」
「よっしゃ、じゃあ夜ご飯食べ終わったら俺たちと遊ぶか……ヒカルとランは?」
「ヒカルお兄ちゃんとラン姉ちゃんは忙しそうだから……」
そう言いながら下を向くナーシー。
(飯食べ終わったら手伝ってあげるか)
キシは心のなかでそう決めたのだった。
「じゃあ、俺はレイのところに行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
キシはナーシーを下ろすと、手を振った。
ナーシーもそれに答えるように手を振って、キシを見送る。
(小さい子どもとこうやって話すのは、やっぱり楽しいな)
そう思いながら、キシはレイが待つ自分の部屋へ向かった。
階段を上がってすぐの部屋はキシの部屋だ。
ドアを開けると……ベットに座って外の景色を見ていたレイがいた。
「おまたせレイ。今戻った」
「あ、おかえりキシ」
レイはキシの姿を見た瞬間に立ち上がり、キシのもとに駆け寄った。
キシはレイの頭を撫でてあげた。
レイはキシに頭を撫でられるのがとても好きだ。
キシに頭を撫でられることで、レイは安心するからだ。
「そうだ! キシに今日あったこと話さなきゃ」
「ぜひ聞かせてくれ。面倒くさいことがあったんだろ?」
キシとレイは一旦ベットの上に腰掛けると、レイの今日の出来事を話し始めた。
レイは買い物を終え、帰っている途中に、若手冒険者に絡まれたことを話すレイ。
彼女の口からどんどん溢れる文句に、キシはうなずきながら聞いていた。
「――――それは大変だったな……。まるで昔のオーウェルみたいなヤツだな」
「オーウェルはキシに突然挑戦を挑んできたんだよね?」
「そうそう。しかも俺の場合、冒険者登録した直後だったからな。懐かしいな」
キシはそう言いながら笑った。
今は冒険者では行動を共にしているオーウェルだが、その当時は実力があるという理由だけで調子にのっていた、ギルドの関係者間では迷惑人物の1人だった。
しかし、キシが現れ、ギルドの建物内でボコボコにされたオーウェル。
心を入れ替えたことで、今では評判の冒険者で、家族を持つことも出来た。
キシがいなかったら今頃はもっと外道を走っていたのかもしれない。
キシの出会いは自分の人生をガラッと変えてくれた。
キシは恩人だと、オーウェルは語っている。
「やっぱりキシは素敵な人だね……」
そう言って、レイはキシの肩に頭を乗せて寄りかかった。
「レイだって俺にとっては恩人なんだぞ? レイと出会ってなかったら、俺も残酷なことをしていたし、楽しくない人生を送っていたと思う。でも、レイと出会ったからこんなに幸せな生活を送っている。だから、レイは俺にとって人生を変えてくれた恩人なんだ」
「そ、そんなことないよ……。わたしだってキシに出会ってなかったら暗い人生送っていただろうし……」
「まあ、お互い様だな。お互い助けて助けられて……。それが1番だな」
「キシ……」
キシはレイの顔を見ながらそう言った。
レイも同じくキシの顔を見つめた。
「――――ん」
「――――!」
レイは身を乗り出してキシに唇を軽く重ねた。
思いがけない行動に、キシは戸惑いを隠せなかった。
レイは下を見て俯く。
「れ、レイ?」
「わたしとキシは似た者同士だと思う。前世もこの世界に転生してからもつらい経路を辿ってきたから……。でも、今は違う。キシの言う通り、お互いに支え合いながら歩んでいくことが、わたしとキシには1番合っているんだなって思う。だって、今こうしてアースィマ、オーウェル、ナーシーちゃん、ヒカルとランちゃんと一緒に楽しく話ができてる。そして、キシとはこうして隣でいることがとっても幸せだって感じる。あの時、キシに話しかけられた時は戸惑ったけど、キシについて行ったことは間違いじゃなかったんだってすごく思ってる! だから……キシ……大好き!」
レイは頬をほんのりと赤くしながら、満面の笑みでそう言った。
キシはレイの言葉に思わず涙が出そうになってしまった。
レイの言う通り、あの時、彼女に話しかけたことは正解だった。
そのおかげで、今はこうして楽しくて自分の大切な人とともに、幸せに暮らしている。
「――――ああ、俺もレイのことが大好きだ! 俺はこれからもレイを守っていくし、幸せにしていく。それが俺の使命だ」
「――――うん……! キシ……!」
レイは大量に溢れ落ちる涙を拭いながらキシに抱きつき、お互いに唇を重ねた。
レイだけでなく、キシの目からも涙が頬に細く伝っていった。
お互いの温もりをもっと感じたいという思いが込み上げ、長い間2人は唇を重ねていた。
そして、十分に感じた2人はゆっくりと顔を離し、また見つめ合った。
そんな時、ドアからノックの音が聞こえた。
「おーいキシとレイちゃん、夕ご飯できたぞー」
「Hey! 2人ともいちゃついてないでdinnerよ!」
ドアの向こうから聞こえるのは、キシの幼馴染のヒカルとランだ。
夕飯が出来上がり、アースィマから呼んできてほしいと頼まれたのだ。
「じゃ、夕飯食べに行くか」
「うん! 今日は何が出てくるか楽しみ!」
2人は何が出てくるのか楽しみにしながら、部屋を後にした。
宿舎は、今日も笑い声や話し声で賑わっている。
キシとレイたちもテーブルを囲み、語りながら、笑いながら楽しくご飯を食べる。
いつも通りの何気ない日常だが、こうして過ごせることが幸せということだ。
そして冒険者の街ビダヤは、今夜も綺麗な夜景の街になっていた。
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