第51話 結婚式

「えっ、本当にここに座るのか?」


「Yes! それで、こうやって脚を折って……Sit」


「こ、こうか? いでででででで!!!!!」


 ランは正座をすると、オーウェルもそれに習って正座をしようとする。

しかし、この世界の人は皆椅子文化。

正座など初めてするため、オーウェルは脚を折って床に座ることに悶絶している。

それはオーウェルだけでなく、その隣にいるアースィマも同様だった。


「あ、アースィマ? 大丈夫か?」


「だ、大丈夫、なわけ……ない……でしょ」


 全身を震わせて、青ざめた顔をしながら正座をしているアースィマ。

座って1分もしないうちに、すでに彼女の脚は限界を迎えていた。

 今、3人がいる会場はビダヤのギルド内。

今まさに、新たな夫婦が誕生する瞬間を見ようと沢山の人がここに集まって、今か今かと待ち構えている。


「いやあ、まさかこの世界でもこれが見られるとは……。でも、あの2人らしいですね! そして和服も……いつぶりでしょうか」


「店長……。なんであんたも平気な顔をしてるんだよ……!」


 もうすでに顔を青ざめ始めているオーウェルの横で、ランと同じく平気な顔をしている男が周りの装飾を見ながら1人感動していた。

そう、以前キシと一緒にレイを使って色々なコスプレ衣装を着させて楽しんでいた、あの服屋の店長である。

彼も元々日本人のため、正座など苦にもならない。


「じゃあわたしはレイちゃんのところへ戻ってるわね。今はまだ楽な体制でいいけど、式が始まったらFightよ!」


「えっ、ちょ!」


 ランは3人に手を振ると、宿舎へ向かって走って行ってしまった。

オーウェルとアースィマは遂に耐えきれず、体を横にずらして楽な体制を取った。

脚に感覚はなく、ただ電気が走ったようにビリビリと痛みだけが感じる。


「ははは……お2人さん、まだまだですね」


「そ、そんな事言われても……」


「慣れてないもんですから……」


「今はまだ良いですけど、式が始まったら1時間以上はその体制を保たないといけないですからね? 今のうちに慣れておいたほうが良いですよ?」


「「そ、そんなあ……」」


 一瞬にして2人は絶望感に襲われたような顔をした。

店長は笑うと、足元に用意されているコップを手に取ってお茶を一口飲んだ。

勿論この世界には緑茶などないので、代わりに紅茶が入っている。


「こういうところは流石に再現できないけど、これはこれで新鮮で良いものですね」


 店長は湯気が立っている紅茶を見てふっと笑うと、そう呟いた。

そして、彼が顔を上げると見えたのは……ギルドのお偉いさん3人だった。

ギルド長のライースとその秘書であるノラ、そして受付嬢のアニータが正座に苦労して悶絶している姿を見て、店長はまた笑うのだった。










◇◇◇









 一方その頃、ランは宿舎に到着すると早速、新郎がいる部屋へと向かった。

2階に上がって行き、新郎がいる部屋までたどり着くと、ランはドアをノックする。


「入ってもOK?」


「ああ、良いぞ」


 ランはドアノブに手をかけ、ひねるとドアを押して開けた。

すると目線の先には立派な羽織袴を着た新郎、キシがいた。


「準備は全部終わった。あとはあなたたちだけよ! キシ……心の準備はOK?」


「オッケーだ……!」


「じゃあ玄関で並んでて。わたしはレイちゃんのところへ行くから」


「おう。――――っとその前にラン」


「何か御用?」


「ギルドにいるみんなはどんな感じだ?」


 キシは目の前にある自分の姿が映った鏡を見たまま、ランにそう聞いた。

ランはふっと微笑むと、


「みんな正座に苦労してる。でも、和服は結構着やすかったみたいでかなり好評だったわよ」


 それを聞いたキシは、鏡に映った自分の姿を見つめたまま微笑むと、


「そうか、なら良かった。じゃあ出発の時にまた」


 それだけ答えると、キシは椅子から立ち上がった。

扇子を手に持って、そして羽織袴を整えると、部屋から出て玄関へと向かっていった。

ランはドアの前でキシを見送ると、今度は隣の部屋のドアをノックした。

そしてドアを開けると……今度は白無垢に襟元には紫のラインが入った和服に包まれ、頭には綿帽子を被っている1人の少女が鏡の前で座っていた。

新婦のレイである。

同じ女性であるランでも、目に映ったその姿を見た瞬間見惚れてしまった。


「――――ランちゃん?」


「――――! Wow……あまりにもレイちゃんがBeautifulで見惚れてしまったわ……」


「そ、そんなことないよ……」


 綿帽子で横顔が隠れてしまっているため、レイがどんな表情をしているのか、直接はわからない。

しかし、彼女の仕草からして照れていることはすぐに分かった。


「今キシが玄関に行ったよ。あとはレイちゃんだけ。キシが行った後にレイちゃんがギルドに向かうからね」


「うん、分かった」


 しかし、どこか元気がない雰囲気を漂わせるレイ。

ランは彼女をよく見ると、微かに体が震えていることに気づいた。

レイの隣のところまで歩み寄ると、ランは優しくレイを包み込んだ。


「――――!? ら、ランちゃん?」


「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。参進の儀と入場はわたしもいるから。それに、入場の時は隣にキシがいるんだから」


「――――ありがとうラン。でももうちょっとだけこのままでも良い? もうちょっとで落ち着きそうだから……」


「Yes。もちろん……」


 レイはとランはしばらくこの状態のままでいた。

最初は小刻みに震えていたレイの手も、しばらくすれば次第になくなっていった。

完全にレイの緊張が溶けると、レイはゆっくりとランの体から離した。


「ふう……。うん、これで大丈夫……」


「それじゃあ……行こう、レイちゃん!」


 レイは小さくコクリと頷くと、椅子からゆっくり立ち上がった。

そしてドアへ向かい、この部屋から出る。

階段は裾を踏まないように気をつけながら、ゆっくりと降りていく。

 何とか降り終わったレイが視線を上げると……そこには出発する前にひと目見ておこうと待っていたキシの姿が。


「キシ……」


「レイ……」


 お互いがお互いを見て見惚れてしまった。

キシから見ればレイの純白の和服に美しいと思ってしまい、レイから見ればキシの羽織袴の姿に素敵だと思ってしまうのだった。

しばらく見つめ合ったままだったが、やがて我に返った2人はすぐに顔を赤くした。


「えっと……すごく綺麗だよレイ……」


「あ、ありがとう……。その……キシもすごく似合っててかっこいい、よ……」


「お、おう……」


 本音を語ってしまった2人は、またさらに顔を赤くした。

2人とも蒸発してしまいそうになるほどに。


「さて! じゃあわたしは外でWaitしてるわね。レイちゃん、準備ができたら来てね」


「う、うん」


 2人を見てやれやれとしているランはレイにそう言って、外で待機をすることにした。

ランの声に我に返ったレイは、まだレイを見つめたまま固まっているキシを呼ぶ。


「キシ……キシ!」


「はっ……! ご、ごめん、ぼーっとしてた……」


「ねえキシ」


「な、なんだ?」


「わたしのためにこんな場を設けてくれてありがとう」


「それは前にも言われたぞ?」


「それでも、もう一度キシに伝えたかったの。わたしにとってこんなにうれしいことはないよ……。わたし、あの時キシに出会えて本当に良かった!」


「レイ……。俺もレイに出会えて良かった。あの時、俺と同じ境遇にいると感じて、助けてあげたいって思ったから声をかけたのが最初だったけど……今は違う。俺はレイのことが好きだ!」


「――――! うん……!」


 キシの言葉を聞いて飛び跳ねてしまいそうなくらいに嬉しくなってしまったレイは、頬を赤らめながら微笑んだ。

それを見たキシは、気合を入れ直すために仁王立ちになって腕を組んだ。


「じゃあ……まずは俺からだな。レイ、間違って裾踏むなよ?」


「そんなことしないよ。和服を着ることが当たり前だった時代に生きていたわたしは慣れているのですよーだ」


 レイは小さく舌を出してキシをからかったあと、玄関を出て花嫁行列のところへ行ってしまった。


「――――確かに、レイは平安時代にいたから和服の扱いなんてちょろいもんか……。俺がからわれても仕方ないか」


 キシは頭を掻きながら苦笑した。


「さて、準備はよろしいかい?」


 声がする方向に体を向けると、そこにはキシのもう1人の幼馴染であるヒカルがいた。

キシとレイとはまた違って、ヒカルの衣装は神職で使用される斎服だ。

全身は純白で、頭には黒い冠を被り、そして彼の手にはしゃくが握られていた。


「俺は良いけど、ヒカルも大丈夫か?」


「僕はちょっと緊張気味。まさか斎主をやるなんて思ってもなかったからね」


 ヒカルはそう言って苦笑した。

なかなか自ら表舞台に出てくるような人間ではないヒカルは、これだけの大舞台で仕切りをやるのは人生で初めてだった。

 ヒカルが斎主をやると提案したのはレイだった。

彼女は平安時代の日本の記憶を遡っていき、経験からヒカルが一番似合うと言い出したのだ。

照らし合わせるとあら不思議、とても似合っている。

じゃあヒカルを仕切り役で斎主をやらせようということになったのだ。

 そして、衣装が出来上がり試着してみると、理想の斎主へと生まれ変わった。

これはヒカルにやらせるしかない、幼馴染2人とレイはそう思ったのだった。


「ヒカルたちも結婚式挙げることになったら、次は俺が仕切り役だな」


「それはどうかな? もしかしたら普通に教会でやるかもしれないよ?」


「そうなったら、司会は俺にやらせてくれ」


「お願いするよ」


 2人はそう言って笑い合っているうちに、だんだんと2人の緊張もほぐれていった。

最初はガチガチになっていた2人の顔も、今は柔らかい表情になっている。


「それじゃあ……行こうか!」

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