第50話 乾杯

 2人は手を繋ぎながら宿舎へ帰ると、早速ヒカルとラン、そしてオーウェルとアースィマが待ち構えていた。


「おめでとうキシとレイちゃん!」


「わたしたちからのSurpriseよ!」


「お前らもやっと俺たちと同じ夫婦となるのか……。これは余計に祝ってやらないとな!」


「さあさあ! みんなでお祝いしましょう!」


 何も伝えていないのに、何故か当然のように知っているかのように祝ってくる4人に2人は困惑している。

思わず立ち尽くしてしまうキシとレイ。


「俺……みんなに伝えてなかった、よな?」


「そうだよ?」


「じゃあなんで知っているんだ?」


「ごめんなさいねキシくん……。わたしが宿の装飾を探しに買い出しに行っていたら偶然キシくんが宝石店のところで指輪を買っているところを見てしまったの」


「んで、俺がギルドから帰っている途中に2人が草原の方へ歩いているところを見てな。そしてキシが何回も指輪のケースを入れたり出したりしていたもんだから、これは絶対にレイちゃんに伝えるんだなって思って、急いで準備したんだ」


「ま、まじか……」


 キシはあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にして崩れ落ちた。

そんな彼の様子を気にすることなく、4人はすぐにレイの元へ駆け寄った。


「もらった?」


「うん! 最高のプレゼント、キシからもらっちゃった!」


「どれどれ……。おお……って、これパープルサファイアじゃねえか! 希少宝石でめちゃくちゃ高いやつだぞ!?」


 レイの左手の薬指にはまっている指輪を4人はまじまじと観察すると、オーウェルが最初にそれを見て驚いた。


「良かったわねレイちゃん! 指輪をはめた感想はどう?」


「すごく嬉しい……。何だかキシとずっと繋がっている感じがする」


「ねえヒカル。わたしにも買ってよ」


「俺の中で決心がついたらね」


 5人でワイワイと盛り上がっている中、キシだけは未だにそのままの状態になっていた。

ヒカルが彼の肩を触ってみても反応する気配がない。


「ヒカル。ここは俺に任せろ」


「う、うん」


 ヒカルは後ろに下がると、オーウェルは怪しげな笑みを浮かばしながら、ゴキゴキと手を鳴らした。

そして、腕を振り上げると、


「歯食いしばらないと……歯吹っ飛ぶぞ!」


「いぎゃあ!」


 オーウェルは全力でキシの脳天に拳を振り下ろした。

キシはあまりの衝撃で頭から大きなたんこぶができ、煙を出しながらそのまま地面に向かって倒れてしまった。


「ちょ、ちょっとオーウェル! それはやりすぎなんじゃない!?」


「アースィマ、こいつは一旦おかしくなったらこうすればすぐに直るんだ。一番近くで見ているレイちゃんなら良くわかるよな?」


「もちろん! キシは衝撃がないと直らないんだよね」


「「キシは昔からこうだからねえ……」」


 アースィマ以外全員うんうんと頷いた。

ええ……とアースィマだけが心配していると、キシは意識を取り戻し、むくっと起き上がった。


「――――痛った! なんかたんこぶ出来てる! オーウェルまたお前か!?」


「お前が顔赤くしたまま動かないからだ」


「おっ……そ、そうか。それならありがとな」


「あっ、なるほど。みんなが言ってることがようやく分かったわ」


「そういうことだアースィマ。これは俺の仕事だからな」


 キシはたんこぶを手で撫でながら立ち上がると、心配して寄ってきたレイの頭を撫でた。


「ごめんなレイ、心配かけて」


「ううん、いつものことだから良いけど結構強く叩かれてるからちょっと心配になっちゃう」


「俺は石頭だから心配するな」


「「頭の中も、でしょ?」」


「はあ!? それはどういうことだ2人とも!」


「はいはい! 盛り上がってきたところで今日はみんなでいっぱい食べて、いっぱい飲んで、祝って楽しみましょう! いっぱいゲストも来てるんだから!」


「「ゲスト?」」


 アースィマは幼馴染同士の言い争いが起こる前に口を挟み、早速みんなを会場へと案内した。

ゲストが来ていると聞いたキシとレイは、一体誰が来ているのか気になっていると……。


「さて、2人とも! 今日はあなたたちが主役だから先に会場に入ってちょうだい!」


「じゃ、じゃあ入るか」


「う、うん……」


 ヒカルとラン、そしてオーウェルとアースィマに見守られながら2人は目の前の扉を開けた。

すると、拍手が起こるとともに全員が知っている人物だった。


「おめでとうキシくん!」


「おめでとうございます、キシさん! レイさん!」


「あれ? アニータさんに……えっ!? ノアさんにライースさんもいるの!?」


 そう、このパーティーに出席しているゲストは豪華だった。

ギルド1番の受付嬢アニータ・ジャメ、ギルドの秘書ノラ・ハキム、そしてギルド長のライース・ヤイーアという、ビダヤのギルドトップ3が出席していたのだ。

 

「2人とも座って! わたしたちも座ってまずは始めの挨拶よ!」


 アースィマは戸惑っているキシとレイの背中を押して椅子に座らせた。

後ろで見守っていた残りの3人も次々と入って行き、椅子に座る。


「じゃあ今日主役の2人に挨拶をしてもらいましょうか!」


「いや、ここは旦那になるキシがやるべきだ。ってことでキシよろしく!」


「えっ!? ま、まあ良いけど……」


 オーウェルに振られ、少し困惑しながらもお酒が入ったグラスを持ちながらキシは椅子から立ち上がった。


「えー、今日はわざわざ俺たちのためにこの場を設けて頂きありがとうございます。それとアニータさん、ライースさん、ノラさん。お忙しい中わざわざお越しくださいましてありがとうございます」


「ぷっ! キシがかしこまると何だか面白いね」


「そこまで固くならなくても良いんですよ?」


 ガチガチになりながら丁寧に挨拶をするキシを見て、レイが思わず吹き出してしまうと、次にアニータがそれにつられて笑い、みんなも笑いだした。

キシは恥ずかしさに思わず顔を赤くした。


「ご、ごめん……。あんまこういうの慣れてないから……」


「キシ、いつも通りで良いよ。その方がみんなも気が楽だから。別にここは日本じゃないんだからさ」


「確かに、そうだな……。みなさん大変ご心配をおかけしました! えっと……みんなも知っている通り、俺とレイは婚約者となりました。今日はわざわざ俺たちのために祝ってくれてありがとうございます! では、乾杯!」


「「「「「かんぱーい!!!」」」」」










◇◇◇








 夜が明けて朝日がビダヤ全体を照らした。

宴会で酔いつぶれ床で寝てしまっている中最初に起き出したのはキシだった。

キシはお酒は強いタイプなので、アルコール度数の高いお酒を飲んでも全くと言って良いほど酔わない。

 お酒臭いこの宴会場を出て、外に出て新鮮な空気をたくさん吸った。

深呼吸をしていると、


「キシ」


 後ろから自分の名前を呼ばれ振り向くと、そこには目を擦りながらキシのところへ寄ってくるレイがいた。

まだ眠たいのでキシに体を預けてウトウトとし始める。


「ここで寝ると大変なことになるぞ」


「キシが支えてくれるから大丈夫」


「じゃあ寝た瞬間に横にずれるか」


「キシって本当にひどい人だよね」


「冗談だって……。寝ちゃったら俺がベットまで運ぶから安心して」


 レイは笑うと、真正面に伸びる大通りをぼんやりと見た。

そんな彼女を見て、キシはレイの肩を片手で抱いて自分に引き寄せた。


「ふふっ……。キシってわたしのこと好きすぎだよね」


「別に良いじゃないか。レイだってそうだろ?」


「もちろん。わたしはキシのことが大好きだから……」


 そう言いながら、レイはキシの顔を見つめた。

キシもレイの顔を見つめ、お互い軽くて短いキスをした。


「なあレイ」


「なあに?」


「実は……いずれ、俺とレイで式を挙げたいって思っているんだけど……」


 キシはレイに今考えている内容を話した。

すると、レイは少し目を見開き、キシの顔を見た。


「ほ、本当にそのやり方をする気なの!?」


「だってこれを知ってるのは俺とレイとヒカルとランだけだ。他の人からしたら結構新鮮だから面白みがあると思って」


「で、でも! 衣装とかはどうするの?」


「衣装とか必要になるものは心配いらないよ。ツテならたくさんあるから。衣装ならあの店長に任せれば作ってくれる」


「あの店長?」


「憶えてない? 俺と店長と2人でレイの服選びで遊んでいた……」


「――――っ! あれ、いまだに恨んでいるからね……」


「だからって今ここで鬼化する気配を出すのはやめてくれ!」


 レイは肩を震わせながら鬼の力を出そうとする。

こんなところで鬼化されたら街がまた大変なことになってしまうため、キシは慌ててレイを止める。

それを見て冗談だよと言って、レイはすぐに鬼の力を沈めた。


「でも……良いかも。みんなが床にちゃんと座れるのかが見ものだね」


「そうだな」


 オーウェルやアースィマなどの、この世界で生活してきた人はみんな椅子に座る文化のため、床に座ることなどない。

つらそうな顔をしながら床に座る姿を2人は想像し、それで思わず吹き出して大笑いした。


「あはは……! でも、わたし嬉しい! またキシとの大切な思い出が増えるから」


「ああ、俺もレイとの思い出はたくさん増やしたいんだ。これからも一緒にいっぱい思い出を作っていこうな」


「――――! うん!」

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