第49話 愛のかたち

 人混みをかき分けながら、何とかレイと合流できたキシ。

色んな商品を見れて満足したレイは、嬉しそうな顔をしながら店を出た。


「キシはどこか寄りたいところとかある?」


 レイがキシにそう聞いた瞬間、キシはチャンスだと思った。

キシはゴクリと唾を飲み込むと、拳をギュッと握った。


「なあレイ、久しぶりにあの場所に行かないか? 俺たちが最初に出会った場所に……」


「――――だ、大丈夫……かな……? わたし、暴走しちゃったら大変なことになっちゃうよ」


「大丈夫だレイ。今のレイなら多分制御できるだろうし、暴走しても俺がいるから」


 その言葉を聞いたレイは、何だか懐かしい安心感を覚え、キシの胸元にそっと寄り添った。

キシは彼女の頭を撫でてあげて、彼女の緊張をなくしてあげた。

そして、2人は手を繋ぎながら、あの場所へと向かった。









◇◇◇








 ビダヤの大通りを抜け、裏路地を抜け、砂利道を抜ければもうすぐ2人が最初に出会った思い出の場所である広い草原が現れる。

しかし、ここまでの道のりで2人は一言も話すことはなかった。

 キシはレイにどう伝えればいいのかを必死に考えていくうちに、どんどん緊張感が増して話せなくなり、レイは自分が暴走してしまったらどうしようかと考えるだけで不安になり、話すことができない。

 そんな気まずい空気が2人を包み込む中で、気づけばあっという間に草原に到着していた。

周りの景色を見て我に返ったキシは、レイの顔を見た。

やはり顔が青ざめていて、不安になっているようだ。


「――――」


「――――!」


「大丈夫だってレイ。前ならすぐに鬼化してたけど、今は全然なってないだろ? なら心配することないって」


「うん……」


 キシはレイの頭を撫でてあげ、不安を消してあげようとした。

昔からレイはキシに頭を撫でられるのが好きだった。

安心するということと、好意を寄せている相手に頭を撫でられるのはとても嬉しいので、こうしてキシに頭を撫でられるのはレイにとっては至福になる。


「じゃあさ、あの場所に行ってみるか」


「あの場所?」


「俺が初めてレイを見た場所、あの池だよ」


「あ、わたしがずっと1人で座ってたあの池ね? 懐かしいなあ……。今どうなってるのかな」


「行ってみるか」


「うん」


 2人はゆっくりとまた歩き始めた。

草原に着けば、2人が出会った池はもうすぐ近い。

5分も歩けば、目の前には不自然に低木が生えているエリアが現れる。

 そこに近づくと見えるのは小さくて透明度の高い池と、それを囲むように生えた低木。

この場所こそが、あの日初めて出会った場所だ。


「全く変わらないな。あの頃のままだ……」


「本当だね……。景色もそのままだね」


 レイはそう言いながら、ある一点を見つめた。

それは、自分がかつていつも座っていた場所だった。

目を奪われたまま釣られるようにレイはその場所に行き、そして腰を下ろした。

キシも彼女の後をついていき、隣に座った。


「4年ぶり、か。久しぶりに来たけどどうだ?」


「何だろう……。何とも言えない感じだけど、とても嬉しいような寂しいような――――そんな感じ」


「そうか……。ここに来た後悔はしてないか?」


「ううん、逆にここに来て良かったなって思ってる。だから、ありがとうキシ」


 レイはキシの肩に頭を乗せ、身を預けた。

キシはレイの肩を抱いて、自分に引き寄せた。


「「――――」」


 しばらく、2人は無言のままで周りの景色を眺めていた。

この場所に来ると、色んな出来事が蘇って流れてくる。

 レイを偶然見つけ、突然現れたワーウルフの攻撃から救って仲良くなったのが全ての始まりだった。


「本当に、ここから始まったんだね……」


「そうだな……。ここに来ると、初めて見た時のレイの顔を思い出すんだ。そうしたら、レイを守っていかないとっていう思いがまた強まるんだ」


「キシ……」


 キシはレイの顔を見ながらそう言った。

ああ、やっぱりこの人を選んで良かった、ここでキシと出会えて良かったと強く想うレイもキシの顔を見つめて、そしてキシに唇を重ねた。


「わたしはずっとキシの傍にずっといるって決めた。だってわたしはキシの……か、彼、女、だから……」


 彼女という言葉を口に出すことが余程恥ずかしかったせいで、みるみる顔を赤くしながらそう言った。

そんなレイを見ながらキシは微笑み、レイの頭を撫でながら唇を重ねる。


「――――もう1回……」


 レイにそう言われ、キシはまた顔を近づけて唇を重ねる。

今度は舌も入れた。

唾液が絡まる音が、2人の想いをさらに増大させる。

2人とも今この時間が幸せすぎて、最初よりもさらに長い間唇を重ねた。


「――――はあ、はあ……。キシ、わたし今すごい幸せなの……。ねえ、これからも傍に居させて……! キシ大好き」


「レイ……」


 キシは決心がつき、ポケットに手を入れた。

キシにとっては最後の大きな戦い。

しかし、不思議と緊張はしなかった。


「レイ、俺はレイと出会えて本当に良かったって思ってる。知らないことをたくさん学んだし、それに……俺にとって大切なものも出来た。だから……」


「――――!?」


 そして、キシはポケットから指輪が入ったケースを取り出し、レイに見せた。

そして蓋を開けると、レイが気になっていたあの最高級の、大きなパープルサファイアがついている指輪が姿を現した。

それを見たレイは顔に手を当て、大きく見開いている眼は潤んでいた。


「レイ……俺はレイのことが好きだ。大好きだ! これからも俺はレイを守っていくし、ずっと傍にいる。だから……俺と結婚してくれませんか!」


 キシはレイの目の前で跪いて、全力でプロポーズをした。

これが自分が今できる、最大限の言葉だった。

 突然襲ってくる緊張感に耐えながら、あとはレイの返事を待つだけ。


「はい!」


 レイの答えはすぐに返ってきた。

キシに飛びついて抱きつくと唇を重ね、キシの顔を見つめた。

彼女の目には涙が頬を伝って流れていた。


「嬉しい……!」


 嬉しすぎて色んな想いが溢れ、レイは何度もその言葉を繰り返しているだけだったが、キシは十分だった。

その言葉しか言えないほど、彼女は嬉しかったのだとすぐに分かった。


「レイ、待たせてごめんな」


「ううん、そんなの関係ないよ。最高のプレゼントをくれたから!」


 2人はまた唇を重ねた。

今までよりも熱いものだった。

そして、それを何度も繰り返し、お互いの体温を――――想いを感じ取っていた。

 草原には今日も風が吹いているが、今日だけはまるで2人を包み込んでいるように、祝福しているように柔らかい風が吹いていた。

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