第48話 少女に最高のプレゼントを

「ねえキシ。ちょっと一緒に行ってほしいところがあるの」


「ん? どこか行くのか?」


「ちょっと場所は今教えられないかな」


「そ、そうか……。丁度暇だったし良いぞ!」


「本当? やった!」


 レイはキシの腕に抱きつきながら喜びを表現した。

彼女は最近、キシにスキンシップをすることがやたらと多くなった。

本当にキシの恋人となったことでさらにキシに対する好意が大きくなった。

もう彼なしでは生きていけなくなってしまうほど、レイはキシから離れたくなかった。

 それは勿論キシもそうだった。

大人になったレイの姿は彼にとって可愛い、大好き……それしかなかった。

彼女を守る、それはレイと初めて出会った頃から変わってはいない。

しかし、あの頃とは違って今は自分の恋人になっている。

自分に甘えてくる彼女を見ると、余計可愛く見えてしまう。

そして頭を撫でて甘やかしてしまう。

 つまりこの2人は、


「「ただのバカップルだよねえ……」」


「「――――!?」」


 目の前でイチャつく2人を見ながら、ヒカルとランは口を揃えてそう言った。

2人にそう言われ、つい顔を赤くしてしまうキシとレイ。

一瞬顔を合わせるが恥ずかしくなってしまったようで、お互い逆の方向を見て顔を見ないように、見られないようにした。

それを見たヒカルとランはやれやれと呆れる。


「本当これだからバカップルは……」


「って言ってるお前らも相当なバカップルだけどな」


「「――――!?」」


「図星だろ?」


「「い、いや?」」


 図星だった。

2人はお互い顔を見合わせたあと視線をそらしながら否定するが、どう見ても挙動不審である。

キシもお返しにやれやれと呆れた。

それを見た2人はやられたと思い、顔を赤くした。

恥ずかしさを隠すため、ランは慌てて話題を変えた。


「そ、そんなことより! 2人はこれからどこへ行くのかしら?」


「隠せてないぞラン……。なんか買い物でもあるのか詳細は教えてくれないんだけど一緒に行ってほしいところがあるって言うから、今からレイと出かけるところだ」


「なんだ、ただのデートか」


「「でっ!?」」


 『デート』という言葉に過剰に反応するキシとレイ。

まだこの言葉には慣れていない様子らしく、また顔を赤くする。


(デート、か……。俺には全く縁のない言葉だと思ってたけど……)


 そんなことを考えながら、キシはレイの顔を見た。

頬を真っ赤にし、うつむいて困ったような表情をしている。

そして、手を前に組んでモジモジとしながら床一点を見つめていた。

 キシはその彼女の仕草に思わずドキッとした。

今までこんな仕草を見たことなど一回もなかった。

余計にレイが愛おしく、そして可愛く見えてきてしまった。


「どうしよう、レイがまじで可愛すぎる」


「キ、キシ!? や、やめてよ、恥ずかしいから……」


「――――っ!?」


 思わず口に出てしまったキシの言葉に反応したレイは、チラチラとキシを見ながらそう言った。

勿論キシには大ダメージなわけで……。


「君たち、俺たちの前で2人の空間作ってなくていいから早く行ったら?」


「――――! そ、そうだね! キシ早く行こ?」


「お、おう……! じゃ、じゃあちょっと出かけてくるよ」


 2人はヒカルの声に我に返り、レイはキシの袖を引っ張りながら外へと向かっていった。

キシはバランスを崩しそうになるが何とか耐え、レイを追いかけていく。

ヒカルとランは行ってらっしゃいと言いながら手を振って見送った。


「はあ、あの2人はいつまでも幸せに暮らしていきそうだね」


「Me too……本当に仲良しよねあの2人。でも、何だかキシの顔を見てると……日本にいた頃よりもvery enjoyしてる」


「うん、そうだね。相手がレイちゃんで良かったね。キシ……」


 ヒカルは小さな声でそう言った。

ランにはその言葉が聞こえていたようで、うん、と小さく言うとヒカルに寄りかかった。

ヒカルは彼女の肩に手を置くと自分に寄せた。

 まだ転生する以前、日本にいた頃は親に虐待され、孤独と戦い続けていたことを知っているヒカルとラン。

2人にとっては幼馴染として、とても喜ばしいことだった。









◇◇◇









 何も目的がわからないまま、とりあえずレイについて行くキシ。

レイは鼻歌を歌いながら楽しそうに歩いている。

こんな彼女の姿を見ると、つい昔のレイを思い出すキシ。

流石にスキップをするのは恥ずかしいのでやらないが、改めて見るとレイは大人になったのだと実感する。

 キシのお腹当たりまでしかなかったレイの身長は、今は肩くらいまである。

髪型も、前まではショートヘアだったのに対し、今は肩に少しかかる程度まで伸ばして髪飾りを付けている。

 16歳にもなれば色々おしゃれをしたい年頃だ。

それはレイも例外ではなく、派手までは行かないものの少々はおしゃれをしたくなる。


(16歳、か……。未だに信じられねえな……。少し前までは子どもだったのに、今になっては女子高生くらいになってるもんなあ。そりゃあ前よりも大人っぽくなって、もっと可愛くなっているよな……)


「キシ、このお店だよ! わたしが行きたかったところ!」


 そんなことを思ってキシは感慨に浸っていると、レイは目の前にある商店に指を差した。

その先にあるのは、ビダヤでも屈指の人気を誇る雑貨店兼宝石店『ムジャワラット』だった。

キシがこの世界に戻ってくる日より少し前にできたばかりの商店で、品質と品揃えが良いことから、男性と女性両方から莫大な支持を集めている人気店である。


「何か買うのか?」


「特に買う予定はないけど、このお店の中を見るのが最近ハマってるの」


「なるほどな。じゃあ早速入ってみようか」


「うん! 結構面白いものがいっぱいあるから、きっとキシも楽しくなるよ!」


 少しハイテンションになりつつあるレイに連れられながら、2人は中へ入った。

かなり広く、雑貨や宝石を見に来た人たちがごった返している。

店員たちもてんてこまいで対応している。

 キシはすたすたと歩いていくレイの後を追いながら、並んでいる商品を見て回った。

 最近緊急クエストが多かったせいで、なかなかレイとこうしたデートをすることが出来ずにいた。

ペンダント、ネックレス、指輪など多くの種類のアクセサリーが売られている中、レイはある1つの物が目に入った。


「――――凄い綺麗」


「ん? 何か良いもの見つかったか? これは……指輪、か」


 『ムジャワラット』の真ん中にある一番大きなショーケースの中に展示していた指輪に、レイは釘付けになっている。

希少な金属であるプラチナに、大きな宝石がついた、如何にも高級そうな指輪だった。

レイは意外にもリッチなものに興味があるのかと考えながら、その指輪の値札が目に入った。


(いちじゅうひゃくせんまん――――ひゃ、100万Gゴールドだとおお!!?)


 ゼロの多さに思わず目をひん剥いた。

100万Gというと、一般人なら絶対に手が出せないものである。

貴族のようなくらいの人が大金をはたいて、婚約相手に渡すようなほどの代物。

一般人なら到底手が出せない値段である。

 そんな超高級商品を眼を輝かせながらまじまじと見つめているレイ。

たまに通りすがりの買い物客が、彼女の後ろ姿をちらちらと見ながら通り過ぎていくくらい、人がこのショーケースを物色している様子が見られること自体が珍しいのだ。


「欲しいのか?」


「ま、まさか!? こんなもの高すぎて買える分けないでしょ!? 見るだけでわたしは十分なの! 違うところも見てくるね!」


 レイは何やらまた面白そうなものを見つけると、今度は雑貨コーナへと人混みをかき分けながら向かっていった。

キシは彼女の姿が見えなくなると、近くにいたスーツを着た老人のオーナーに近づいた。


「すいません、この指輪ってやっぱり良いものなんですか? 」


「ええ、勿論でございますよお客様。これは当店の中でも最高級品でございます。こちらは『パープルサファイア』という希少な宝石を使用しておりますが、ここまで大きなものはなかなか手に入らないものですので、これほど値段が高いのでございますが、身分が高い方がよく買われるほど人気なものでございます」


「なるほど、そうでしたか……」


 さきほども言ったが100万Gと聞くと誰もが青筋を立てるほどの値段。

しかし、キシはそんな様子は一切見せない。


(100万、か……。俺の今持ってる財産は……えっと……180万だっけ。あ、普通に買えるわ)


 キシはコクリと頷くと、目の前にいる老人のオーナーに1歩近づいた。

威厳があるような雰囲気を醸し出しながら、キシはゆっくりと口を開いた。


「じゃあこれ買います」


 すると、それに釣られるように老人のオーナーも1歩近づき、キシの眼の前まで顔を寄せた。

お互いガンを飛ばし、今にも喧嘩が起きそうな気配がする。

2人の様子が目に入った客が何事かと立ち止まり、徐々に観客が集まり始めた。


「本当によろしいのですか? 後悔はしませんか?」


「後悔なんてしません。これは俺の愛する人に渡したいと思っているので」


 どんどん圧をかけていく2人を見て、観客たちは一斉に唾を飲み込んで汗を一筋垂らす。

これからそうなるのだろうか、喧嘩が勃発してしまうのかと周りに緊張感が漂う。

 キシの答えに、老人はキシの眼を見たまま顔を離した。

さあ、老人はキシに対して何をするのか……。


「そのご覚悟、見事でございます! では早速手続きに移りましょうか!」


「――――はい!」


 2人は早速、手続きをするためにカウンターへと向かって行った。

さきほどまであった威圧感はどこかに行ってしまい、見ていた観客たちは何だったのだろうかと首を傾げながら自分の用事を済ましていった。










◇◇◇










 レイが今いない間が絶好のチャンス。

何故ならバレなければ、最高の形でレイにプロポーズできるからだ。

それはさきほどまで見ていたその指輪をまじまじと見ていたレイを、隅で見ていた老人のオーナーも勿論わかっている。


「お客様は随分とお目が高いのですね」


「値段には驚きましたけど、彼女のためならって思うと全然安いなって思ったんですよ。ははは……」


「そのお気持ちはよくわかります。わたくしもそうでしたからね。自分にとって大切な人には全力を尽くしたくなるものです。お客様はまだお若いですから、今のうちに色んなことをしてみると良いですよ。わたくしのような老いぼれになれば、したいことがあっても体が言うこと聞かないですから……」


「そうですね。良いお言葉、参考にさせてもらいます」


「ははは……。いえいえ」


 キシは老人のオーナーにお辞儀をした。

それを見た老人のオーナーは、キシが購入したと指輪の手入れをしながら笑った。


「さて……と。これでお手入れは終わりです。どうです? とても綺麗でしょう。パープルサファイアは負のエネルギーを和らげる、成長、そして愛する人と永久に共にする効果があると言われています」


(何だかレイみたいだな……)


「それにお客様が愛する方の髪の色と同じ紫色……。なんて素晴らしいことでしょう!」


「あ、ありがとうございます……」


 老人のオーナーはキシを褒め叩いた。

それにキシはほんのり頬を赤くしながら頭をぽりぽり掻いた。

 老人のオーナーは慣れた手付きで、丁寧にケースの中にキシが購入した指輪を入れ、包装して見た目を豪華にさせた。


「お客様はこれからお伝えするのですか?」


「えっ? えっと――――出来たら今日でもいいのかなって思ったりもしていますが……」


「では、あえて紙袋には入れずにそのままお渡しします。その方がやりやすいでしょう?」


「――――! あ、ありがとうございます……」


 キシが驚くのも無理はなかった。

老人のオーナーはキシの考えを全て見通していたのだ。

それに応えるように、老人のオーナーはわざわざそうしたのだ。

 カウンターの上で包装された、指輪が入ったケースを両手で差し出す。

キシは受け取るとしばらく見つめ、そして意を決したようにコクリと頷いた。


「男として最後の戦いです。わたくしも応援していますよ」


「――――! 本当にありがとうございました!」


 キシは深々とお辞儀をすると、指輪をポケットに隠してレイが行った雑貨店へと向っていった。

老人のオーナーはキシが人混みに揉まれて見えなくなってしまうまで、彼を見送っていた。

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