第47話 サプライズ計画

 レイは先に朝風呂へ入り、汗を洗い流した。

まもなくキシも体を洗い流そうとして、1階に降りる階段を下り終わると、そこにはヒカルとランがいた。

2人は何やらニヤニヤと怪しげな笑いをしている。


「お、おはようヒカル、ラン……。どうしたんだ随分と気持ち悪い笑いしてるけど……」


「昨晩は随分とお盛んだったようだね」


「わたしもVery surprised! 帰って来たと思ったら2階から凄い声が聞こえたわよ?」


「――――!? い、いやあ何の話かな? げ、幻聴じゃないか……?」


 キシは誤魔化そうとするが、2人にはそれは通用するはずがない。

何せ2人は2階へ上がり、声がする部屋の前まで来るとそこはレイの部屋で、声の発声源はどう考えてもレイだったからだ。

 営んでいる2人がいる部屋の扉に体ごとベッタリと張り付いて聞いている2人だったが、どうしても耐えられなかったようで……。

 2人はヒカルの部屋に行き、ただイチャついていただけだった。

キシとレイのようにその先は行けなかったようだ。


「じゃ、じゃあ俺は風呂入ってくるよ……」


「風呂? 何でこんな朝から風呂に入る必要があるのさ? 何もしてないのにそんなに汗かくようなことなんてある?」


「えっと……。ほ、ほらあのー……外暑くて、寝てる間に結構汗かいちゃったから体が気持ち悪くてな! そう、そういうことだ!」


「――――もう認めたらキシ? Checkmateよ……」


 2人はキシにどんどん圧をかけていき……キシは完全に圧に負けてしまい、2人に尋問をかけられてしまった。

もう反撃する余地はなく、キシは昨晩のことを全て話した。


「――――それだけ?」


「は?」


「ちょっと前だって何かしてたわよね?」


「「絶対に言わないと……」」


「わかった話すから!」


 結局キシは夜のことに加えて、朝からレイとお盛んだったことを話した。

普段は仲睦ましい3人だが、このように2対1で衝突することも、この世界に来る前から多々あることだ。

しかし、結局は数で押し負けてしまうこと、ヒカルとランの癖が強めなことも重なり、キシは負けを認めざるを得ないのだった。


「――――なるほどな。キシとレイちゃんは手加減というものがないのか?」


「あっという間にそこまで行ってしまうとはね……キシの意外なところを知れた気がするわ」


「今日に関しては俺からじゃなくてレイの方からだからな? そこだけは勘違いしないでくれよ?」


「「はいはい、そういうことにしとく」」


「おい!?」


 ヒカルとランはやれやれと首を横に振り、呆れた顔をした。

キシが2人にツッコミを入れていると、


「あれ? キシここにいたんだね?」


「レ、レイか……」


 レイはタオルを頭に被せ、新しい服に着替えていた。

キシは彼女に思わず見惚れてしまっていた。

浴場から上がったばかりで髪はしっとりと濡れ、紫色の髪が光り輝いて美しく見えるのだ。


「ね、ねえキシ? そんなにジロジロ見られるのはちょっと恥ずかしいんだけど……」


「あ……ご、ごめん!」


 キシは慌ててレイから視線をそらした。

少し頬が赤くなっていた。


「じゃあキシは風呂に入ってきていいわよ?」


「お、おう、そうか。じゃあ入ってくるよ……」


 キシは立ち上がると、そそくさと浴場へと向かっていった。

彼は恥ずかしさのあまり顔が熱くなっていたのをレイに見られないようにするためにそうしたが、耳まで赤くなっているため隠しきれていなかった。

 レイはその姿を見ると、思わず顔が熱くなってしまった。


「――――さて、レイちゃんにも聞こうかな?」


「えっ? な、何を?」


「ここからはわたしと2人だけのGirls talkよ……」


「えっ? えっ? きゅ、急にランちゃんどうしたの? あー!」


「レイちゃん頑張ってね!」


「な、何を頑張れば良いのぉぉぉ!?」


 ランはレイを引きずって自室へと連れて行った。

レイはこの後、キシと同じように昨晩のことと今朝のことについての尋問を受けることになってしまった。

キシと同様、洗いざらい吐かされ、最終的に彼女は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にし、手で顔を覆っていた。

 それに対してランはというと……とても満足そうな表情をしていた。

いつもより肌艶が良くなっているような気がしたレイだった。









◇◇◇








 2人はこの後も仲良く関係を深めていった。

キシは再び冒険者として復帰を果たし、レイに次ぐ2番目に強い冒険者として再注目を浴びた。

本人は2番目だと認めたくないようで、いちいちレイに挑戦を挑んでくるが、毎回のようにボロ負けした。

 そして、レイも再び除霊依頼を再開。

実に4年振りの活動となったが、やはり得意としていた除霊魔法は衰えることを知らず、また4年前と同じ除霊を依頼する人たちが増えていった。

 そして4年前、最初に除霊を依頼した老夫婦、アシハとジェイデンは活動を再開したという噂を聞きつけると、度々2人を誘っては一緒にお茶をするようにもなった。


「いらっしゃいませ! あらキシさん、また依頼を受けるんですか?」


「ええ、何だか久し振りに冒険者をするようになると楽しくなってきちゃって」


「そうなんですか! でも無理はしないでくださいね? じゃないとレイさんに心配されますよ?」


「あはは……。全くその通りですね。そろそろ休みを入れないといけないかもしれないですね」


 キシとレイの活躍を誰よりも喜んでいたのは、ギルドの受付嬢のアニータだった。

彼女はキシの姿を見た途端、急に泣き出してしまった。

キシがいない頃のレイをたくさん見てきた彼女は、彼が戻って来るのが本当に嬉しかったのだ。

 そしてキシとレイは今の自分たちの関係をアニータに報告している。

それを聞いたアニータは、


「遂に2人は結ばれたんですね……! 本当におめでとうございます! これからの2人の幸せを願っていますよ!」


 と、手を合わせながら喜んだ。

 このように、まるでスローライフのような毎日楽しい日々を暮らしていった。

みんなで話して笑って……。

 そして何よりも、オーウェルとアースィマの間に生まれた女の子、ナーシーが加わったことで一緒に遊んであげたりと、また新たな楽しみが増えたのであった。


「おねーちゃーん! 今日も一緒に遊ぼう?」


「うん! 今日は何して遊ぶのかな?」


「今日はね、おままごとしたいの!」


「おままごとね! 良いよやろう!」


 レイはいつもナーシーの遊び相手になっている。

というのも、ナーシー自身がレイのことが大好きで、彼女と遊ぶことが何より楽しいのだ。

 そして、2人の傍らでキシがいて、ヒカルがいて、ランがいて……。

2人が一緒に遊んでいる姿を見て、自然とほのぼのとしてしまうのだった。








◇◇◇








「うーん……どういうのが良いんだ?」


 あれから1年後、19歳になったキシは宿舎のロビーで1人悩んで、悩んで……眼が血走るほど悩みまくっていた。

キシの頭の中で考えていること――――それはエッなこと……ではなく、レイに何をあげれば良いのかだ。

 もうすぐレイと出会ってから5年という節目になる日が近づく中、その日にキシはレイにプロポーズをしようと考えている。

勿論指輪は絶対に必要。

しかし、キシはそれだけでは何だか物足りないような気がした。

冒険者で稼いでいる彼の懐は潤っているため、高い指輪を買ったとしてもまだ余裕はある。


「なあ、どう思う? ヒカル」


「は? 何が――――って随分怖い顔してるね……」


「実はさ……」


 キシはヒカルに今考えていることを話した。

キシが話し終わると、ヒカルはしばらく顎に手を当てた。


「そろそろ、俺も考えないとな……」


「ヒカルも考えてるのか?」


「うん。でも俺は20歳になってからにしようと思っているんだ。その方が自分の中でしっくりくるんだ。でも……キシもそんなこと考えているなんて意外だよ」


「そ、そうか? 普通なことのような気がするけど……」


「今まで恋愛に興味のなかったキシが、レイちゃんとあんなに仲良くなって、今は結婚まで考えているなんて……。俺とランからしたら、やっとキシも思春期になったのかって思うよ」


 ヒカルはまるで我が子でも見るような目で、キシにそう言った。

キシは、よせよ……と言って恥ずかしくなり、視線をそらした。


「とにかく、そんなに難しく考えなくても良いと思うよ? レイちゃんなら物をプレゼントしなくても喜びそうだし、すぐキシに飛びついて泣いてそうだね」


「なんかそんなこと言われたら想像できちゃうなあ……」


 キシとヒカルは笑いながらそう言った。

レイはキシのことが好きすぎて、いつも傍にくっついている。

いきなりキシにプロポーズされたら、嬉しすぎてすぐに目に涙を浮かべてキシに抱きついてくる姿がすぐに頭に浮かんだ。


「――――わかった! もう少し考える。決まったら買いに行くとしよう」


「キシがそう思うならそうすると良いよ。絶対にレイちゃんは喜ぶはずだよ」


 キシは手をポンっと叩いた。

ヒカルはあえて意見を言わず、キシの考えを優先してあげた。

 自分の意見を言ったところで、結局は2人が決めること。

キシは今、今後の自分の人生を決める最後の大きな挑戦に挑もうとしている。

そんなことに、外から中に踏み入れるようなことはしたくなかった。


「――――ありがとなヒカル」


「なんもだよ。俺たちは幼馴染だよ? 困った時は相談に乗ってあげること。これが決まりでしょ?」


「ふっ、そうだな……」


 そしてヒカルは立ち上がり、厨房に行こうとした時だった。

キシは口を開いた。


「そういえば、その『なんも』っていう言葉久し振りに聞いたな」


「えっ? あ……思わず出ちゃった?」


「いや、何だか前世のこと思い出したよ。俺たちがまだ日本の北海道というところにいた時のことを……」


「――――」


 キシは一瞬険しい顔をした。

キシにとって、前世の記憶は残酷なことばかりだ。

両親の突然のキシに対する虐待……これが彼にとって一番の辛い思い出だった。

 一瞬表情を変えたキシをヒカルは見逃すことはなく、やってしまったという表情になった。

この一変した空気を変えなければ……そう思っていた時だった。


「ふっ、あーあ! 俺はすぐに過去のこと考えちゃうもんな。ほんとこの癖直さないとな!」


「え……?」


 キシは急に大声を出し、そして天井を見上げた。


「ごめんヒカル。俺前世のこと思い出すとすぐに良くない方を考えちまうんだよな。俺はほんと弱い人間だよな! でも、レイの方がもっと辛い前世の記憶を持ってる。でもあの子はそれに負けないで、常に楽しいことを考えている。俺も見習わないとな!」


 キシはニッコリと笑いながら頭をぽりぽりと掻いた。

ヒカルはぽかんと口を開けてしまった。

しかし、すぐに微笑むと、


「そうだね、頑張れキシ」


「おう!」


 ヒカルはキシに応援の言葉を送ると、そのまま厨房へと向かっていった。

キシは立ち上がると、やる気に満ちた顔へと変わっていった。


(絶対にレイを驚かす。そして喜ばすぞ!)

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