第44話 おかえり

「ん……? もしかしてレイ、なのか!? なんか大人っぽくなってない……?」


 自分が見てきた容姿のレイしか知らないキシは、彼女の成長っぷりに思わず彼女を指してわなわなと体を震わせた。


「キシ!」


「おわっと!」


「良かった! またお前に会えるなんてな……」


「もしかして……泣いてる?」


「こんなので泣かないでいられるか!」


「お、おう……。く、苦しい……」


 最初にキシに飛びついてきたのはオーウェルだった。

自分の人生を変えてくれた恩人が、ここに戻ってきてくれたことがどれだけ嬉しいことか……。

 オーウェルは大粒の涙を流しながら、キシを強く抱きしめた。

あまりに力が強すぎて、キシは苦しそうな表情をする。


「「キシィ!」」


「な、うわあ!?」


 遂にはキシの幼馴染であるヒカルとランも続いてキシに駆け寄り、そして彼を抱きしめた。

キシは再び重さに一瞬バランスを崩しそうになったが、なんとか馬鹿力で堪える。


「キシが……キシが戻ってきた!」


「キシお帰りなさい!」


「ヒカル、ラン……。ただいま……」


 ヒカルとランもオーウェルと同様に泣きながらそう言った。

キシも2人に再開できたことに嬉しく思い、泣きそうになった。

 3人がキシに抱きついてくるなか、キシは向こう側にいる1人の人物が目に入った。

抱きつく3人を見守って、ナーシーを抱きかかえるアースィマだ。

キシはアースィマを見て微笑み、首だけ縦に動かして軽く会釈した。

アースィマも軽く会釈をすると、ナーシーの頭を撫でた。


(そうか、オーウェルとアースィマさんの間に子どもが出来たのか……)


 自分が知らない間に自分が知っている周りの人たちが色々変わっていることに、どこか寂しいような、嬉しいような色んな感情が入り混じっているキシ。

 しかし、その中でも一番変わったのはやはりレイだった。


「3人とも、ちょっと話したい人いるから離してもらってもいいか?」


 キシにそう言われ、キシを抱きしめていた3人はパッと体から離した。

体の自由が効くようになったキシは、キシの顔を見たまま呆然と座っているレイの元に歩み寄った。


「レイ……約束、ちゃんと守って来たよ」


 レイはキシにそう言われると俯いた。

少しだけ手が震えている。


「ちょっと、そこに座って」


「お、おう?」


 キシはレイに言われるがままに、その場に座った。

するとレイは、すくっと立ち上がる。


「歯食いしばってね」


「へ? ぎゃっ!」


 レイは手を上に振り上げると、拳を作ってキシの脳天に思いっきり振り下ろした。

あまりの痛さにキシは頭を抱えるが、たんこぶに触れると、これまた激痛で思わず涙が流れそうになった。


「な、何しやがるんだレイ!」


「バカ!」


「――――!?」


 レイは体の横で手を強く握ると、バッとキシを見た。

彼女の目には涙が浮かんでいた。


「待ってたのに、ずっと待っていたのに……! いつまで経っても戻ってこないじゃん!」


「レイ……」


「4年間も待たせないでよ! わたし、どれだけ……寂しかった……」


 レイは泣きながらキシに向かって吐き散らした後、嗚咽し始め、最後は声を上げて泣き始めてしまった。

その姿に、キシ以外この場にいる全員が驚いた。

特にアースィマ、オーウェル、ヒカル、ランは突然幼い少女のように泣く姿に驚きを隠せなかった。

 キシは困った顔をしながら微笑むと、レイを優しく抱きしめた。


「――――!?」


「レイ、すまなかった。でも、俺だってこう見えて結構寂しかったんだぞ?」


「そうなの……?」


「そうだ。レイが隣にいなくて……すごく寂しかった」


 レイはキシの言葉に目を大きく見開いた。

自分にとって一番嬉しい言葉を言われたからだ。

レイは感情を抑えられずにキシを強く抱きしめると、キシの頬にそっとキスをした。


「――――! レ、レイ!?」


「わたしも……わたしもすごく寂しかった」


 レイはキシの顔を近くで見つめた。

自分が大好きな人を、再びこんなに近くで見られることが彼女にとってこれまで以上にないくらい嬉しいことだった。


「これからも、キシの隣に居続けてもいい?」


 レイはキシの眼の前で、上目遣いと甘えた声でキシにそう聞いた。

それを見たキシは思わず顔を赤くして見惚れてしまった。


(やっぱりレイが大人になったせいか、すごい可愛く見える……)


 そんなことを思いながら、キシは優しく微笑むとレイの頭を撫でた。


「それは俺からもお願いだ。これからもレイの隣に居させてくれ。好きだよ、レイ……!」


「――――うん! わたしもキシのことが大好き……!」


 キシとレイはお互い眼の前で顔を見つめる。

自分にとってとても大切で想っている人を、もっと間近で見たかったからだ。

 本当はもっと先まで行きたいところだが、周りにはたくさんの人がいるため、それはお預けとなった。


「じゃあ、みんなで宿舎に帰ろう!」


「そうだな。でもその前に……」


 オーウェルは手を空に向かって突き上げると、大きく息を吸った。


「英雄カゲヤマ・キシが帰ってきたぞおおおおお!!!!!」


 彼が観衆に向かってそう叫ぶと、キシの名前を聞いた途端全員が歓声を上げた。

ビダヤの歴史に刻まれるような偉業を成し遂げてきたキシが、再びこの地に戻ってきたことに誰もが喜んだ。


「お、俺っていつの間にかこんな有名になってたのか……?」


「そうに決まってるよキシ。だってキシは……みんなの英雄なんだから!」


「――――ふっ、そうか」


 レイはキシの手を握り、キシにそう言った。

キシはふっと笑うと、歓声に湧く周りの人たちを見た。

 街中に歓声が鳴り響く。

キシは目を閉じて、今この場に聞こえてくる盛大な歓声を耳に焼き付けた。


「キシ何だか嬉しそう」


「ん? そりゃそうだよ。人に喜ばれるのはやっぱり気持ちの良いものだからな」


「ふふっ、やっぱりキシは素敵な人だね……」


「照れるからやめてくれよ……」


 キシは頬をほんのり赤くしながら頭を掻いた。

レイは目を瞑ると、キシの肩に頭を乗せた。

キシはレイの肩を抱いて自分に引き寄せると、レイは彼の手を握り、指を絡ませた。

キシは前世も合わせて、人生で一回も恋人繋ぎというものをしたことがなかったため、少し戸惑いを見せたがキシも握り返してあげた。

 自分より小さいレイの手のひらと細くて綺麗な指から温もりがキシに伝わる。

改めて自分は彼女のことを愛していると確信したが、それは相手のレイも一緒だった。


「キシ」


「ん?」


「今日はみんなでお帰りなさいの会だね!」


「そうだな! またみんなで馬鹿騒ぎして楽しもうな!」








◇◇◇







 キシがまたここに戻ってきたことは、たちまち街中のニュースになった。

ギルドではすでに宴会が開かれ、普通にご飯を食べる者、催し物を見せる者、中にはお酒を飲みすぎて酔いつぶれている者もいた。


「あれぇ? キシしゃんここにいたんですかぁ?」


「えっと……もしかしてアニータさん?」


「もう! まさかわぁたしのにゃまえをわしゅれたとか言いましぇんよねぇ?」


「ちょ、ちょっと大丈夫ですか!?」


 千鳥足でキシに近づいてきた女性。

ギルドの受付嬢アニータだった。

普段は全く酒を飲まない彼女は、調子に乗ってワインをがぶ飲みした影響であっという間にベロベロに酔っ払ってしまったのだ。

 倒れそうになったアニータをキシは慌てて支えてあげた。


「ああごめんなしゃいねぇ……。またキシしゃんとお会いできて嬉しいですぅ!」


「は、はい……。俺もお会いできて嬉しいです……」


「えへへ、えへへへへへ……」


「こ、怖いよキシ! アニータさん怖すぎるよ!」


「これはひどいな……」


 今度はアニータは笑い上戸になり、いつまで経っても笑いが止まらなくなってしまった。

それを見たレイは顔を青くしながらキシの袖を掴み、後ろに隠れた。

キシはこの状況に思わず呆れてしまうのだった。


「ひっく! あ、そうだ。キシしゃんとレイしゃんって愛し合ってるんでしゅよねぇ?」


「え!? えっと……まあ、そうですね」


「そ、そうです……」


 アニータは手にワインの空き瓶を持ちながら、フラフラと体を揺らしながらキシたちに聞いた。

キシはアニータの質問に答えるも、恥ずかしさに2人とも顔を赤くした。


「じゃあ、2人はいちゅ式を挙げるのでしゅかぁ?」


「「――――!?」」


 アニータの口から飛び出た突拍子のない言葉に、2人は固まってしまった。

式、つまりアニータが言いたいのは結婚式はいつ上げる予定なのかということ。

勿論そんなことなど考えてもいなかった2人は混乱する。


「式は挙げた方が良いでしゅよぉ。お互いにとって一番の思い出になりましゅからねぇ。夫がいりゅわたしかりゃの助言でしたぁ」


「えっ!? それだけなんですかアニータさん!?」


 アニータは2人に自分の提案を言うと、そのまま千鳥足でどこかへ行ってしまった。

キシはなんだったんだ? と首をひねると、自分の服の袖が引っ張られるような感触がしたのでその方向を見ると、レイはキシの袖を掴んでいた。


「どうかしたかレイ?」


「キシ、今から一緒に宿舎に戻らない? キシと2人きりで話がしたいの」


「わ、わかった」


 キシはレイに言われた通りにすることにした。

アースィマに先に戻ることを伝え、キシとレイは宿舎へと戻ることに。

 時間はもう深夜を迎え、通りは誰ひとりいない。

完全に2人だけの貸切状態の通りになっていた。

2人は恋人繋ぎをしながら宿舎に向かっている途中、レイはキシの名前を呼んだ。

 レイは顔を自分のところに近づけてほしいと頼んだ。

キシは言われるがままにレイに顔を近づけると、レイは彼の唇に自分の唇を重ねた。


「――――!?」


「ん――――はあ、はあ……。キシ、大好きぃ……」


 長い時間キスをした後、ゆっくりと顔を離したレイ。

さっきとは打って変わって、甘い声に吐息、そしてとろんとした眼をしている。

まるでキシの欲をおびき寄せるかのように。

 キシはゴクリと唾を飲んだ。

レイがここまで乱れた姿を見たのは初めてだった。

そして、4年という月日が経ったことでレイは大人の美しい女性へと変化しているせいで、キシの欲求はさらに加速していくような感じがした。


「――――早く宿舎に戻ろうか」


「うん」


 キシはレイを連れて早足で宿舎へと向かった。

レイはその後もキシを誘惑するような色気のある吐息を漏らし続けたのだった。

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