第43話 あの人が帰ってきた
レイは宿舎に向かって大通りを歩いていると、街灯が後ろから順番に街を照らしていく。
あっという間にビダヤは夜景が綺麗な街へと変貌した。
「――――」
ビダヤは夜になると一気に気温が下がる。
昼間は少し暑いくらいの気温だったのに対して、日が暮れ始めると鳥肌が立ち始めるくらいに冷え始め、夜になれば白い息が出るほど寒くなる。
それほどビダヤは寒暖の差が激しい街なのだ。
街灯を見ると、また昔の記憶が蘇る。
今はやっていない除霊依頼をしていた時のことだ。
疲れ切った自分を背中に乗せてくれたキシのうしろ姿が鮮明に頭の中で映し出される。
「――――」
レイはそんな場面を思い出しながらほうっと口から息を出すと、白い湯気に変わった息が上って消えていく。
それを見た後、レイはまた宿舎へ向かって歩き出した。
◇◇◇
宿舎に戻ると、いつも通りにアースィマに迎えられるレイ。
「おかえりなさいレイちゃん。今日はどうだったの?」
「いつも通り、ワーウルフの討伐やってワーラビットと遊んでた」
「そう……」
虚ろな目でそう言うレイを見て、アースィマは少しだけ微笑んだ。
「――――じゃあ、わたしは部屋で休んでる」
「わかったわ……。夜ご飯が出来たら呼ぶわね」
レイはそのまま自分の部屋へと向かっていった。
それを見送ったアースィマは、だんだんと暗い表情に変わっていった。
「ただいま……アースィマ、どうかしたのか?」
依頼が終わり、宿舎に帰ってきたオーウェルは、アースィマが2階に上がる階段を見つめたまま立ち尽くしている姿を見つけると、彼女の傍に寄った。
すぐにアースィマの心情に気付いたオーウェルは、アースィマの肩を抱いて優しく自分に引き寄せた。
アースィマはオーウェルの顔を見つめると、そのまま彼の胸にうずくまり、鼻をすすり始めた。
「アースィマ……大丈夫か?」
「今日はダメみたい……」
オーウェルはすすり泣く彼女の頭をポンポンとしながら抱きしめた。
そんな彼も目に涙を溜めていて、今にも流れ出てしまいそうになっていた。
「キシ、お前がもし戻ってくれたら……あの子はきっとあの頃に戻ってくれると信じてる。レイちゃんから聞いた話が本当に出来るとしたら……早く戻ってこいキシ! レイちゃんを元に戻せるのはお前だけなんだ……!」
◇◇◇
翌日、レイは今日もいつも通りの一日を過ごしていた。
ワーラビットのお世話をし、挑戦を挑んでくる命知らずなクソ新人冒険者を相手にする。
依頼も終え、ギルドに向かって歩いているレイ。
しかし、今日はいつもと違ってギルドの前の広場がやけに騒がしい。
少し気になったレイは後ろから覗き込もうとするが、人が多すぎて何も見えない。
「ちょっとどいて」
「何だよ俺だって見たいのにさ――――!?」
誰かにどけと言われ、自分だって見たいのに生意気な野郎だと思った中年の男の冒険者は後ろを振り向くと、レイの姿が目に映った瞬間恐怖に怯える顔に変わった。
「お、お前は確か噂の……」
「真ん中に行きたいの。譲ってもらっても良い?」
「は、はぃ……」
レイに言われ、中年の男は慌てて今いる場所を譲った。
男の怯えている声に何事かと振り向く人たちも、レイを見た瞬間全員が道を譲り、あっという間に輪の中心につながる一本道が出来上がった。
レイは誰の視線も合わせることもなく、堂々と真ん中を歩いて中心へと向かった。
中心まで歩いて眼に写り込んだのは……巨大な謎の魔法陣だった。
(これは……何だろう?)
レイはその魔法陣に近づいてしゃがんだ。
淡い青色の光を鈍く発しながら、時計回りにゆっくりと回転している。
前世の術式、そしてこの世界の魔法を数多く扱うことの出来るレイでさえ、この魔法陣の正体がわからなかった。
ただ、どこか懐かしいような……そんな感じがした。
「――――」
レイは魔法陣を見つめたまま立ち上がる。
そして、この魔法陣が何なのかを頭の片隅に置きながら、宿舎へと帰っていった。
これは何なのか……レイはなんとしても正体を突き止めたかった。
しかし次の日、また次の日になっても結局正体がわからないまま、さらに3日が経った。
依然としてゆっくりと回転し続ける魔法陣。
レイは今日もここに訪れ、正体を暴こうとしていた。
今日は危険な賭けをしてみることにしたレイ。
それは、魔法陣に触れること。
未知の魔法陣に触れることはかなりリスクが大きい。
何故なら何が起こるかわからないからである。
自分が知識として知っているものなら安易に対応できるが、この魔法陣のようによくわからない怪しいものに関しては対応しづらくなる。
自分に害がなくて何も起こらないかもしれないが、そうとも言い切れない。
「――――」
レイはゆっくりと手を震わせながら魔法陣に手を伸ばす。
確かに怖いが、これをしないと正体が何なのかわからない。
レイは一度手を止めたが、意を決して魔法陣に触れようとしたその時だった。
魔法陣はいきなり眩しく光り始め、光の柱が空に向かっていく。
コオォォ! という音が街中に鳴り響き、地面が振動で揺れ始めた。
街の人たちは何事かと外に飛び出し、魔法陣の方へと向かって様子を見に来た人、混乱して蜘蛛の子が散るように逃げていく人が入り混じった。
「な、何事なの!?」
「こ、これは何だ!?」
聞き慣れた声が聞こえ、レイは後ろを振り向いた。
そこにはアースィマとオーウェル、ナーシー、ヒカル、そしてランがいた。
彼らも突然巨大な地震が起き始めたのかと宿舎を飛び出すと、向こうに光の柱が見えたため、様子を見るためにここに来たのだ。
あまりに突然だったため、ナーシーは半べそをかいている。
「お、おい! 誰か中にいるぞ!」
オーウェルが光の柱を指しながらそう叫んだ。
レイは再び魔法陣の方を見ると、光の柱の中に人の姿が見え始めた。
レイはすぐに誰なのかわかった。
光の柱の中にいる人影の正体が。
魔法陣はピークに達し、さらに眩しく光る。
近くにいる人目を瞑り、顔を手や腕で隠した。
「――――っ!」
魔法陣から放たれた眩しい光は消え、レイはゆっくりと目を開けた。
するとそこには、レイにとってとても大切な人がいた。
「お、無事に戻れたみたいだな」
「――――!」
青髪、目付きが悪い目に、青く透き通った眼……。
紛れもなくあの人だった。
「キシ……」
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