四章〜大人になった少女〜

第41話 笑わない狂気1

 キシの訃報はビダヤの大ニュースになった。

ギルドでは大規模な追悼式が行われた。

大勢の人がそこに訪れ、悲しみに浸る中、レイはその会場に訪れようとしなかった。


『いつか絶対に戻ってくるから待っててほしいんだ』


 レイはキシの最後の言葉を信じ、キシの帰りを待ち続けていた。

毎日毎日……ずっと、キシは今日戻ってくるかな……と期待する。

しかし、いつまで待ってもそんな予感はしない。


(今日もダメ……でも、キシは帰ってくるって言ってたから絶対来るって信じてるからね!)


 しかし、いつしかその期待はレイの心をどん底へと引きずり込んでいく。

1年待ち続けても、帰ってくる気配がない。

心が折れそうになっても、レイは待ち続けた。

いつか、いつかは戻ってくる……そう願った。

 しかしその願いも虚しく、時間だけが過ぎていく。

そして……キシはレイの元に戻って来ることなく、キシがいなくなってから4年という月日が経った。






◇◇◇





 ビダヤは今日も雲ひとつない晴れの天気。

朝日がビダヤに住む人たちの目を覚ましてくれる。


「レイちゃーん! 朝ごはん出来たわよー!」


 2階の階段を上がり、奥にある扉の目の前に立って名前を呼ぶ女性、アースィマだ。


「――――ふわあ……」


 アースィマの声に目を覚まし、むくりと起き上がる紫色の髪を持つ少女、レイである。

 16歳になった彼女は大人びた女性らしい姿に成長した。

レイは窓を開けると、部屋に心地よい風、そして目を覚ましてくれる暖かい日差しが注がれた。


「キシ……わたしはもう大人になったよ。これで少しは見直してくれる?」


 レイは天を見上げ、キシに言い聞かすようにそう呟いた。

しかし、彼女は微笑むことはなかった。






◇◇◇






 レイが1階に降りてくると必ず彼女の元に駆け寄ってくる人物がいる。


「おねえちゃーん!」


「ナーシーちゃんおはよう」


「おはよー!」


 レイの脚にしがみつく、緑色の髪と青い目を持つ幼い少女。

名前はナーシー、3歳の元気な女の子だ。


「おはようレイちゃん。随分ぐっすり寝てたみたいね」


 ナーシーの後ろから現れたのは、ナーシーと同じ緑色の髪が特徴のアースィマだ。

実は、ナーシーはアースィマとオーウェルとの間に生まれた娘なのである。

キシがいなくなってから2ヶ月後に2人はめでたく結婚し、その後すぐ妊娠が発覚した。

そして10ヶ月が経とうとした頃に無事に生まれた、元気いっぱいに鳴き声を上げた女の子、それがナーシーなのである。


「おはよう……。昨日も依頼大変だったからね」


「あまり切羽詰まらせないようにね? たまには休みも必要だからね?」


「ううん、大丈夫……朝ごはん食べたら依頼受けてくるね」


「そう……。じゃあ今から持ってくるわね」


 レイの顔を見て心配になりながらも、アースィマは厨房に向かい、朝食の用意をする。

レイはナーシーの相手をしながら食堂へ向かい、椅子に座った。


「あ、おはようレイちゃん」


「Helloレイちゃん!」


「おはよう……」


 先着で食堂で朝食を食べていたのは、ヒカルとラン。

キシが前世にいた頃からの幼馴染である。

そして、2人は恋人同士でもあった。

 ぼーっとした目付きのヒカルと、英語が流暢なランはお似合いのカップルだ。

いつも隣同士で行動しているし、反応もほとんどシンクロするという面白い特徴を持つ2人。


「よく眠れた?」


「うん……」


「「――――」」


 この2人も、アースィマと同様にレイのことをひどく心配している。

キシがいた頃と比べてガラリと変わってしまったレイを見るのは、アースィマもヒカルもランも、ここに居ないオーウェルも辛かった。


「どうぞレイちゃん」


「ありがとう。いただきまーす」


 アースィマに差し出された朝食を無言で食べ始めたレイ。

そのうしろ姿を見るヒカルとラン、そして、厨房の入口でこっそりと見るアースィマ。

3人とも暗い表情で彼女を見ていた。

 そのまま一言も喋らないまま、レイは朝食を平らげると、


「ごちそうさまでした」


 と、手を合わせたあと、食器を下げるとそのままギルドへと向かっていった。

全てを失った無気力な表情はキシがいなくなってから4年間ずっとである。

そしていつしか彼女のことを、冒険者たちはこう呼ぶようになった。


笑わない狂気ラタドハク・ジュヌン







◇◇◇






 冒険者キルドに訪れたレイ。

冒険者たちは彼女の姿を見た途端、恐怖に怯える。

レイが通ろうとすると、必ず道が一直線にできるほどだ。

 レイ自身はもう慣れているので、平然とその道を通って受付へと向かった。

その先にはギルドで一番人気がある受付嬢、アニータである。


「ようこそいらっしゃいましたレイさん。今日も依頼受けます?」


「はい、何か良いものありますか?」


「そうですね……これなんかいかがでしょう?」


 アニータは依頼内容が書かれた紙をレイに差し出した。

レイはそれを手にとって読み始める。

そして、一通り読み終え、納得したようにコクコクと頷くと、


「じゃあこれでお願いします」


「かしこまりました。じゃあ冒険者カードをそちらにかざして下さい」


 レイは冒険者カードを取り出すと、横にある読み取り機にカードをかざした。

その機械が一瞬鈍く光ると、


「はい、これで登録は完了です。お気をつけて……」


「ありがとうございます」


 レイは冒険者カードを懐にしまうと、そのままギルドの出口の方へと行ってしまった。

その姿を見送りながら、アニータは胸に手を置いた。

 初めて彼女にあった時はまだ12歳。

隣にはカゲヤマ・キシというギルドの中で頂点に君臨した最強の少年がいた。

その頃の彼女はよく笑う元気な女の子だった。

 しかし、キシがいなくなった今、レイは突然変わってしまった。

自分を追い詰めているかのような、自分を苦しめているようなあの表情を見るたびに、アニータは不安を隠せないでいた。


(キシさん……レイさんを何とかして下さい……! 彼女を変えられるのはあなただけだとわたしは知っています。なのに……)


 毎回心の中でそう思うたびに、涙が出ないように堪えるアニータだった。

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