第40話 さよなら

「まだ生きていたんだ……」


 レイは歯ぎしりをした。

本来ならさっさとキシたちを処理することが出来ていたはずだった。

しかし、目の前にいる青鬼の能力を持った男のせいで、自分の思った通りの行動ができないことにイライラを募らせていた。


「――――っ!」


 いよいよ我慢できなくなったレイは本気を出し始めた。

鬼の力を最大にし、キシを消し去ることにした。

鬼の角からさらに稲妻が走るようにバチバチと大きな音を立てる。

 そして前かがみになり、地面を思い切り蹴ると見えない速さでキシの眼の前まで詰め寄る。

そして、拳に力を込めて一撃を喰らわす。


パシッ!


「――――!?」


 キシに拳が当たる直前に突然止められた。

キシが片手で防いだのだ。


「もうそろ気づけよ、零伊香さんよ」


 レイは一旦後方へ飛んで体制を整えた。


「何で……何でわたしの攻撃を止められるの!?」


「はっ! 何だよ、あんたも結構馬鹿だな。大馬鹿だ」


 レイの疑問をキシは鼻で笑った。

それにレイは逆上し、またキシに詰め寄るがまたそれを防がれてしまった。


「自分だけでは力になってくれないぞ零伊香さん。空を見てみろよ」


「――――っ!? つ、月が出始めてる!?」


「もうあんたはそろそろ力を失い始める」


「そんなことはありえない!」


「ほう、じゃあ俺に攻撃を止められているにも関わらずにそう確信しているということか」


「くっ……!」


 キシの予想通りだった。

レイの鬼の力にはやはり月と関係がある。

月が完全に隠れてしまった頃が一番力を発揮できるが、それが過ぎてまた月が姿を現すと少しずつ力が弱くなっていくのだ。


「もう諦めなよ。あとは俺が何とか元に戻してあげるからさ。諦めろ、影山 零伊香!」


「――――っ! 諦めたら……諦めたらわたしの目的が……!」


 レイは焦り始めていた。

もう月が再び姿を現し始めている。

せっかく本来の自分を取り戻したのに、目的を果たせずに力を失っていくのでは全く意味がなくなってしまう。


「――――!」


 レイはキシに再び詰め寄るが、もう力が弱まってきているため、簡単にキシに止められてしまう。


「や、やだ……負けたくない……負けたくない!」


「諦めろ零伊香……。大人しく負けを認めるん、だ……」


 もうキシも意識を失いかけている。

今にでも倒れてしまいそうになっているが、レイを救い出すまでは何としても立ち上がらなくてはいけなかった。


「キ、キシ……」


「――――!?」


 レイは突然キシの名前を呼んだ。

驚いたキシはレイの方を見ると、彼女の目から大粒の涙を流していた。


「助けて……キシ!」


「レイ! 良かった、良かった……! 元に戻れて……!」


 キシは倒れそうにながら、レイに歩み寄り抱きしめた。

もう自分もそう長くないと自覚している彼は、彼女と触れ合える最後の時だった。

 鬼の角はまだ額から出ているものの、完全に自分本来の心を取り戻したレイ。

キシが少しずつ弱っていく姿を見れば見るほど、どんどんと涙が溢れていき、声を上げて泣き始めた。


「ごめんねキシ……ごめんね! わたしのせいで……!」


「大丈夫だレイ。レイが元に戻ってくれて良かった……」


「キシ!?」


 キシはその場に崩れるように倒れてしまった。

仰向けに倒れたが、まだ彼の意識はある。

それを見たレイは少し安心したものの、虚ろな眼で自分を見てくるのを見るとどんどんと悲しくなっていく。


「レイ……もう過去の記憶は全部思い出せたか?」


「うん……。全部思い出した。わたしは日本から転生してきた、平安時代の陰陽師……。そしてキシの先祖」


「やっぱり、か……。影山 零伊香は実在したんだな……」


 やはりキシの叔父から聞いた話は、都市伝説でもなく実在した話だった。

キシとは1000年以上という、とてつもなく年月が離れているが、この世界でその人物が今目の前にいるというのも、何だか夢のような感じだった。


「キシ……だめ! いかないで……! キシともっと一緒に話したい、もっと一緒に居たいのに……!」


 レイはそう言って、キシの手を取って握った。

それは紛れもなく恋人つなぎだった。

レイは最後までキシに自分の想いを伝えたかった。

 それを見たキシは握り返してあげた。

自分より小さい手から温かいのが手を伝ってくる。


「レイ……。俺、レイのことが好きだ」


「――――!?」


「今までこんな感情持ったことがないし、レイのこと妹みたいな感じで接してたんだけど……。レイが寝ぼけて告白された時に、すごい心臓がうるさくなっちゃってさ。その時から自覚したんだ、俺はレイのことが好きだったんだなって……」


「キシ……それって本当のことなの?」


「本当だとも。確かに俺とレイは血が繋がった同士だけど、最初に出会った頃からのレイでずっと一緒にいたから……」


「そんなの……そんなの関係ないよ! わたしだってずっといつも傍に寄り添ってくれるかっこいい男の人として見てきたから……。だからキシの先祖だからとか関係ない!」


「――――レイ、おいで……」


 キシは力がない腕を震わせながら、レイに両手を差し伸べた。

レイは想いが抑えられなくなり、キシに飛び込むと、キシの体の上に寝そべって頬ずりをした。

キシはそんな彼女の頭を優しく何度も撫でてあげる。

この瞬間がキシにとって、とても幸せだった。

 レイはキシの方を見る。

眼の前には愛おしいキシの顔が近くに映る。


「キシ……」


「レイ……」


 お互い頬を染めながら名前を呼び合うと、唇を重ねた。

キシもレイも想いが止められなくなり、長い時間キスをし続けた。

たっぷりと堪能した2人はゆっくりと顔を離した。

もうお互いがお互いの顔しか映っていない。


「レイ……もう俺は限界かもしれない……。最後にレイに伝えたいことがあるんだ」


「なに?」


「俺はこのまま呪いに侵されて死んでしまう。でも、いつか絶対戻ってくるから待っていてほしいんだ」


「も、戻ってくるなんてそんな確証どこにあるの!?」


「確証はない。でも、鬼がいるなら絶対に霊界というものが存在するはず。死後の世界、とでも言ったほうがいいか」


「た、確かにそんな話はあるけど……。本当かどうかはわからないよ?」


「でも俺は信じることにする」


 キシはそう言ってレイを見た。

眼は虚ろながらも、何かを決心した眼はレイでもわかった。

レイは目を瞑ると、


「わかった。キシがそう言うならわたしも信じてみる。もしまたここに戻ってきたら……ずっと一緒に居てくれる?」


 レイは頬をほんのり赤くしながらキシにそう言った。

キシはふっと笑うと、レイの頭に手をポンと置いた。


「ああ、またここに戻ってこれたらレイの傍にずっと居続けるよ。俺がそうしたいから」


「キシ……。うん!」


 その言葉を最後に、キシの命の灯火は消えていった。

レイの頭に置いていたキシの手が力を失い、崩れるように地面に倒れた。

それを見たレイは、また大声で泣き出した。

声が枯れるくらい、そして涙が枯れてしまうくらいに泣いて、泣いて……泣き続けた。


「レイちゃん! 無事だった――――」


「キ、キシ!? おい、キシィィィ!」


 そんな時、泣き叫ぶレイを見つけ最初に駆け寄ってきたのはオーウェルとアースィマだった。

キシの姿を見たアースィマは立ち止まってしまい、オーウェルはキシの体を揺らしていた。

 そして、後から来たのはキシの幼馴染、ヒカルとランだった。


「うそ、でしょ……? 」


「キ、キシ!?」


 彼らもまた完全に固まって立ち尽くしていた。


「キシ……キシ……あああああああ!!!!」


 みんなが悲しみに浸るなか、レイが泣き叫ぶ声だけがこの草原に響き渡った。

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