第38話 最凶と対決1
レイはまさかのキシのご先祖様だったのだ。
影山 零伊香――――キシの家系の中で、一番謎めいた存在として語り継がれてきた少女。
父は青鬼、母は赤鬼と人間の間に生まれ、その間に生まれた彼女は幼い頃から様々な力を使えたと言われているが、そもそも鬼という存在がいるはずがない、迷信だと言われるのが普通のため、本当のところ彼女の生い立ちはよくわからない。
本当はただの伝説で、存在すらなかったのではとも考えられる場合もある。
(でも、影山 零伊香は確かに存在した。しかも俺の目の前に……)
髪色、眼の色が紫色なのは、恐らく赤鬼と青鬼の色が混じり合って出来た色なのだろうとキシは考えていると、レイはまた一歩とキシに近寄ってくる。
「その体内の術式の流れ……わたしと同じ、影山家の流れ方。わたしたちの子孫かな?」
「――――そうだ、俺は影山家の血を引く子孫、影山 岐志だ」
「ふうん、この感じはあの人の子孫か……」
「――――?」
「なら、あなたも排除対象ね!」
「なっ、排除対象だと!?」
「あは! わたしのことを散々
すると、レイの額から鬼の角が生え始めた。
しかし、前回と違っているのは、角から発する光がさらに怪しげな色になっており、それと同じ色の稲妻がバチバチと音を立てていた。
(お、俺はこれの相手をしろって言うのか!?)
キシは汗を流してブルブルと震えていたが、手を強く握りしめると、眼を大きく開くと、
「やってやろうじゃねえか!」
「あは! わたしに対抗しようなんて、なんて愚かなんだろうね!」
今まで以上に長く、覚悟が必要になると意を決したキシは鬼化を発動させた。
再び、キシとレイの壮絶な戦いが始まろうとしていた。
◇◇◇
一方、ビダヤの中心から離れた場所にいるところにはアースィマとオーウェル、ヒカルとラン、そしてその後ろには大勢の人たちが避難し、ビダヤを見守っていた。
オーウェルが事前にギルドに呼びかけ、全員遠くへ避難することを促したのだ。
事情を聞いたビダヤの人たちは、もう月食とか気にしていられずにすぐにここへ逃げ出してきたのだ。
「キシ、大丈夫かな……」
「多分大丈夫だろうけど……レイちゃんと戦うことになるのは心苦しいだろうね」
ランは2人のことが心配でたまらず、暗い顔をしながらヒカルに体を寄せた。
それはヒカルも同じで、ランの思いを受け止めてあげるように、ランの肩を抱いて自分に引き寄せた。
そんな2人の横にいたアースィマとオーウェルも、キシとレイのことが心配でたまらなかった。
レイの体調が悪化し始めたその日、キシからは衝撃の事実を聞かされた。
月食が始まったその時にレイは暴走し始め、街を破壊し始めるだろうと。
そして、もしこの時に誰も避難しなかったら、多数の死者が出るだろうと……。
「キシくん……レイちゃん……!」
「アースィマ……」
自分の娘のように可愛がってきたレイと、彼女の窮地から救い出したキシ。
この2人が対立してしまうことなど、アースィマからすれば辛すぎることだった。
オーウェルも、キシがいなければ今の自分はいなかったし、何より自分の傍にいてくれるアースィマと今の関係になることなど絶対になかった。
そして、レイに対してはアースィマと同じく、まるで自分の娘のように可愛がってきた。
そして最近は同じ冒険者としてライバル視している存在でもあった。
「大丈夫だアースィマ」
「――――」
「キシは絶対レイちゃんを救って見せるはずだ。時間はかかるかもしれないが、俺より強いのは確かだ」
「オーウェル……?」
オーウェルの言葉にアースィマは彼を見上げた。
オーウェルはアースィマの方に振り向き、彼女の頭に手を置いた。
「だってあいつは生きる気力を失ってしまったレイちゃんを救ったんだろ? それならあいつはまた、あの子を救ってくれるさ……」
「――――そうね、キシくんを信じるわ……」
アースィマはオーウェルの手を持ち、自分の頬に当てた。
そして、彼に寄り添うと、オーウェルは彼女の肩に手を置いたのだった。
アースィマはビダヤの中心を望みながら、
「キシくん、お願い! レイちゃんを助け出してあげて!」
と、小さな声で、心からキシにエールを送ったのだった。
◇◇◇
2人は長い時間見合ったままの状態だった。
キシとしては早くレイを何とかしてあげたいが、こちらから攻撃するとなると、あまりにもリスクが大きすぎると考えたキシは、レイの方から攻撃を始めるまでは待機することにした。
「なーんだ、全然来ないじゃん。面白くない人間だね。普通なら真っ先に来るのに……あは! その時の顔ったら面白くて仕方ないのにね。あはは!」
「――――」
「そんなに待ってても面白くないから……先手で行かせてもらうね!」
レイはそう言うと、胸の前で印を結び始めた。
キシが今まで見たことがない形の印の結び方のため、何が来るかわからない。
とりあえず、身構えていつでも対応できるようにした。
「えい!」
ズガァン!
「なっ……!」
レイが印を結んだまま前にサッと前に突き出すと、隣に立っていた建物が一瞬にして崩れてしまった。
キシはそんなことより驚いたことが、彼女は魔法詠唱を全くしていないということ。
魔法が発動された感じが全くしないのだ。
(まさか、これは魔法じゃない別の力か!?)
「久しぶりにやったけど、まだ行けそうみたい! じゃあもっと壊しちゃお!」
レイは先程とは少し違った形の印を結び始め、また前に突き出すと、今度は通り一体の建物が壊れ始め、それに連動していくかのように崩れていく。
「あは! 街なんて滅んじゃえ、人間はもっと滅んじゃえ!」
「――――!」
キシはこの瞬間にレイの角目掛けて突っ込んでいった。
印を結んでいる間は指同士を絡ませているため手は使えない。
その隙を狙って、暴走している原因になっている鬼の角に一撃を喰らわそうとしたのだ。
「喰らえ!」
鬼化によって身体能力が上がっているキシは、あっという間にレイの鼻先まで詰め寄った。
このまま一撃を喰らわせればなんとかなる。
「――――!? どこ行った?」
「遅いね」
「がっ……!」
一瞬でキシの視界から姿が見えなくなった途端、背後に移動していたレイはキシに一撃を喰らわす。
「そんなのでわたしに対抗しようなんて、人間は愚かだね」
「ぐっ……」
キシは痛みに耐えながら、よろよろと立ち上がった。
「いい加減眼を覚ましてくれ、レイ……」
「わたしの名前は零伊香だって言ってるのに……人間ってバカなのかな?」
レイは一瞬にしてキシの眼の前に詰め寄った。
見えない速さで迫って来られたキシはすぐに彼女から距離を取ることが出来ない。
「じゃあ今から直してあげるから、ね?」
「何をして――――!? あああああああ!!!」
レイはキシの耳元でそう囁き、手をキシの右腕に触れた瞬間、キシは壮絶な痛みに悶絶する。
腕からブチブチと筋肉が千切れる音がなり始め、流血し始める。
「あは! そうそうこれこれ……。これが見たかった!」
痛みに耐えきれずのたうち回るキシを見下ろしながら、不気味な笑みを浮かべるレイ。
もう、いつものレイの姿は消えてしまった。
今キシを嘲笑うかのように見る少女は、憎悪に塗れた別人のようになってしまった。
「こんなの相手にしても面白くないから……うーん、あっ! あそこに人間がいっぱいいるじゃん! あは! これでたっくさん人間殺せるね!」
レイは遠く向こうにいるアースィマたちがいるところを見つけ、そちらへ走ろうとした時だった。
「待て……」
キシは右腕を反対の手で庇いながら、よろよろと立ち上がった。
「へえ……意外に丈夫じゃん」
「丈夫とかそんなんじゃねえ」
「――――!」
「またあの時のようにレイを救い出す……そういう使命を受け持つことを俺は選んだ。こんなところで諦めてたまるかよ!」
キシはさらに鬼の力を強めた。
死の覚悟をした眼を光らせ、レイを睨んだ。
「絶対にお前を助けてやる!」
「あは、そんなカッコいい言葉だけ並べても意味ないよ? もっとわたしと遊んでほしいなー」
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