第37話 最悪の始まり
結局、レイは普通の服を買うことにした。
キシと店長はガックリと肩を落としたが、流石にレイを使って遊びすぎてしまったことを深く反省した。
しかし、レイはここで売られている服がとても気に入ったようで、またここに来たいと言った。
「良かったなレイ。気に入った服があって」
「うん! すごく可愛いからすぐ眼に入っちゃった。えへへ……!」
「そうかそうか」
ルンルンと楽しそうに歩きながら宿舎に帰っていく姿に、キシは優しく微笑んだ。
やは彼女にはこんなに楽しそうにしている表情が一番似合っている、こんな姿をいつまでも見られたら……そう思うキシだったが、その反面、アースィマが言っていた話、月食のことについて気になっていた。
レイと1年近く過ごしてきてわかってきたこと、それはレイは月に何か関係しているということ、そしてレイと出会ったあの草原にはレイにとって何かが繋がっているということだった。
彼女は記憶喪失になっているため、どういう生い立ちを辿っているかはわからない。
草原でレイが別人のようになってキシに襲いかかってきたあの日、レイは一部の記憶を取り戻している。
この世界の人間ではないことがわかっているため、レイはキシと同じ転生者だということがまず1つの
(嘲笑うような表情をしていた……あれが本当のレイなのか?)
「どうしたの? 急に立ち止まって……」
「んあ? はは、すまんすまん。ちょっと考えごとしてた」
「また何か考えてたの? そういう時って、だいたいキシは無理してでも何とかしようとしているってわたしは知ってるんだからね?」
レイは頬を膨らませながらキシに詰め寄り、顔をずいっと近づける。
彼女の顔が近すぎるせいで、キシは顔をほんのり赤くしながら視線をそらした。
対するレイも、キシの表情を間近で見たせいで顔を赤くすると、さっと顔を離すと横を向いてごまかした。
「たまにはわたしも相談に乗ってあげるから無理しないでね……? 心配になっちゃうから」
「――――ありがとな。本当に困ったらレイにも頼るよ」
「うん……」
「――――じゃあ帰ろうか」
「うん!」
キシとレイは横に並びながら宿舎へと帰っていった。
今日も何一つ変わらない、いつもの一日が過ぎていった。
◇◇◇
月食まであと3日に差し掛かった。
この日からレイに異変が起こり始める。
朝から頭痛にうなされ、今日は一日中ベットで眠っていた。
キシもレイの体調が心配になり、回復するまで依頼は受けず、彼女の隣にいることにした。
それを耳にしたレイのファンたちは宿舎に押し寄せ、レイのもとにたくさんの花が送られてきた。
「良かったな、心配してくれている人たちがこんなにたくさんいて」
「うん……」
キシはレイの額に手を当てた。
レイの息遣いは荒く、夕方になる頃には微熱から高熱に変わっていた。
これが月食によって、レイの身に何か起こる予兆なのかもしれないと確信していたキシだった。
そして、キシはこの現象が記された書物などを探し当てることが出来ず、あっという間に時は過ぎていく。
レイの体調はさらに悪化していく中、遂に月食の日を迎えた。
「レイ、体調はどうだ?」
「――――」
「――――」
この日はキシがいくら話しかけても、レイは全く反応しない。
夜に近づいていくにつれて、レイの瞳はどんどん輝きを失っていた。
まるで生きる気力を失くしたかのように。
「キシくん」
「アースィマさん」
「もうすぐ月食が始まる時間よ」
「――――わかりました」
部屋に入って来たのは緊迫した眼差しでキシに月食の時刻を知らせたアースィマだった。
いつもはこんな表情を滅多にしないため、初めてその表情を見たキシはさらに緊張感が増し、心臓の鼓動が早くなっていく。
そんな中でキシは夜空を照らす月を眺める。
月の下部が欠け始めようとしていたその時だった。
「――――」
「――――!」
遂にレイは起き出した。
キシはあえてレイに声をかけずに見守ることにした。
もしもうすでにレイが暴走している状態で刺激すれば大惨事になると警戒したからである。
レイは窓を開けると、そこから飛び降りた。
キシは急いで窓から顔を覗かせると、レイはゆっくりと落下しながら着地すると、大通りの方へと歩いていく。
キシも宿舎を出て、レイから距離を取りながら後をつけていく。
(大通りで暴走されたらまずいな)
キシが色々考えているうち、ドンと何かに当たってしまった。
「ごめ――――」
「――――」
「――――!」
キシの目の前にいたのはレイだった。
キシはすぐさま後ろに飛んでレイから距離を取る。
いつでも対応できるように身構えておいた。
しかし、ここでレイが暴走されては、街にどんな被害が及ぶことか……。
「――――」
レイはぶつかった方へと振り向いた。
彼女の瞳孔は細くなっていて、恐怖心を感じさせるような威圧を放っていた。
「あは」
レイは前回と同じように、怪しげな笑い声をあげる。
そしてキシの方へとゆっくりと歩み寄ってきた。
キシはゆっくりと後退していく。
背中と手にはじんわりと汗が出始めていた。
「今宵は最高……わたしを祝福してくれるような美しい月食……あはは」
レイは低い口調で怪しく微笑みながらそう話す。
キシは今まで聞いた、暴走している状態のレイとは全く別であることに気づいた。
前回は一人称が『我』になっていて、口調も威厳さが出たような口調だったのに対し、今回はいつもレイが言っている『わたし』で、いつもより声のトーンが低いだけだった。
(これが本来のレイなのか)
「あー、そこにいるには人、かな? あは、なんて弱々しそうな人……」
「おい、お前は一体何者だ? レイはどこにいる?」
「レイ? ああ、この世界ではそう呼ばれてる。でもわたしはそんな名前じゃない」
キシが予想していたものと大きく外れた。
キシはレイを何者かが乗っ取っていると考えていたが、実際はレイ本人だったのだ。
ということは、今いるのは記憶を失う前の本来のレイだということがわかる。
「じゃあ何なんだよ?」
「じゃあ教えてあげる。わたしの名前は
「影山 零伊香……影山 零伊香?」
キシは前世の記憶で何となく聞いたことのある名前だった。
レイに警戒しつつ記憶を辿っていくと、キシはある日、母方の祖父から聞いた昔話を思い出した。
『昔々、影山 零伊香という1人の少女がおりました。その少女は赤鬼と青鬼と人間の血を引き継いだ子でした。生まれて間もないながら、才能に溢れていたので、青鬼の父親と赤鬼と人間の間に生まれた母親の勧めで、陰陽師になりました。しかし、彼女は髪色と瞳の色が人間と違い、紫色をしていたことで、同じ陰陽師たちは彼女を恐れていくようになり、やがて彼女のことを厄災を呼び起こす者と言うようになりました。彼女は偏見によって苦しんでいましたが、仕事をやめず、頑張り続けました。しかし、帝は遂に決断を下したのです。影山 零伊香を処さなければ、都は厄災に見舞われ、滅んでしまうだろう。そうなる前にこの女を斬首に命ずる、と。これを聞いた影山 零伊香は人を恨むようになり、反撃に出ましたが、大人数相手には勝てず、そのまま斬首の刑に処されてしまったのです。彼女は首を切られる前にこういったそうです
いつか人間を殲滅させる
と』
『じいちゃん、それ何回も聞いてるんだけど』
『まあまあ……。そしてこの少女は、うちらのご先祖様だっていわれているからなあ
……』
『それも何回も聞いたよじいちゃん……』
キシはこの昔話を全て思い出し、キシは眼を大きく見開いた。
そう、レイは、
「俺の先祖だった、のか……」
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