第35話 やっと気づいたキシ

 キシとレイは3分ほど歩き、着いた場所はキシたちが利用している宿舎。

そこの玄関の扉を開けると、


「あら、お帰りなさい2人とも!」


「ただいまです」


「ただいま!」


 先で出てきたのは、緑色の長い髪、そして髪の色と同じ眼を持つ優しそうな見た目の女性、ディアス・アースィマである。

彼女はこの宿舎の管理者で、周りからの人気がある人だ。

 一目見ようと訪れる人も少なくない。

そう言われても納得できる、そのくらい彼女の見た目の美しさも持っているし、誰にでも優しく接してくれる、そしてまるでお姉さんのような存在である。


「あら、レイちゃん汚れちゃってるわよ? 洗ってあげるから、その間にお風呂でも入ってきたらどう?」


「うん、そうするね」


「わたしが体流してあげようかしら?」


「じ、自分でできるからダイジョーブ!」


 レイはさっさと浴場の方へと逃げていった。

アースィマは少し残念そうな顔を見せる。

そう、彼女はレイに甘すぎるところがあるのだ。

ほんの些細なことがあっただけですぐにすっ飛んで来て、異常なくらい心配してしまうなど、過保護すぎるところがあるのだ。


「じゃあ俺は部屋に戻ってますね」


「わかったわ。ゆっくり休んでちょうだいね?」


「はい、ありがとうございます」


 キシは2階につながる階段を登り、自分の部屋―――103号室のドアの鍵を開け、中へと入っていった。


「はあ……今日は疲れ、た……」


 キシはベットにダイブすると、依頼をこなした後の疲れがドッと出たようで、そのまま瞼を閉じて深い眠りに落ちた。

 これがいつものキシたちの日常風景だ。

冒険者として依頼をこなしたり、レイの除霊依頼の付き添いをしたり……。

実に平和的な生活だ。

 しかし、これからこの生活が一変する出来事が訪れようとしていることは、ここにいる人たちは知る由もなかった。






◇◇◇





「どうぞ召し上がれ!」


「おー、めっちゃ美味そう! 頂きまーす!」


「「頂きまーす!」」


 キシ、レイ、そしてオーウェルは相当お腹が空いていたようで、ムシャムシャと夕飯を食べ始めた。

アースィマは、実は手料理もかなり美味しいと評判があることでも有名だ。

そして、彼女だけでなく新たに加わった2人によって、さらに評価を高くしている。


「Oh! おかわりはまだいっぱいあるから遠慮しないでね!」


「じゃんじゃん食べてくれな!」


「お前らガチでここで働き始めたのか?」


 厨房からエプロン姿で現れた男女2人。

男性は高身長で細い体とのんびり屋のような顔つき、女性の方は金髪と青眼が特徴。


「お陰ですごく助かってるの」


「料理に関しては俺ら得意分野だから楽しくやらせてもらってますよ」


「Me too!」


「お前ら2人で暮らしても全然苦労しないだろうな。もういっそ結婚しなよ」


「「――――!?」」


 キシが2人に思いもよらない発言によって、2人は同時に顔を真っ赤にさせた。

そして恋バナが好きなアースィマは、眼をキラキラと輝かせている。

 このカップル、キシと同じく転生者でキシが前世の頃からの幼馴染同士でもある。

名前は斎藤さいとう ひかる、カネラ らんである。


「け、結婚だなんてそんな! 俺はまだ心の準備が……」


「わたしはずっと待ってるよ?」


「――――ごめん、もうちょっとだけ待ってほしいな……」


「それって!?」


 アースィマはヒカルの答えを早く聞きたいようで、ずいっとヒカルに顔を近づける。

ヒカルは少し戸惑いを見せながらも、ランの名前を呼んだ。


「俺はランのことが好きだ。これからもランの隣に居続けたいし、ランと……け、結婚したいなって正直に思ってる。でも、もうちょっと待ってほしいな。自分の中でちゃんと決心できたら、直接伝えるからさ……」


「――――」


 ヒカルは恥ずかしさのあまり、再び赤くして顔を手で覆った。

ランもヒカルと同様で顔を俯かせている。


「い、良いのか? こんな場所で告白タイムなんてやって……」


「しょ、しょうがないんじゃないかな? こんなことになっちゃったのはアースィマが原因だし……」


 キシとレイは小声でそう話した。

しかし、レイの心の中では、


(キシにもこう言ってもらいたいなあ。ランちゃんが羨ましいよ……)


 と、思っているのだった。

レイもキシに恋心を抱いているが、彼の場合、恋に関しては鈍感すぎて、レイがどれだけキシにアピールをしても気づいてくれないのだ。

それでもレイは諦めず、キシにアピールし続けている。


「ま、待ってるから!」


「――――!」


 しばらく黙り込んでいたランが遂に口を開いた。


「わたしもヒカルが好きだから! ずっと一緒に居たい、け、結婚もできたらしたい! ヒカルが言ってくれるのなら、わたしは待ち続けるから!」


「ラン……。ありがとう……!」


「ひゃあ!?」


 ヒカルは嬉しさのあまり、思わずランを抱きしめた。

ランは変な声を出してしまうが、久しぶりにヒカルに抱きしめられたことに嬉しくなり、ランもヒカルの背中に手を回した。


「ひゅー! これこそ初々しいって感じね!」


「アースィマ、程々にしとけって前も言ったのに……」


「そう言ってるあんたもすごい顔してるけどな」


「いやだってよぉ、これ見て興奮しないやつがいるか? 絶対いないよなあ!?」


「これだからこの2人はバカ同士のバカップルだって周りに言われるんだよな……」


「あはは……」


 オーウェルもこういうのはかなり好きなので、アースィマと全く同じ表情になっている。

2人はこの時だけ、まるで好奇心旺盛な子どもみたいな顔になる。

それに呆れるキシと苦笑するレイであった。






◇◇◇






 次の日、レイの除霊依頼が終わってキシの背中でスヤスヤと眠るレイをおぶりながら、キシは宿舎に戻った。

扉を開けると、いつも通りにアースィマが迎えてくれたが、宿舎内がやけに静かだった。


「――――? 今日はやけに静かですね?」


「もしかしてキシくんは知らないのかしら?」


「なにかあるんですか?」


 何も知らないキシはアースィマに疑問を投げつけた。


「ビダヤはね、来週に月食が起こるらしいの。それを怖がっていて夜はみんな外に出たがらないのよ」


「なるほど、そういうことでしたか……」


 月食または日食が起こる日は厄災が起こる、それは昔の日本もそうだったことを知っていたキシは、アースィマの言葉に理解できた。


「レイちゃんに何も起こらないと良いんだけど……」


 レイのことがどうも心配なようで、アースィマはレイの頭を撫でてあげた。


「レイの身になにかあったとしても、俺はレイを助けますよ。俺の中で決めたことだから……」


「そう……。そうね、キシくんならレイちゃんに何かあっても絶対に助けに来てくれる、わたしもそう信じるわ。レイちゃんが初めてキシくんと出会ったときのように……」


「――――じゃあ、俺はレイを部屋に寝かせて、そのまま休みます」


「わかったわ。おやすみなさい」


「おやすみなさい……」


 キシはレイを背負ったまま階段を上がり、レイの部屋に入るとベットにレイを寝かせ、布団を被せてあげた。


「おやすみレイ。また明日頑張ろうな……」


 スヤスヤと眠るレイに、キシはそう囁くと立ち上がって自室に戻ろうとしたときだった。


「――――!?」


 服の袖を引っ張られた感触があったキシは振り向くと、レイは起き上がってキシの袖を掴んでいた。


「ねえ、今日は一緒にいてほしいな」


「え、な、何で?」


「わたしがそうしてもらいたいの……だめ?」


 月明かりに照らされたレイの姿はあまりにも美しすぎた。

上目遣いでキシを見るレイの姿は、本当に12歳の少女なのかと思ってしまうほど。それほど大人っぽく見えてしまう。

 キシは思わずレイに見惚れてしまった。

心臓の音が耳に届くぐらいうるさく鳴り響く。


「キシ? どうかしたの?」


「あ、いや、なんでもない……。俺はここにいるから……」


「うん、えへへ……」


 嬉しそうに微笑むレイの顔を、キシは見ることが出来なかった。


(俺どうしちゃったんだろ……あの時からおかしくなってる気がする)


  再びスヤスヤと気持ちよさそうに眠るレイを見守りながら、キシは自分の異変を探し続けていた。

 それはレイが除霊を初めて依頼として仕事をし、疲れ切ったレイを背負いながら帰っていた時に突然起こった出来事。

レイがキシの唇に自分の唇を重ねたあと、レイ自身がキシに対して抱いている想いをそのまま伝えたあの夜。

それ以来、キシは今まで通りのレイとの接し方がわからなくなり始めていたのだ。

 いくら恋に関して鈍感な彼でも、相手が好きになってしまって、恥ずかしさのあまり相手の顔を見ることができなくなったり、動悸が早まってしまうように、キシも彼女相手だとそういう状態になってしまうのだった。


(まさか、俺はレイに本気で……。じゃあレイは俺と出会ってすぐからずっと、だったのか……)


 キシはレイの手を優しく握った。

小さな手から、優しい温もりがキシの手に伝わる。


「――――ごめんなレイ、今までレイの気持ちに気づけなくて……。俺、今までこういう経験全くしたことなかったから、全然わかんなかった。でも俺はやっと気づけたよ……」


 キシはレイの額にキスをした。

そしてレイの頭を優しく撫でると、床に座ったまま眠りについた。


「――――」


 窓側に寝返りをしたレイは自分の額に手を当てた。

キシからは見えないが、レイは顔を真っ赤にしている。


(これって夢じゃないよね? キシが、あのキシがわたしの気持ちに気づき始めたんだよね!?)


 レイは小さくキャーとはしゃいだ。

もうすぐキシと出会ってから1年が経とうとしているところで、やっと自分の想いが彼に届いたのだ。

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