第33話 大切なもの

「それ以来、箱に出さずに保管していたってことか……」


 ジェイデンの問いかけに、アシハは泣き崩れたままコクリと頷いた。


「ずっと大切にしていたものには、魂が宿ると言われています。物音を立てるとかして、気づいてくれるようにしていたんじゃないかなって思います」


 レイはアシハが大切にしていたクマのぬいぐるみを抱きかかえ、眼を静かに閉じる。

すると、彼女の周りにゆっくりと柔らかい光が放ち始める。


「こ、これは……!」


「どうしたんだノア?」


 除霊魔法によってレイから発する光がどんどん大きくなっていくにつれて、ノアの体の震えが大きくなっていく。

レイから感じる魔力はノアにとって、とてもと言えないくらいの高度な魔法だった。

除霊魔法という未知の魔法を初めて見たという理由だけでなく、彼女の才能は自分の全盛期を遥かに飛び抜けていたことを間近で体感した。

 ノアの心情は恐ろしい、ではなく感動だった。

レイから発する、温かくてすべての人の心を癒やしてくれるような淡い光の粒子を見て思わず涙が流れる。


「ノア!?」


「マスター……。この子は絶対にギルドから手放さないで下さい! わたしからのお願いです――――」


 頭を下げてまで何とかお願いしたいノアはライースの方へ振り向くと、ライースはレイの除霊魔法に釘付けになりながら、彼もノアと同じく涙が溢れていた。


「ノア、この子はすごいよ。魔法でこれだけ感動させられたのは、僕の人生の中で初めてだ……」


 ライースはノアにそう言って、手で涙を拭った。

ノアの言う通り、この少女を手放してはいけない……そう決心したライースだった。

 2人だけでなく、ジェイデン、アシハも感動のあまり涙を流し、2人で優しく抱き合っていた。

 そして残りのメンバー、キシはというと……。

今までたくさんレイの除霊魔法を見てきたが、今回は違った。

いつもとは違う雰囲気――――何故かレイが大人っぽく見えてしまい、思わずドキッとする。


(――――?)


 普段は元気いっぱいの13歳の女の子のはずなのに、キシの眼に写っているレイの姿はまるで天から舞い降りてきた女神にしか見えない。


「――――」


 クマのぬいぐるみから出る黒いオーラはみるみるうちに消えていき、あっという間になくなっていった。

除霊が完了したようで、レイはゆっくりと眼を開けた。

それと同時に、レイの周りに飛び交っていた光の粒子はすうっと消えていった。


「はい、どうぞ……」


 レイはアシハの元へ歩み寄り、クマのぬいぐるみを彼女に差し出した。

アシハはゆっくりと丁寧に受け取り、それを見つめると優しく抱き寄せた。

そして、


「――――ありがとう……。ありがとうね……」


 アシハは何度もレイにお礼を言った。

感謝しても感謝しきれないほどだった。

 何度も何度もお礼を言ってくるアシハに、レイはいいえというと、


「これがわたしの仕事なので……」


 アシハに優しくそう言うと、ニコリと微笑んだ。


ドキッ


(――――ドキ?)


 キシは自分の違和感に少し変に思ったが、気のせいだと思いそのままスルーした。






◇◇◇





 「本当にありがとうございました。これからはちゃんと自分の傍に置いておこうと思います」


「お嬢ちゃん、本当にありがとう!」


 ジェイデンとアシハは揃って頭を下げた。

キシとレイはいえいえと手を横に振った。


「それでは、また何かあったらお声掛けしてください。すぐに駆けつけますんで」


「わかった。ありがとう」


 キシとレイ、そして同伴していたライースとノアは頭をジェイデンとアシハに一礼するとギルドの方へと向かって行った。

 ノアは何とか泣き止んだものの、眼は赤くなり腫れぼったくなっていた。

ライースはというと、レイが除霊魔法を使用している時のシーンを思い返していた。

そのため、周りからしたらただぼぅーっとしながら歩いている人にしか見えない。


「あっ……」


「おっと、大丈夫か?」


「うん……ありがとう」


 レイは除霊魔法のせいで力尽きてしまい、その場に倒れ込んでしまいそうになったところを、キシが両手でキャッチした。

キシにお礼を言ったが、少し眼が虚ろになっていた。

思ったよりかなりの魔力を消費してしまったらしく、一気に眠気に襲われる。


「よっと!」


 キシはいつも通りにレイをおんぶする。

レイはキシに背負われた瞬間に、あっという間に眠りに落ちてしまった。

キシは後ろを振り向くと、スヤスヤと心地よさそうに眠っているレイの顔があった。


「じゃあキシくん、僕達はここでおさらばだ」


「あ、ライースさん、ノアさん、ありがとうございました。わざわざ来ていただいて」


 キシは2人に頭を下げた。


「いやいや、とても楽しかったよ。それに泣かされてしまったし……」


「あはは……」


「わたしも楽しかったです。こちらこそお礼がしたいくらいですよ」


「そうでしたか……。すいません、レイがこんな状態になってますけど……」


「良いんだキシくん、ゆっくり休ませてあげてほしい」


「……わかりました。では……」


 キシはもう一度深々と頭を下げると、宿舎の方へと向かっていった。

通りは街灯が照らされ、綺麗な夜景スポットと化していた。


(電気がない世界なのに、魔石だけでここまで明るく出来るのか……)


 街灯に使われている魔石は面白い特徴を持っている。

昼間は太陽光の熱を吸収するが、夜になるとその熱を放出する際に光も発する。

街灯や家庭でのライトとしても使われることが多いため、かなり需要が高い。

 もうこの世界に転生してから16年という月日が経っているが、電化技術が発達した世界で18年間生きてきたキシにとっては、今になっても感慨深いものだった。


「う、ん……」


 あと半分で宿舎に着くところでレイは唸りながら、もぞっと体を動かした。

どうやら眼を覚ましたようで、ゆっくりと瞼を開いた。


「お、よく眠れたか?」


「――――」


「レイ?」


 いつもならすぐに反応してくれるが、今日は反応がない。

キシはレイの方を見ると、まだ寝起きのようにぼーっとしている。

眼も半分くらいしか開いておらず、口も半開き状態。


(よっぽど疲れたのか……)


 と思ったキシは、とりあえず宿舎へとまた歩みだした。

すると突然頭になにか触れる感触がした。


「レイ何やってんの?」


 レイは何故かキシの頭を優しく撫でる。

キシの質問には答えず、ひたすら撫で続ける。


「おーいレイ。そんなに髪をわしゃわしゃされると乱れ――――!?」


「――――ん」


 おかしな行動をし続けるレイが心配になったキシは振り向くと、すぐ目の前にレイの眼が映った。

鼻同士が触れてしまいそうなくらいの距離しかないところまでレイは身を乗り出して迫っていた。

暫しキシの眼を至近距離で見つめたあと、キシにゆっくりと近づき、キシの唇に自分の唇を重ねた。


「――――!?」


 キシはというと……完全に思考停止。

頭の中が一瞬で真っ白になってしまった。

 まあまあ長い時間のキスをしたレイは満足したのか、キシから顔を離すとふふっと笑った。

逆にキシは未だに状況整理が追いついていないせいで、レイの方を見たまま固まってしまっている。


「キシはいっつもそう」


「――――は……! な、なな何が?」


 レイの声にはっと我に戻るキシ。

さきほどの状況を思い出し、瞬く間に顔が真っ赤に染まる。


「キシはズルい人だよね。キシはわたしにとって英雄だし、救世主だし、かっこよすぎるし……」


「は?」


(急に何言い出すんだこの子……寝ぼけているのか?)


「おかげでもっと……もっとキシのこと好きになっていっちゃうんだよ?」


「は!?」


 キシにとってこの告白はかなりの大ダメージを食らうことになった。

勿論レイは寝ぼけているため、半分は夢の中にいる状態。

普段のレイなら、恥ずかしすぎることとキシにいくらアピールしたところで、鈍感な彼には気づいてくれないため、心のなかにしまい込んでいた感情だ。

 しかし、今は寝ぼけている状態。

自分がキシに抱いている想いを、ありのままに話してしまっている。

しかも自分の想いを寄せている本人に直接。


「だからね?」


「――――」


「わたしはずっとキシの傍に居続けたい。だってキシのこと……すごく、大好き……だから……」


 レイはそう言い残して、また深い眠りについてしまった。

キシは彼女の顔を見れなくなってしまい、顔を真っ赤にしながら早足で宿舎へと向かった。

もうこれ以上耐えきることが出来なかったからだ。


「あらおかえりなさいキシくん……? どうしたの? そんなに顔赤くして……」


「ディアスさん、あのレイを部屋に運んでもらってもいいですか……?」


「良いけど何かあったのかしら?」


「いえ、なんでもないです。ただ頭の整理ができてないだけなんで……」


「――――? そう、とりあえず運んでおくわね。お風呂に入ってリフレッシュすると良いわ」


「はい、そうします……」


 アースィマはレイをお姫様抱っこし、そのままレイの部屋へ運んでいった。

キシはそれを見たあと両手を額に押し付け、そして脚に肘をついた。


「――――ま、まじで頭がおかしくなりそうだ……」

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