第32話 老夫婦の過去4

「――――」


「――――」


 2人ともその場に固まってしまい、気まずい空気と沈黙が流れる。

その傍で見守ろうとするエミリーだが、空気の重さに押され、自分も言葉を発しづらくなった。

どっちかが声をかけてくれることを祈るしかなかった。


「――――えっと……久しぶりだなアシハ。元気に、してた、か……?」


 何とかこの状況を早く脱出したいジェイデンは重い口を開いて、とりあえずアシハに挨拶を交わそうとしたが、やはりこの場の空気に押されてしまい、語尾がどんどん小さくなってしまった。


「――――」


 しばらく固まっていたアシハも、ジェイデンの言葉で我に返った。

やっと周りの状況を理解できたアシハはアワアワとした後、ジェイデンの顔にバッチリとあった途端、彼女の顔はみるみる赤くなっていき……


「な、何でここにジェイデンがいるの!?」


「何でって……久しぶりにアシハの顔見たいなって思って……」


「なっ……!? ああああああ!!」


「「ア、アシハ!?」ちゃん!?」


 アシハはその場から逃げるように自室へ走って行った。

ジェイデンはせっかく会えたのに第一声が叫ばれて、そしてそのまま部屋に走っていってしまったことに落ち込み、ガックリと肩を落とした。

 しかし、エミリーはジェイデンの肩に手をポンと優しく置いた。


「大丈夫。多分久しぶりに会えて恥ずかしいのよ。早くアシハちゃんのところへ行ってあげて」


「え、でも女の子の部屋の中に行くっていうのは……」


「あの子いつまで経っても部屋から出てこないわ。ここは男らしく行くべきよ!」


 エミリーはやる気十分にジェイデンに声をかけるが、ジェイデンは苦笑いをするしかなかった。

しかし、エミリーの言う通り、このままではアシハと話せることが一度もなく終わってしまう。

流石にそれは嫌だったジェイデンは、重い腰をあげると、


「エミリーさん、俺行ってきます!」


「行ってらっしゃい!」


 しばらく遠くに旅立つからそれまで達者で! みたいな挨拶を交わすと、ジェイデンはアシハの部屋へと向かった。

エミリーはその場でジェイデンを見守ることにした。


(良いわねぇー、青春って感じで。わたしもそんな経験したかったわぁ……)







◇◇◇






 ジェイデンはアシハの部屋の前まで来た。

本当に入って良いのかとソワソワしながら左の方へ見ると、そこにはエミリーがいた。

眼が合うと、エミリーはニコッと微笑んでジェイデンにグッドサインを出した。


(そうだ、俺はアシハに会いに、そしてこの気持ちを伝えに来たんだ。ここでへこたれたら男として失格だ!)


 ジェイデンは意を決してアシハの部屋のドアをコンコンとノックする。


「アシハ、入ってもいいか?」


「――――」


 反応はない。


「――――入るぞ?」


 ジェイデンはドアノブに手をかけ、ゆっくりと回しドアを開ける。

ギィという軋んだ音を立てながらドアは押されて開き、アシハの部屋の中が見えた。

そして、正面にあるベットの上で俯いたままで座っているアシハがそこにいた。


「アシハ……?」


 ジェイデンは彼女の名前を呼ぶが、やはり反応がない。

心配になったジェイデンはアシハの近くまで歩み寄った。


「アシハ?」


「――――!」


 もう一度名前を呼ぶと、アシハはビクリと体を震わせた。


「――――何で来ちゃったの……?」


「え?」


「何で……ここに来ちゃったの?」


 アシハは声を震わせながらジェイデンに問いかける。

対するジェイデンは問いかけに応じることに少し戸惑いを見せたが、自分がここに来た理由を話さなければ意味がないと思い、自分の気持ちをアシハに伝えた。


「アシハに会いたいなって思ったから」


「――――」


 ジェイデンは深呼吸をして気持ちを整える。

一間置いて彼は続けた。


「俺、最近アシハのことずっと考えるようになっちゃって……。なんか寂しかったんだ。仕事が慣れていくうちにどんどんその気持ちが強くなってきちゃってさ。だからここに来てアシハに会おうって思ったんだ」


「――――」


「そして親父の言葉と、俺の師匠から聞いた話を思い出して俺気づいちゃったんだよ」


 ジェイデンはアシハの前で片膝を床につけてしゃがんだ。


「いつの間にかアシハのこと……1人の女の人として好きになってしまったんだ!」


 その言葉を聞いた瞬間、アシハの眼から涙がどんどん溢れ、床にポタポタと落ちていく。


「あっ……! ご、ごめんアシハ! いきなり言われても困るよな……」


「バカ……」


「えっ?」


 小声で言ったためよく聞こえなかったジェイデンはアシハに聴き直すと、アシハはいきなり顔を上げてジェイデンを見た。


「そんなことを伝えるだけにここまで来たっていうの!? バカじゃないの!?」


「ア、アシハ!?」


 アシハはどんどんジェイデンに吐き捨てるような鋭い声で言い叫ぶ。

それにジェイデンは戸惑いを隠せない。


「でも、それがジェイデンの良いところだってずっと思ってた」


「――――!?」


「自分の気持ちを伝えるためにここまで来たって……。そんなことされたら……」


 アシハは顔を真赤にしながら横を向いた。

4年前のアシハの姿で止まってしまっているジェイデンにとって、この仕草は大ダメージだった。

 お互い時間が経過したことで、大人の姿に成長した。

アシハはさらに美しく可愛い女性に、ジェイデンは頑丈な体付きで男性らしくなった。

その姿を見れば、幼馴染として普通に接することなど到底無理な話だった。

 さらに2人ともお互いに好意を持ってしまった以上、まともに話すことも困難になってしまう。


「アシハ……」


「ひゃい!?」


 ジェイデンに名前を呼ばれただけでビクリと体が飛び跳ね、変な声で返事をしてしまうアシハ。

さらに顔が赤くなっていくアシハを見たジェイデンは、


(え、アシハってこんなに可愛かったっけ?)


 と、彼もまたどんどん顔が赤くなってしまった。


「わたしも……」


 また気まずい雰囲気になってしまい、しばらく沈黙が続いたが、今度はアシハが最初に口を開いた。


「わたしも……その……。村を出て1年位経ったくらいのときになんか……ジェイデンのこと考えるようになっちゃって……」


「えっ……」


「だから……修行して一人前になったら、村に帰ってジェイデンにわたしの気持ちを伝えようとしてたのに……。今日みたいな展開になったら、ジェイデンが余計……か、カッコよく見えちゃう、じゃない……」


 アシハは眼を左右にキョロキョロとしさせながら話した。

自分の気持ちをしっかりとジェイデンに言うことがあまりにも恥ずかしすぎたせいだ。


「じ、じゃあ……」


「もう……何回も言わせないで! わたしもジェイデンのこと好きになっちゃったの!」


 アシハはフンッと横を向いて怒ったように見せるが、実際はジェイデンに眼を合わせられないだけであった。

対するジェイデンは気持ちが舞い上がった勢いで彼女を抱きしめた。

アシハはまた変な声を出してしまったが、彼のぬくもりがまた彼女の恋心を大きくしていったのだった。


「ふふ……。良かったわねぇ」


 エミリーはドアに耳を当て、2人の会話を盗み聞きしていた。






◇◇◇






 この後も2人はさらに関係を深めていき、2年後にはジェイデンのプロポーズによって、2人は結婚することになった。


「店長、今までお世話になりました……」


「ふぇえええええん! 行かないでアシハちゃーーーん!」


「大丈夫ですよ店長! 近くですし、時間に余裕ができたら会いに行きますから! だからそんなに泣かないでください!」


 アシハも立派な一人前の服職人になり、エミリーに別れの挨拶をしたが……。

アシハがこの店を旅立つことを告げられた瞬間に大泣きし始め、アシハにしがみついた。

相変わらずアシハには甘すぎる、駄々をこねる子どものようになってしまう店長さんであった。

 2人はビダヤに店と一体になった新築を建てた。

設計は全てジェイデンが行い、建築にも携わっている。

1階はアシハが服を作って販売するためのスペースと工房、2階は自宅になっている。

今ではどこにでも見られる構造だが、この頃は平屋がメインだったため、当時としては最先端だった。


「ここで、2人で暮らすんだね……」


「ああ……」


「ふふ……なんか夢みたい。これもジェイデンに会えたからだね……」


「そうだな……」


 荷物の移動を完了した時には日は落ちてしまっていたので、夕飯を食べてそのまま眠ることにした。

そんな時、アシハは1人で荷物が積み上がっている部屋にいた。

自分の荷物から出したのは、アシハが幼い頃から大事に持っていたクマのぬいぐるみだった。

10年以上経過しているため、眼が外れかけて少しボロボロになっていた。


「今までありがとう……」


 そんな言葉をアシハはクマのぬいぐるみに伝え、外れかけた眼を直し、そのままそっと優しく箱の中に戻した。

自分は1人で頑張っていくと決意をした。

そして、そのまま約50年の間、クマのぬいぐるみはその箱の中で眠り続けたのだった。

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