第30話 老夫婦の過去2
一方ジェイデンはというと――――アシハが村を旅立ってから4年の月日が経ったムタワビィ村で今まさに大工の仕事をしている最中だった。
男は力仕事が中心。
農業やジェイデンが今やっている大工の仕事などが中心だ。
若年は現在16歳のジェイデン1人だけ。
ベテランが多いこの仕事にとって、ジェイデンは貴重な存在だった。
「ジェイデン、これを上げてくれ!」
「はい!」
ジェイデンは力があることもあって、力仕事には自信があった。
ジェイデンは頼まれた長い木板を軽々と持ち上げ、建築中の家の中へと運ぶ。
「よいしょ!」
そう言いながら木板を下ろすと、ジェイデンは鋸を持ってそれを切り始めた。
この板は2階部分の床板に使用する。
「――――っ!」
板はかなり分厚く、耐久力を上げるために丈夫で長持ちする木材を使用しているため、鋸で切るとなると、体力がないとまずできない。
木材の3分の1にも満たずにへばってしまう。
しかし、力自慢のジェイデンはやっと半分まで切り込みを入れられても、まったく疲れる様子はない。
スピードを落とすことなく、少しずつ切り込みを深くしていく。
ギゴギゴギゴ―――――キシャン!
「は、は……ふぅ……」
切り始めてから30分、ついに切り離すことに成功したジェイデン。
鋸を地面に置き、腰をそらすと額の汗を拭った。
「ジェイデン、そろそろ手止めて昼飯にしようぜ!」
「あ、はい!」
ジェイデンに声をかけたのは仕事仲間の先輩、ムクハドラムだ。
40代後半でかなりのベテラン大工である。
ジェイデンの師匠で、入りたての頃は彼に仕事を教わっていた。
一人前になりつつあるジェイデンとは日頃から作業や昼食をともにしていた。
「んしょっと――――どうだ作業の方は」
「まだ納得できるほどではないですけど、手応えはあります」
「そうか……。まあジェイデンは何でも器用にこなせるからな。すぐにできるようになっちまうもんなあ」
「あはは……」
ムクハドラムはジェイデンに関心を持っていた。
それはジェイデンの教育係になってからずっと感じていたことだが、ジェイデンの成長が尋常ではなかった。
ムクハドラムがお手本を見せれば、彼はまるで知っていたかのように淡々とできてしまう。
これを見たムクハドラムは、どんどんジェイデンに高度な技術を叩き込んでいった。
こいつは絶対にリーダー的存在になる……そう確信した。
「ところでジェイデン」
「はい」
「アシハちゃんとはまだ繋がっているのか?」
「村を出てからしばらくは毎日のように手紙が送られて来ていたんですけど……。最近は週に1通とか……」
「――――心配か?」
「心配です。修行に精を注いでいるからっていうのもあると思うんですけど……」
という考えも持っていたが、実際は心配だった。
都会に出て何か身の危険がないかとか、無理してないかとか――――。
「ジェイデンお前――――アシハちゃんに惚れてる?」
「なっ――――!」
突拍子のない言葉に思わず顔を赤くするジェイデン。
「そ、そんなことないですよ! お、幼馴染としてです!」
「本当かお前〜? ん〜?」
「ち、違うんですって……。誤解です!」
「あっははは……わかったわかった。俺が悪かった」
ジェイデンが必死に否定している様子を見て、ムクハドラムは思わず吹き出してしまった。
一方ジェイデンはわかってくれていないと思ったらしく、小さくため息を漏らした。
「――――そうかそうか。でももし本当に心配だったらビダヤに行っても良いんだからな?」
「えっ」
「アシハちゃんをよく知っているのはジェイデンだけだからな。大工の仕事なんて別に大した仕事がねえんだからよ。自分の夢のために、今まさに修行しているアシハちゃんのほうがよっぽど立派だ」
ムクハドラムは弁当を食べ終わり、水筒の蓋を開けお茶を一口飲んだ。
「だから、もしアシハちゃんに会いたいと思うことがあったら俺に言ってくれよ」
「――――ありがとうございます」
ムクハドラムは身の回りを片付けると、そのまま自宅に戻っていった。
彼の自宅は現場から徒歩1分のところにあるため、休憩の時間は奥さんが作ってくれた弁当を取りに行っていた。
彼の姿が見えなくと、ジェイデンは雲ひとつない眩しい空を見上げた。
そして、
「アシハ……」
と、幼馴染の名前を小声で呼んだのだった。
◇◇◇
夜、ジェイデンは今日はなぜか寝付ける事ができずにいた。
ベッドの上でゴロゴロしながら、アシハのことを考えていた。
(あれ、そういえば今日でアシハがここを出て4年、か……)
彼女と一緒にいた時間はとても濃かった。
村の中でたった1人の同い年の女の子。
子どもから成長して大人になっても行動を共にし、よく2人で遊んでいた。
アシハが修行するためにこの村を出ていく、と彼女から直接聞かされた時は、少し寂しさがあったが、それでも背中を押すようにアシハなら出来るよと応援した。
「――――」
そしてアシハがビダヤに旅立つ日。
村のみんなは入口の前でアシハを見送った。
男子も女子も全員泣きながら手を振っている。
そんな中ジェイデンはそこから抜け出し、全速力で村から少し離れた道へ行く。
「はあ、はあ……アシハーーーー!」
「――――! ジェイデン!?」
ジェイデンは旅立つ少女の名前を呼び叫んだ。
その声に気づいた彼女が振り向くと、ジェイデンが駆け寄ってくる姿に驚く。
「うわっ!」
アシハのもとにたどり着いたと思ったところで、ジェイデンは道中の小石につまずき、盛大に転んだ。
ズザーと土埃をあげながら腹ばいで滑っていき、アシハの足元に来たところで止まった。
「痛ってぇ……」
「――――ぷっ、あっははは……!」
唖然としていたアシハだったが、ジェイデンの情けない姿に思わず吹き出してしまい、お腹を抱えながら笑う。
ジェイデン自身も恥ずかしいところを見られてしまい、頬をほんのり赤くしながら横を向いた。
「あはは……はあ、面白かった。やっぱりジェイデンはジェイデンだね」
「何だよそれ……」
そう言いながらジェイデンは服についた土埃を手で払いながら、ゆっくりと立ち上がる。
「ほら、背中もすごいことになってるよ?」
アシハはジェイデンの背中についた土埃を手で優しく払ってあげた。
こういうことができるのも最後か、とアシハは名残惜しみながらやっていた。
「行ってしまう前にどうしても個人で会いたくて」
「なにそれ、もしかしてわたしに恋しちゃってるとか?」
「なっ! それはないぞ!」
「ふふ、冗談冗談」
にしし……と意地悪っぽく笑うアシハのからかいに思わず顔を赤くし、慌てて否定した。
「――――その……もし何かあったら連絡くれ。すぐに駆けつけてやるからよ」
「なーにー? わたしのことそんなに心配してくれてるんだ?」
「あ、当たり前だろう!」
「大丈夫! もう大人なんだから心配いらないって」
アシハはジェイデンの肩をバシバシ叩いた。
しかしジェイデンはまだ不安そうな表情をしている。
「もう、そんなに心配しないで大丈夫。毎日手紙送るから。それならジェイデンも安心するでしょ?」
「――――そうだな。そうしてもらえると助かるよ」
「うん」
アシハはそう返事をすると、ジェイデンに歩み寄り抱きしめた。
「アシハ?」
「しばらく会えなくなるから……ちょっとの間だけこのままでも良い?」
「――――しょうがねえなぁ」
ジェイデンもアシハの体に腕を回した。
またいつ会えるかわからない。
今のうちに……と、お互いにお互いのぬくもりをじっくりと味わった。
1分くらいたったところで、2人はゆっくりと体から離れた。
少し名残惜しいが、アシハはビダヤに行かなければならない。
もう少しジェイデンと、アシハと話したい2人だが、アシハは最後の言葉をジェイデンに贈った。
「じゃあ行ってくるね!」
「あぁ、頑張れよ!」
そう言ってアシハは再びビダヤへと向かっていくのだった。
ジェイデンは彼女の姿が見えなくなるまで、手を振り続けたのだった
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