第29話 老夫婦の過去1

 埃にまみれた、抱きかかえると丁度良いくらいのサイズのクマのぬいぐるみが、この屋敷の怪奇現象の原因だった。

 レイはそのまま待機してもらって、キシは老夫婦とライース、そしてノラを呼ぶと先程の部屋へと案内する。


「これが怪奇現象の正体です」


 キシはクマのぬいぐるみを指さした。


「そ、それは!」


 老婦人はクマのぬいぐるみを見た途端、目を見開いた。


「わたしが幼い頃に大事にしていた……」


 老婦人はそのまま泣き崩れた。

そのクマのぬいぐるみは老婦人が幼い頃、手から離さずに持っていたとても大切にしていたものだった。

 

「これは……?」


「あなた覚えてないの? わたしが幼い頃にずっと手に持っていたあのクマよ」


「―――あぁ! あのクマのぬいぐるみか。思い出したよ。しかし、何故あんなに大事にしていた物をこんな所にしまって……」


「―――」


 老婦人は理由を口に出そうとしたが、口ごもってしまった。

それを見た老人は老婦人の背中を撫でた。


「大丈夫だ。さぁ、理由を言ってみて……」


 老婦人は気持ちを落ち着かせると、今までの事を語り始めた。





◇◇◇





 今から75年前、ムタワビィ村という田舎の村に1人の男の子が生まれた。

その男の子はジェイデンという名前が付けられ、生まれた直後から元気な産声を上げていた。

 ジェイデンが生まれてから1カ月後、ムタワビィ村にまた新たな命が生まれた。

女の子だった。

しかし、ジェイデンとは逆にあまり産声を上げることはなかった。

それを見た、あるいは聞いた住民は不安に包み込まれた。

 しかし両親はそんなことにもめげず、健康に育ってほしいという願いを込めて、生まれたばかりの娘にアシハという名前を付けた。

 こうして生まれた2人は育っていき、4年後……


「ジェイデン、おままごとしよう?」


「いいよ! じゃあアシハはお母さんやって。ぼくはお父さん役やるから」


「うん! あ、じゃあくまさんはわたしたちの子供ね」


「わかった!」


 2人はお隣さんということもあって、毎日日が暮れるまで遊ぶ友人同士になった。

おままごとをやったり、追いかけっこをしたり……。

いつも2人は一緒だった。

 そして、ムタワビィ村で数少ない子どもだったこともあって、みんなから可愛がられていた。





◇◇◇





 2人に変化が訪れたのは、13歳の時。

最初にそれに気付いたのはアシハだった。

 13歳になればこの世界ではもう一人前の成人女性になる。

アシハはムタワビィ村から出て、ビダヤで洋服店の店員をしていた。

13歳ながらお人形のような美しい見た目を持っていたため、洋服店の看板娘として働いていた。

 勿論洋服を買うお客さんがいる一方で、その姿を一目見ようと来店する者もいた。

 おかげでお店は大繁盛。

開店してから昼になる頃にはほとんど売り切れ状態になるほどだった。


「アシハちゃんお疲れ様ー」


 仕事が終わり、背伸びをしていたアシハに声をかけたのは、店長のマラディス・エミリーだ。

透き通るような細くて長いピンク色の髪をもつ、清楚なお姉さんのような女性である。


「あ、お疲れさまです店長……ひゃあ!」


 店長の声に振り向いた瞬間、エミリーの突然の抱擁に思わず声を上げてしまった。

しかし、エミリーはそんなことも気にせず優しくアシハを抱きしめる。

アシハが可愛くて可愛くて仕方ないらしく、閉店して一仕事終えると必ずアシハを抱きしめることがエミリーの日常になっていた。

 よって、アシハに甘々である。


「もうアシハちゃん可愛すぎるから店長もっと抱きしめたくなっちゃうじゃない」


「て、店長! は、恥ずかしいですから離してください!」


 アシハはジタバタとエミリーの中で暴れて、なんとか離れることができた。


「もう! 何回も言ってますが、わたしも子どもじゃありませんからね!」


「えー? 店長からしたらまだまだ可愛い子どもよ?」


 エミリーは頬に手を当てながらうっとりとした表情でアシハを見つめた。

こんな風にアシハにだらしない店長エミリーであるが、実はかなりの実力者である。

彼女の服のデザインは常に最先端をいっていて、ビダヤ全体の服の流行を作り出しているのだ。

 他に類を見ない斬新なデザインは、女性の心を鷲掴みにし、瞬く間に有名になっていった。

 もともと裁縫が得意だったアシハは、勿論彼女の存在を知っていて、心を鷲掴みにされた女性の1人だった。

だから、エミリーのもとで働けるのは、アシハにとってとても嬉しいことだった。


「ふう……じゃあお昼ご飯にしましょうか! アシハちゃんは休んでててね」


「わたしも手伝いますよ?」


「いいの。店長は作ってるだけだけど、アシハちゃんは大勢の人相手にしてるでしょ? 店長よりも疲れてるだろうから」


「でも……」


「こういうときは甘えたって良いのよ?」


「じゃあ、休ませてもらいます」


「うん。できたら呼ぶからね」


「はい」


 アシハは自分の部屋へ行くとベットに寝そべった。

その隣にはある写真が飾られていた。

それはアシハの幼馴染、ジェイデンとの2ショット写真。


「ジェイデン、今何してるんだろう……」


 アシハはその写真を見上げると、ジェイデンの顔を見つめていた。

いつもなら何も感じないアシハであるが、


(あれ、何だろうこの感じ……)


 突然アシハの心のなかにいつもとは違う感情に襲われる。

いつもは何も感じないのに、今日はやけに寂しい感じがする。

今すぐにでもジェイデンに会いたい、そういう思いでいっぱいになっていた。


(そういえば今日で1年になるんだもんね)


 そう、今日でアシハがムタワビィ村を出てちょうど1年になる日だった。

そうなると余計村にいた日々を思い出す。

しかし、頭に思い浮んでくるのはジェイデンのことばかり。


(あれ、あれ!?)


 アシハは自分の異変に気づき始めた。

しかも、ジェイデンの顔を思い出すたびに顔が熱く感じる。


(も、もしかしてわたし……)


 自分の気持ちに気付いたアシハはふふっと笑い、ジェイデンの2ショット写真を再び眺めると、ジェイデンが写っているところの近くまで顔を近づけ……。


「ジェイデン、わたしが一人前になったらすぐに会いにいくからね!」


「アシハちゃーん、できたよー!」


「はーい! 今行きます!」


 アシハは写真を元の場所に戻すと、ベットからゆっくり立ち上がり、エミリーのもとへと駆けていった。

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