第26話 温かいもの

 レイの瞳は震えていた。

何故だろう。

まるで先生、いや、親を見ているかのような気持ちになる。

 やはりこの男は普通の人とは違う。

確かに身体能力は抜群でなんでも出来る。

しかし、人の心情をここまでわかる人間など今まで見たことがなかった。


「あの草原でレイを偶然見た時、すぐに助けてあげないとなって思ったよ」


 キシは一間空けると続けて言った。


「あの姿が、俺が孤立した時とそっくりだったから」


「―――――!」


「だから―――」


 キシはついにレイの方へ振り返った。


「俺はレイを守ってあげようって心からそう誓ったんだ。だからあの時レイに話しかけたんだ」


 大きく見開いているレイの紫色の瞳には神々しく見える、青髪を揺らすキシが映っていた。

さっき思っていた親を見ているような気持ちになるというのはもう無かった。

 自分のために、自分を犠牲にしてまで尽力する姿を何度も見てきたレイ。

あの時レイは暴走し、キシは窮地に立たされた。

命を落とすことさえ考えたであろう。

 しかしキシはレイに真っ向勝負で挑んだ。

結果血だらけでボロボロになった状態でも、レイの暴走を食い止めた。


(どんどん……どんどん体が暑くなってくる)


 以前から気づいていたキシに対するレイの中の感情。

しかし今回はいつも以上に出てくる。


(もっと、もっとキシのことが好きになっちゃうよ……)


 キシを見るといつもより格好良く見えてきてしまう。

レイは完全にキシの虜になってしまっていた。

表情からでもそれは恋する乙女だって言うことが分かるほどだ。

 しかし、


「レイ?なんか顔がめっちゃ赤いけど……」


「ううん、きっと気のせいだよ」


 鈍感なキシはそんなことにも気づけなかった。

レイは立ち上がり先来た道を振り返り、そして歩き出した。


「れ、レイ!?」


「もう日が暮れてるし、きっとアースィマ達も待ってるから。早く帰ろうよ!」


「え、あ、ちょ、待って!」


 早歩きで帰路を歩み始めたレイ。

そしてレイはあることを心に決めた。

(絶対に、絶対にキシをわたしだけしか見ることが出来ないようにしてあげる。だから覚悟しててね? キシ!)





◇◇◇





 宿舎へ帰ってくると、


「キシくん、レイちゃんお帰りなさい!」


 そこにはいつものようにアースィマが迎えてくれた。

 中から良い香りが2人の鼻をくすぐる。


「これから夕ご飯よ2人とも!」


「「やった!」」


「アースィマ、いつでも出せるぞ!」


 厨房から何やら聞き覚えのある声が。


「その声はもしかして……」


「おーキシ、お疲れ!」


「オーウェルがエプロン姿!?」


 あのゴツゴツした筋肉質の体を持っているオーウェルがヒラヒラしたエプロンを着けている。

キシは状況に追いつかず真っ白になってしまった。


「人を見た目で判断しない方が良いぜ! 俺こう見えて結構料理得意なんだ」


「本当に助かってるのよ」


「オーウェルさん、今日のメニューは何?」


 レイは慣れているのでオーウェルの身なりを気にしている様子は全く無い。


「おうレイちゃん! 今日はカレーとサラダ、そしてスープだ!」


「かれー? 何それ?」


「俺も今日初めて知ったんだが、味見したら凄く美味かったぞ!」


「本当!? 早く食べたい!」


 2人は親指を立てあっていた。

レイは勢いよく食堂へと入っていった。

早くカレーというものを食べたくて仕方なかったのである。


「あ、キシ帰ってきたんだね。welcome home」


「え?」


「おーキシお帰り」


「なっ!?」


 厨房から新たな人物が出てきた。

そこにはキシの幼馴染のヒカルとランだった。


「お前ら何してんの?」


「何ってcookingよ」


「そりゃー見りゃわかるけど……」


「アースィマさんに誘われてさぁ……カレー教えてたんだ」


「カレー作れたんだな……。知らんかった」


「俺はあくまで補佐役。主役はランだな」


「へ、へー……」


 もう何が何だか分からなくなってしまったキシだった。

 その後見たら本当にカレーだった。

ひと口食べると、前世で食べていたカレーと同じでキシは泣きながらバクバク食べたという。

 ちなみにレイはと言うと、


「辛い! 辛いよぉ!」


 レイは口から火を吹いていた。

あとでランに聞いたら甘口と中辛の間の辛さにしたそうだが、お子様にはまだ早かった。


「何がお子様よ! キシなんか嫌い!」


「すいませんでしたぁ!」


 キシはレイにこっぴどく怒られ、土下座したという。

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