第19話 深い傷を負った少年
岐志が風呂から上がると、晃の姿がない。
もう寝てしまったのだ。
「まだ21時だっていうのにもう寝てんのか」
晃は規則正しい生活を送っている。
朝は6時半に起き、ちゃんと朝ごはんを食べてから登校する。
夜になれば9時にはもう夢の中。
ちなみに岐志はというと―――夜は深夜1時くらいだ。
今はまだ21時なのでまだ元気がある。
「あら岐志君上がったのね」
「えぇ、いい湯加減でした」
「なら良かったわ」
茜は家事を終えるとエプロンを脱ぎ、岐志のもとへ。
そして、少し重い口調で言った。
「岐志君の両親は?」
「相変わらずですね」
「そうなの―――昔から変わってないわね」
「えぇ、俺が居れば必ずしてきますね」
「あなたが幼稚園の時にはそんな人達じゃなかったのに……」
「良いんですよ。ここと、あと蘭のところが俺にとっての唯一の憩いの場ですから」
「――――」
岐志が自分の家に帰らない理由。
それは、親からの虐待である。
幼稚園に通っていた頃は、どこにでもいる家族内で喧嘩などあるはずもなさそうな、はずだった。
岐志が小学校に上がると、突然父親が暴力を振るってきたのだ。
理由は父親が働いている会社の功績が振るわず、かなりのストレスがあったことで、発散するために自分の子供に矛先を向けたからだ。
そして数日後、今度は父親に限らず母親も加わった。
しばらくの間、岐志は耐えていた。
顔の青アザが多くなり、担任の先生から心配されても、その事は一切話さず、
「大丈夫です」
それしか答えなかった。
みんなに心配をかけさせなくなかったからだ。
しかし、小学校3年生の半ばの事だった。
それまで我慢し続けていた岐志は、遂に耐えられなくなってしまった。
もう生きる気力を無くしたかのような表情をするようになった。
担任の先生が岐志に話しかけても何も答えず、そして、クラスのみんなから自然と孤立し始めていた。
自分の家に帰るのは、両親が寝る深夜0時。
そして、家を出るのは朝の6時。
この年齢なら本来は8〜10時間睡眠をとることがベストであるが、岐志は4〜5時間程しか睡眠をとっていなかった。
「岐志、大丈夫?」
体も精神的にもボロボロだった岐志に一筋の光が。
それは幼馴染である晃と蘭が、岐志に救いの手を差し伸べてくれたことだ。
「今日、晃ん家に行こうと思ってるんだけど、岐志も行く?」
「―――――」
しかし、岐志は問いかけには答えない。
というよりも答えられないのだ。
「ほら、行こうよ」
「―――――」
蘭に手を引かれ、着いた場所は晃の家だった。
「―――――」
蘭はインターホンのボタンを押す。
「こんにちは! 蘭です」
元気よく蘭がインターホンに向かって挨拶をする。
しばらくすると、中から出てきたのは晃の母親、斎藤茜だった。
「よく来たね蘭ちゃん―――あれ? もしかして隣にいるのは岐志君!?」
茜は驚きを隠せなかった。
岐志がこの家を訪れて来たのは幼稚園以来。
顔が青アザだらけになっていて、一瞬誰なのか分からなかった。
それほど、岐志の見た目は変わり果てていたのだ。
「とりあえず上がりなさい」
「ほら岐志入ろう?」
「―――――」
何故だろう。
自分の冷たくなってしまった心に、何かに包み込まれて温かみを感じた。
岐志は思わず涙を流した。
「き、岐志? 大丈夫?」
岐志は泣き崩れた。
本当に心から自分のことを心配してくれる人がいた事にすっかり安心したのだ。
「岐志君―――テーブルの上にお菓子あるから、好きなだけ食べなさい。
少し落ち着いたら、わたしに何があったのか教えてくれるかな?
岐志君が話せるところまででいいから」
岐志は頷いた後立ち上がり、蘭と2階から降りてきた晃と一緒に、テーブルの上にある籠の中に入ったお菓子を沢山食べた。
その時、蘭の母親を含めた4人がいたリビングには話し声や笑い声が、沢山溢れていた。
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