第9話 お礼

「レイどうした?遠慮しないで入っていいぞ?」


 キシはそう言うと、レイは恐る恐る部屋の中に入った。

しかし、顔は俯いたままである。


「なんか悩んでんのか?なら相談にのr―――」


 いきなりレイはキシに抱きついてきた。

大粒の涙を流して。

急なのでキシの思考は止まる。

 10秒後、ようやくキシの頭が状況に追いついてきたようだ。

キシの顔が赤くなる。


「!?レイ……どうした……?」


「えっ……。あっ――ごめんなさい!」


 レイはすぐにキシの体から離れた。

すると、顔がみるみる真っ赤に染まる。


「えっと……これは違うの!

知らないうちにこんな事していて……。

本当にごめんなさい!」


「い、いや大丈夫。

いきなり過ぎてちょっとびっくりしただけだから……。」


 お互いに視線をそらす。

なんとかこの雰囲気を変えたいキシは咳払いをすると別の話題に切り替える。


「そういえば、体調は大丈夫なのか?」


「あ、うん。結構寝ちゃったからすごく良いよ。」


「なら良かった。知らない間に爆睡してたもんな。」


 キシはからかうように笑ってそう言った。

レイは顔を赤くして、手で顔を覆った。


「うぅ……。恥ずかしいよ〜。キシに私の寝顔見られたぁ!」


「寝顔見たらだめなの?」


「寝顔は女子のプライバシーだよ!」


「なんかすいません!」


 ビタァっとキシはレイに土下座した。


「あははは!大袈裟すぎでしょ!」


 大きく笑っているレイの姿を見て、キシは感嘆の気持ちになった。

池の辺にいたあのレイとはまるで違う。

あの時はどん底で、どうしていいか分からない状態だった。

 しかし、今は違う。

元気溌剌としていて悩みなんてない。

今のレイはどこにでもいる13歳の女の子だ。


「キシ、なんだか嬉しそうな顔してるね。」


「えっ?あ、いや…。そうかな?」


「キシってすぐ顔に出ちゃうタイプ?」


「あー、まあ、そうかもしれないな。」


 どうやら顔に出てしまっていたようだ。

頭を掻きながら照れていると、レイは視線を下に向けた。

 そして、


「ありがとう。」


 いきなりお礼を言われキシは、

「ふぅえ!?」と変な声を出した。


「どど、どうしたいきなり!?」


「あの時―――私は本当にこの仕事を続けて良いんだろうかって考えてたの。

除霊たって、何も活躍する場面なんて一つもない仕事。

自分にとっては気に入っている仕事だったのに、自然と考えてしまっていた。

だけど……」


 レイは顔を上げ、キシを見た。


「そんな時に来てくれたのがキシだよ。

キシがわたしにかけてくれた言葉は、わたしを救ってくれた。

だから―――ありがとう。」


 レイの瞳は潤んでいた。

彼女は長い間自分の仕事を理解してくれる人など一人もいないと思っていた。

この状況を助けてくれる人もいない。

 もはや、存在すら無意味だと思い始めていた。

そして、生きる気力も失い始めていた。

 しかし、キシがレイにかけた言葉は全て、レイのことを十分理解し、どん底にいたレイを救ってみせたのだ。


「あの時俺がレイに言った通り、俺もレイと同じ状況になっていた時期があった。

だからこそ、あの時のレイを見過ごすわけにはいかなかったんだ。

おかげで今は悩みなんてない感じでスッキリした顔してるよ。」


 キシはレイの頭に手を置いた。

レイはほんのり頬を赤くした。


「ほんとに……ずるい人」

 

「えっ、なんか言った?」 


「何でもない。じゃあ、わたしは寝るね」


「わかった……。なあ、何で俺のベットで寝転がってんだ?」


「今日はキシと寝たいなぁー」


 レイは上目遣いでキシを見る。

あまりにも可愛く見えてしまったキシは断れるはずもなく、


「イ、イイデスヨ……」


 と、棒読みで答えてしまった。


「でも……」


レイは再び俯いて


「夜中になったら迷惑かけるかもしれないよ?」


「?俺は大丈夫だから遠慮しなくていいぞ」


「……ありがとう」


 しかし、レイの顔は不安そうな様子だった。

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