有料トッピング課

「君は、誰なんだ……?」

「…………」


 もやしは対峙した何者かに問う。


「僕は君、そして君は僕だ」


 突如飛来し水菜を撃ち抜いたその食材はもやしに答える。

 多少縮んでいるように見えるが確かにその姿はもやしと瓜二つである。だが、その全身は赤く染まっていた。


「答えになってない! 名前と所属を答えろっ!」


 突然の出来事の連続に混乱したもやしが声を荒げた。相手はその様子を笑う。


「僕は辛もやし、有料トッピング課所属だ」

「辛もやし……⁉」


 辛もやしと名乗った赤いもやしは倒れた水菜の上に乗ると、もやしを見下ろした。


「そして、らぅめん舞星マイスターのトッピングを統べるものだ」

「何を、言ってるんだ?」


 辛もやしの言葉は突拍子のないものだが、凄味があった。もやしが戦慄していると厨房がにわかに騒がしくなった。


「なんだ、あれは……?」


 気づけば営業終了していた厨房の宙を大量の辛もやしが漂っていた。その様子は空が赤く染まっているかのような光景であった。


「これからはこの僕、辛もやしがトッピングのメインだ」

「そんな、こんなに……作り過ぎだ!」


 騒ぎを感じ取った食材たちが厨房に集まってきた。皆一様に大量の辛もやしを見上げている。すると、漂う辛もやしたちが一斉に声を発した。


「僕は辛もやし、トッピングの長になるものだ。これからは僕の引き立て役になれるトッピングだけが活躍できる時代になるのだ……!」


 突然の辛もやしのトップ就任宣言に食材たちは固まったが、怒声を上げ始めた。


「いきなり何言ってンだ!」

「認めない!」

「もやしのクセに生意気だぞ!」


 食材たちの叫びを聞いていた辛もやしだったが、最後の一言にぴくりと揺れた。


「君たちに決定権なんてないんだよ。それを教えてやる……!」


 漂う辛もやしが一斉に食材たち目掛けて強襲を仕掛けた。

 厨房の端からその様子を見ていたもやしは『まるで空が落ちてきたようだ』と呆然としながら、食材たちが辛もやしに飲み込まれるのを見つめていた。

 赤い波が過ぎ去ると弾き飛ばされた食材たちがステンレス台の上でピクピクと痙攣していた。


「くそが、数が多すぎる」

「バイトリーダーめ、発注数を間違えたな……!」


 圧倒的な辛もやしの一撃だったが、一部の食材たちはその場に踏ん張っていた。


「タ~ッカッカッカッ……!」

「ショーガッガッガッ!」


 辛子高菜と紅ショウガの高笑いが響く。プラ容器に格納された彼らは身を寄せ合い数の暴力を凌ぎきっていたのだ。その陰から難を逃れた食材たちが顔を覗かせた。


「たかが無料トッピングの分際で、先に始末してやる……!」


 辛もやしが苛立たし気に吐き捨てると同時、漂う辛もやしの一部がステンレス台へと降り立ちプラ容器コンビに襲い掛かろうと駆けだした。

 辛子高菜と紅ショウガは受けて立つと言わんばかりに進みだす。さながら装甲車の前進のような突撃であった。


「タ~ッカッカッ、カァッ⁉」

「ショーガッガッ……ガハァッ!」


 だが、コンビの高笑いは驚愕の叫びと共に止んだ。辛もやしたちは細い身体で突撃を受けきるばかりか押し返さんとしていたのだ。


「うそ、止めた……?」

「当たり前だろ? 僕は有料トッピングなんだぜ?」


 驚くもやしに対して辛もやしはほくそ笑む。


無料トッピングあいつらとは在り方からして根本的に違う!」


 拮抗する両者の押し合いの最中、無慈悲にも辛もやしの追撃が加えられる。飛来した辛もやしの一団が辛子高菜の容器の側面を横殴りする形で激突したのだ。


馬鹿なたかな~!」


 容器の連結が解かれ、完全に押し負けた。辛子高菜と紅ショウガは堪らず逃げ出そうとするが、辛もやしの追撃は止まない。


「辛子高菜さん! 紅ショウガさん!」

「ははっ! 見ろよっ、不利になるや我先に逃げてるぞ!」


 もやしの隣で辛もやしがゲラゲラと笑う。もやしは怒りを覚えたがどういうわけか辛もやしに強くでることが出来ない。


「止めにしないか!」


 そんななか叱りつけるような声が響く。見るとナルトとキャベツがすぐ傍までやってきていた。辛もやしは不機嫌そうな様子でナルトと対峙する。


「ナルトさん、あんたか……」

「もやし君これはなんの真似だ? トッピングを統べるだなんて」

「きゃべべっ! ナルトさんの言う通りだよ、君ぃ」

「……言葉の通りだ。この僕、辛もやしがトッピングの頂点に立つんだ」

「そのために濃い味付けをされて有料トッピングになったというわけか」

「そうだ。もう薄味のあんたらとは違うんだ」


 辛もやしの言葉にキャベツの断面がへの字にギギギと曲がる。ナルトはその様子を見てから進み出た。


「もやし君、それとキャベツ君も……濃い味付けが必ずしも美味しいとは限らない。それに味わいを足すことは簡単だけど、引くのは難しいものだ。らぅめんには我々のような淡くて優しい味わいのトッピングだって必要なんじゃないか? 少なくとも、私はそういう自分の役割にプライドを持っているつもりだ」

「ナルトさん」


 猛りかけたキャベツの軋む音が止んだ。

 ナルトがさらに辛もやしへと近づく。


「だから、君も――」

「うるさいっ‼ 僕は! 辛もやしなんだっ‼」


 しかし、辛もやしは激高して叫ぶ。その身体をギュルギュルと回転させるとナルト目掛けて襲い掛かった。その勢いは凄まじくナルトの練り物ボディであっても貫かれることは逃れられないであろう。

 ナルトがやられてしまう。もやしがそう思った瞬間。


「きゃべっ!」


 キャベツが割って入りナルトを弾き飛ばした。間一髪ナルトは難を逃れたが、その眼前のキャベツがドサリと倒れた。


「キャベツ君っ!」

「きゃべべぇ、こいつぁ、濃ゆい味付けだぜぇ」


 辛もやしに身体を貫かれたキャベツが呻き声をあげる。もやしは何も出来ずにただ固まっていた。そんなもやしにキャベツが語り掛ける。


「もやしよぉ、正直君が羨ましいぜ。いい味付けじゃあないか、辛もやし」

「キャベツさん……」

「けど、きっとナルトさんの言うことだって本当なんだよな……だから、君は頑張らなくちゃ……くぅ、一度くらい、君と回鍋肉になって、みたかった……ょ」


 そこまで言うとキャベツがピクリとも動かなくなってしまった。


「辛もやし! 君はなんてことを!」

「うるさい! どうせ、不人気のちゃんぽん課なんてなくなるんだ! お前にも! 居場所なんてないんだっ!」


 グルグル回転する辛もやしの横薙ぎがナルトを捉える。あっさりとナルトの身体は弾き飛ばされステンレス台をゴミクズのように転がった。

 

「な、ナルトさーんっ!」


 もやしの絶叫に辛もやしに踏み敷かれていた水菜が目を覚ます。


「も、もやし……さん」

「やあ、水菜っ! これからは


 辛もやしがぴょんと跳ねると空から辛もやしが降り立ち水菜を踏みにじり始める。


「いやぁ、辛い! 辛い辛いっ! 辛いよぉ!」

「うるさいなぁ、もう僕が君の主なんだよ……!」

「止めろーっ‼」


 もやしの咆哮に辛もやしの動きが止まる。


「ああ……そうか、お前か。。そういうことか」


 辛もやしから放たれる純粋な敵意にもやしの身体は縫い留められる。気づけば周囲には無数の辛もやしたちがもやしを食い入るように見つめていた。


「さあ、君も僕になれ。そうすれば、わかる」

「は、はなっ――」


 もやしの抵抗も叫びもグシャリと押しつぶされた。


「もやしさーんっ‼」


 らぅめん舞星の厨房に水菜の絶叫が響いた。

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