汁なし担々課

「今日も完売! お疲れ様ですっ!」

「お疲れ様です」

「今日で10日連続だな。数量限定とはいえ、凄いじゃないか」

「ありがとうございますっ! ひき肉さん」

「じゃあ俺は担々麺の方が残ってるからこれで」

「はいっ、お疲れ様です!」

「お疲れさまです」


 汁なし担々麺がらぅめん舞星マイスターのメニューに加わり10日が経過していた。売れ行きは好調で派生元の担々麺よりも早くに完売となっていた。

 その日の出番を終えた水菜ともやしはバックヤードへと向かっていた。上機嫌に揺れる水菜の葉を眺めながらもやしはふと立ち止まった。


「…………」


 もやしは水菜の誘いを受け新たな部署である汁なし担々課へ転属となった。そこでもやしはトッピングとしてトップを飾る水菜を支えていた。

 そう、

 新部署の立ち上げに奔走する日々は忙しくも楽しく心躍るものであった。しかし、

不意にいまの自分の立場は自身の望んだものだったのか、そんなことを想いもやしは担々課に居たころに感じていたもやもやに囚われかけていたのだ。


「もやしさんっ、ちょっとぉ、いいですか~?」

「……わかった」


 そんなもやしを水菜が甘ったるい声で呼びつける。もやしはまたかと思いつつ水菜に続いてストッカーの隙間へと身体を滑り込ませた。


「もやしさん、この前の話。考えてくれました?」

「……なにが?」


 不機嫌な態度でしらばっくれてみせるもやしを水菜は『またまたぁ』と笑った。


「パクチーのヤツをハブろうって言ってるんですよ」

「どうして、そんなことを?」

「だって、あいつ臭いじゃないですか~! それに有料トッピングだし」

「……好きな人は好きだと思うよ、ああいうトッピングは」

「…………」


 確かにパクチーはかなり独特なトッピングだ。しかし、かつて自分も匂いについて指摘されたことのあるもやしは彼を糾弾することが出来なかった。

 だが、そんなもやしに水菜は悪びれずに言う。


「いや、真面目な話……必要なことなんですよ?」

「必要な、こと……?」

「ええ……ああいう、本格派のトッピングはこのお店には不要ですから」

「えっ?」

「ここは大衆店です。汁なし担々麺があるだけで凄いって感じですよ」

「それは……」


 確かにらぅめん舞星は本格的ならぅめん屋ではない。大衆的な店構えで、メニューは広く浅く、缶チューハイなども提供している雑多な雰囲気が漂っている。


「それこそ、売り上げの悪い塩課やちゃんぽん課なんて畳むべきですよ」

「そんな……君はなにを?」

「だってそうでしょ? 私たちが頑張ってもほかの課が足を引っ張って、お店が赤字だったらどうなります?」

「…………」


 もやしはいままでそんなことを考えたこともなかった。だが、水菜の言わんとすることは理解できた。

――でも、それはなにか違う気が、する。

 理屈ではない反発がもやしのなかに芽生えた。それはもやしが抱いていたなにかの発露だった。だが、それが言葉となって像を結ぶ前に水菜の鋭い言葉が突き刺さる。

 

「自分は大丈夫。そう思っているから余裕綽々なんじゃないの、もやしさんは?」

「そん、な……こと」


 今度は違うと否定できなかった。


「新参野菜の私からすると、もやしさんは……自分に居場所があることは当たり前で、理不尽な目に遭うなんて認められない。そう思っているように見えます」

「そんな……!」


 もやしの言葉を遮り水菜はきっぱりと言い切る。


「それって、自分は特別だと思い上がった考えじゃない? 例えばナルトさんは昔は醤油課でもやっていけていたけど、いまはちゃんぽん課にしか居場所がない。もやしさんのやってきたこと、やっていることは贅沢で我儘なんじゃないの?」

「…………」


 もやしには返す言葉がなかった。自分が活躍できる職場を求め続けてきた。けれどいつも納得することが出来ず異動を繰り返してきた。それはただの我儘だったのではないか。

 水菜の方がよほど真剣に自分の仕事と向き合っているのではないか。そんな想いに足元がグラつくもやしに水菜が詰め寄る。


「私はここで生き残りたい。ねぇ、私の踏み台になってよ、もやしさん? 私たちってイケてるでしょう? きっと味噌や醤油でもコンビとしてやっていけるわ」

「そうは、そう……かも、だけど」


 確かにもやしと水菜のコンビがトップを飾るらぅめんは映えることだろう。もやしがかさ増しすることで決して安くはない水菜をカバー出来れば他の課でも定番と成り得る。


「それに定番コンビが出来れば、不要なトッピングも整理出来るわ」

「不要な、トッピング……?」

「ええ。ちゃんぽん課同様、余計なコストの元になっているものは畳むべきよ」


 水菜のその言葉にもやしはゾクリとした。まず想い浮かんだのは白ゴマとコーンの争いだ。続いてキャベツの嫌味な笑い声とクネクネ踊るメンマの姿が思い出された。

――そうだ、僕はあんな奴ら……!

 自身の感情にやっと思考が追いついたもやしは独り否定と肯定を繰り返す。

 そんなもやしの様子に納得したのか、水菜はストッカーの隙間を後にした。


「真面目に考えてみてくださいね、もやしさん。私、あなたとは末永くパートナーでいたいって思ってるのは本気なんで」

「えっ?」


 いままでとは違う水菜の声音にもやしが固まる。

 隙間の暗闇から見た水菜は照明に照らされて瑞々しい葉を揺らしていた。

 もやしは暗闇から抜け出て、水菜と向き合う。考えは未だまとまらないまま、ただもやしは前へ進み水菜に触れようとした。

 その瞬間——

 水菜の全身が突如何かに撃ち抜かれた。


「え?」


 その声が水菜のものかもやしのものかは定かではない。呆然ともやしが水菜を撃ち抜いた何かが着弾した方を見ると、それはむくりとその身を起こした。


「……は?」


 赤いもやしがもやしを静かに見据えていた。

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