担々課

「もやし君、お疲れさまだ!」

「はい、黒ゴマ先輩もお疲れさまです!」

「今日の売り上げも好調だったな!」

「ひき肉さん! 今日も売り切れでしたもんねっ!」


 もやしは味噌課に半年務めた。しかし結局、2度目のコーン白ゴマ合戦を眺めているうちにこのままでは駄目だと異動願いを出した。

 現在は担々麺のトッピングとしてトップを飾っている。

 担々麺の赤く辛いスープは味噌スープと遜色ない高相性でもやしを疎む者も居なかった。同僚同士の仲は良好で、そういう風土なのか熱い食材が多い課であった。

 特に黒ゴマは面倒見がよく、もやしのことを気にかけてくれていた。初めは白ゴマの親戚ということで警戒していたもやしであったが、すぐに打ち解けられた。


「さて、今日はこれであがりだなっ!」

「ははっ! 悪いな、黒ゴマ、もやし!」


 ひき肉が快活な笑い声をあげる。ひき肉がなくなり本日は売り切れとなったのだ。

 もやしとはタイプの違うトッピングだが、それがかえって心地よい距離感を形成してくれていた。

 自分と相性のいいスープ。好調な売り上げ。自分と同じ野菜こそ在籍していないが仲の良い同僚。もやしはいま充実した日々を送っていた。

――僕は恵まれている。それなのに……どうしてモヤモヤするんだろう?

 しかし、不意にもやしの内に漠然とした不安が沸き上がるのだった。もやがかったような感覚。迷子になったような気持ち。それが振り払えない。

――黒ゴマ先輩に相談してみようか?

 ちょうど黒ゴマはひき肉と別れてバックヤードに戻ろうとしていた。このままではあの白ゴマもいるストッカーに行ってしまう。そう思ったもやしは黒ゴマを引き留めていた。


「あの、黒ゴマ先輩っ!」

「うん? どうした、もやし君」


 黒ゴマはもやしの傍へ寄ると、しどろもどろのもやしを眺めてからぴょんと飛び跳ねてから『ゆっくりでいい』ともやしの言葉を待ってくれた。

 安心したもやしがつっかえながらも胸の内を語ると黒ゴマは厨房の天井を眺め考え事を始めたようだった。


「もしかしたら、いいタイミングなのかもしれないな」

「どういうことですか?」

「もやし君、俺は君の意思を尊重する。そのうえで、なんだが……」


 言葉を区切り、黒ゴマは静かにもやしに告げた。


「新規プロジェクトに参加してみないか?」

「新規プロジェクト?」

「ああ。つまり、新しい――」

「見つけましたっ‼」


 黒ゴマの言葉を遮るように鈴の音のような声が響いた。

 もやし達がそちらを見るとスラリと背の高い葉物野菜がそこにいた。瑞々しく繊細な茎の先端に優雅な葉をつけた見慣れない野菜であった。


「……水菜君、何をしに来たんだ?」

「もやしさんに会いに来ましたっ」


 水菜と呼ばれた野菜が身体を揺らすと、しゃらんと葉が揺れた。もやしはキレイな野菜だなと見とれてしまった。その横で黒ゴマは固まっていた。


「水菜君……なぜ、いまなんだ?」

「事業のスタートアップは迅速に行うべきですから!」


 黒ゴマには珍しい憮然とした態度での質問に物怖じせずに水菜はしゃなりしゃなりと2名の傍に、否、もやしの眼前に迫ってきた。


「初めましてっ、もやしさん! 私、水菜っていいます。よろしくねっ!」

「はい……もやし、です」


 その距離感に驚きつつももやしはなんとか返事を返す。キャベツのものとは異なる青い匂いをもやしは感じた。

――いい匂いのする野菜だ。いいなぁ。


「水菜君、俺はもやし君と大切な話の途中だ。悪いが、後にしてくれないか?」

「あら? もやしさんに伝えたいことは同じだと思いますけど?」


 静かに時間の流れが軋むこと数秒、黒ゴマは『分かった』と水菜に主導権を譲る。


「では、黒ゴマさんに代わって。もやしさん、私と一緒に新しい課の立ち上げに参加しませんか? 是非もやしさんに参加して欲しいんです」

「新しい課?」

「ああ。担々課ウチの派生タイプのらぅめんを手掛けるんだ。ちなみに、ひき肉は掛け持ちすることが決まっている」

「そうなんですね」

「そう! そこで私、デビューするんだけど是非もやしさんにはパートナーになって欲しいのですっ!」


 ぐいぐいと迫る水菜にもやしは気圧されながらも、彼女は不安なのかもしれないと想ってしまった。黒ゴマの様子を窺うと彼は静かに頷いた。


「分かりました! 水菜さん、よろしくお願いします!」

「ありがとうございますっ! 頼りにしてますよ、もやしさんっ!」

「はい!」


 このとき、もやしは黒ゴマが静かに『正念場だぞ、もやし君』と呟いていたことに気づかなかった。

 水菜はそのスラリと伸びた身体を目いっぱい伸ばして高らかに宣言した。


「さあ、ここから始まるんです! 私たちの『汁なし担々課』がっ!」

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