味噌課

「…………」


 ちゃんぽん課を飛び出したもやしだったが、異動先はすぐに見つかった。

 もやしは現在味噌らぅめんトッピングとして勤めていた。味噌スープの香りや味わい色との相性が良かったのか、同僚からトッピング量や匂いについて指摘されることはなく半月ほどを過ごしていた。

 しかし、もやしは押し黙っていた。いままでのこともあるが、それ以上に余計な事を口にすれば危険だと本能が告げていたからだ。隣の煮卵の様子を盗み見るとやはり黙ったまま嵐が過ぎ去るのをじっと待っているかのようだった。

 ここは閉店後のらぅめん舞星マイスターの厨房。もやしと煮卵が見つめる先でトッピング同士が睨み合っていた。


「おいゴマ、もういっぺん言ってみろよ?」

「過去の栄光に縋ってみっともないって言ってるんだよ」


 そこには黄色の粒と薄茶の粒が対峙していた。

 コーンと白ゴマであった。


「味噌バタコーンが味噌らぅめんの究極形態だ」

「一欠片のバターがいくらすると思ってんだよ? 認めろよ、流行らねぇんだよ」

「ああん⁉」


 小粒なトッピング同士だがその剣幕は凄まじく、ヒートアップしていくにしたがって在庫置き場のコーンと白ゴマが集結し、さながら合戦の幕開け間近といった雰囲気を醸し出していた。


「あの、煮卵さん。どうしてこんなことに……?」

「……元々あいつらはそりが合わなかった」


 もやしの質問にうんざりした様子で煮卵が答える。もやしの無言の追及に重ねて面倒くさそうに煮卵は続けた。


「コーンの奴は昔から味噌バタコーン推しだ。だが、バターの高騰が値段に響いてきたからかオーダー数が減ってきたんだ。それでも奴は変わらなかった。味噌バタコーンが究極だと。白ゴマはそれが気に入らない。まぁ正直、私も辟易してはいた」

「そう、だったんですか」


 煮卵は一息に語り終えるとこれ以上は聞いてくれるなと黙り込んだ。

――まあ、ここまでヒートアップしたのは新人もやしがやってきたからだろうがな。

 白ゴマはコーンに変化を求めていたに違いない。それをどうしてああいう言い方でしか伝えられないのかと思ったが、聞き入れられることはないだろう。

 そして隣で怯えているもやしに伝えたところで状況は変わらないに違いない。日々のいさかいを流してきた煮卵はすっかり自分の殻に閉じ籠ってしまっていた。


「スープに浮いてるだけのこまけぇこまけぇ粒が」

「は? バターのおまけが粋がんなよ? 何が究極だ、オワコンの間違いだろ?」

「あー、やだやだ! 不人気ザコのひがみは聞き苦しいわ~!」

「……アブラカダブラ。わからせてやるよ、家畜のエサ風情が……!」

「……潰してやるよ、クソチビ」

「フカしてんじゃねぇよ、家畜の乳離れもできねぇクソガキがっ‼」


 ついに両者の怒りは限界を超えて弾けた。

 ステンレス台に整列した黄色の粒と薄茶の粒が一斉に飛び上がりぶつかり合う。

 あるものは宙で激突しあるものは台の上で白兵戦を展開した。怒気を纏ったコーンと白ゴマは互いに身体をぶつけ合い、潰れていった。

 コーンは体格差にものを言わせて整列し壁を作り相手を追い込む。

 一方、身軽な白ゴマはコーンの切り口から突撃してその身体を内部から突き崩して各個撃破していた。

 ステンレス台の端で震えるもやしの横を白ゴマに侵入されたコーンが呻きながら通り過ぎ身投げしていった。


「こんなの、間違っている……!」

「1年に数回はやり合っている。うちの課の恒例行事だな」

「そんな……!」

「うちは売り上げの安定している課だ。自分の役割さえこなしていれば、そう悪い職場ではないぞ?」

「だからって……!」

「君は自分が疎まれず、伸び伸びと働ける場を求めていたんじゃないのか?」


 煮卵の切り口から黄身がもやしを覗き込んだ。

 もやしは身をよじり、呻いたが、何も答えられなかった。

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