ちゃんぽん課
「生臭いんだよなー、君ぃ」
「うっ……」
閉店後のらぅめん
キャベツである。
半玉のキャベツがその断面をにちゃぁ、と歪めてもやしを見下ろしていた。
「うちは豚骨課と違って匂いはそんなにだから、ちょっとねぇ~」
「すみません」
もやしは豚骨課から異動してちゃんぽん課所属となった。
もやしは茹でられちゃんぽん麺のトップを飾るトッピングとして働いた。
その初日の反省会で古株であるキャベツからの一言であった。以前のように盛られ過ぎたわけではない。しかしそれゆえに反論しにくい内容であった。
「茹でられていても、ちょっと独特の感じがするよなー、もっと茹で時間長くした方がいいんじゃないか?」
「あれ以上長いと、僕、しなしなになっちゃいます」
「でもなー」
なおもキャベツの追撃は止まない。
もやしは俯きいっそのこと茹で時間を長くするべきなのではないかと考え始めた。
――ここでは上手くやっていきたい、妥協してでも。
もやしは己のしなしなになった姿を思い浮かべながらも、粘着質なキャベツの提案を受け入れることを検討し始める。その様子を見てキャベツはほくそ笑んだ。
――いいぞ、お前もちゃんぽんスープに沈んでしまえっ!
キャベツはいまの職場に不満があった。細切れにされ、入っているのかも定かでない状態で白濁したスープに浸る日々にすっかり腐ってしまっていたのだ。
元々ちゃんぽん麺はらぅめん舞星ではサブメニューのような立ち位置だった。そのちゃんぽん課所属のキャベツの店内ヒエラルキーは決して高くない。家庭料理の食材としては不動のエースに数えられる自分がそんな扱いであることが許しがたかった。
「トッピング量だって多いんだから、主張し過ぎちゃうと、ねぇ……?」
「…………」
そんななか、新しく配属されたもやしのことを知り鬱憤が爆発したのだ。
温室育ちで価格が安定している。葉物野菜の自身にはない強み。
そして盛り付けのしやすさ。トップを飾るのも納得であった。
だがしかし、感情がそれを受け入れられるかは別だ。大地に根を張っていたというプライドもある。ただでさえ地味な職場で地味な役割を与えられているというのに、トップに同じ野菜がやってきた。
キャベツはもやしに絡まずにはいられなかったのだ。
「まあまあ、それくらいにしようじゃないか」
「ナルトさん」
そこへ一本の練り物が尺取り虫のように身体をしならせて歩み寄ってきた。
ナルトである。
もやしにとってはキャベツの更に先輩にあたるトッピングであるナルトはキャベツを
「今日は初日だ。盛り付け量や茹で時間は然るべきところに落ち着くさ。時間が解決してくれる。そうじゃないか、キャベツよ?」
「はい、ナルトさん」
キャベツの追及が止んだことにもやしがほっとしていると、ナルトがもやしに向かって
もやしはこの穏やかな先輩のことが好きだった。ほんの二切れ三切れだが、他にはない存在感がトッピングされたナルトにはあった。野菜の自分よりも長い賞味期限も魅力的に見える。
そんななかどこからともなく声がした。
「シシシ」「フフフ」「チルド庫の民は騒がしい」
突然、冷凍庫の扉がひとりでに開き何かが飛び出してきた。
宙を舞いステンレスに着地したそれらは冷気を放ちながら、三名の前に現われたのだった。
「シーフーズ!」
「いかにも!」「我ら冷食」「海の幸!」
キャベツの声に答えるように冷凍庫の住民たちがポーズを決めた。
「イカ!」「エビ!」「あさり!」
「「「我らシーフーズ!」」」
彼らはシーフーズ、シーフードミックスの中身だ。もやしにとっては初めて同僚となる海産物であり冷凍食材だった。
ナルトがにこやかに彼らを出迎える。
「おお、シーフーズ! 君らも来たのかい?」
「イカにも!」「エビにも!」「貝にも!」
自ら立ち上る冷気の靄を纏いながら彼らは一糸乱れぬ動きでナルトに振り向いた。ナルトがあらましを伝え、いまの立ち位置に不満はないかと尋ねると彼らはシュバっと飛び跳ねた。
「我ら海産物」「海で暮らす者」「スープに浸っているくらいで丁度いい」
「なるほどー」
いちいちポーズをキメる意味はさっぱり分からないが、迷いなく答えられる彼らの姿がもやしには眩しく見えた。あさりが『それに』と続ける。
「エビの赤色が目立つ」「我々は地味ではない」「アスタキサンチーン!」
含有色素の名前を叫びだしたエビを中心にわっせわっせとシーフーズは組体操を始めた。派手さや華麗さよりも奇抜さの目立つ彼らだが、息がぴったりなその姿は新人のもやしには羨ましいものであった。
「あの、シーフーズさん! 僕も皆さんと息を合わせてやっていきたいので、その、よろしくお願いします」
「「「???」」」
駆け寄って挨拶するもやしだったが、シーフーズは怪訝そうに彼を見るだけで返事をしない。恐る恐るもやしが声をかけると無機質な返答がよこされた。
「だが君は――」「海産物ではない」「我々とは違う」
「え、でも……」
「我々は海の幸という」「大きな輪の裡にいる」「君はそうではない」
拒絶ではない。そもそも眼中にないのだ。だから、もやしの言葉が届いていない。
そのことを悟り震えだすもやしの背後でキャベツが笑った。
「きゃべべべぇ~! 無駄だよー、そいつら海産物しか仲間と思ってないから」
「そんな……でも、例えば冷凍されることもあるかもだから、仲良く――」
「はぁ? 冷凍? 君、何言ってんの?」
もやしが必死に反論するがキャベツは冷凍という言葉を聞き逃さなかった。
「君さぁ? 安いことがウリだよね? そんな君が冷凍ぉ? ランニングコストって知ってる? 何考えてるの?」
「ひぃぃ!」
キャベツには信じられなかった。生鮮野菜が進んで冷凍されようと考えることが。そして許しがたかった。安さという強みを台無しにしてしまおうとする振る舞いが。
「…………」
ナルトはただ黙ってキャベツともやしの様子を眺めていた。
数日後、結局もやしは逃げるようにちゃんぽん課を辞めてしまった。
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