豚骨課

「盛られ過ぎなんだよ、テメェは」


 閉店後のらぅめん舞星マイスターの厨房に硬質な声が響く。その鋭さは声の主の苛立ちの現われであった。鈍く光るステンレスの上に平たい小枝のようなものが直立している。

 メンマである。


「聞こえてンのか、もやしぃ?」

「はっ、はぃぃ」


 メンマの目の前には白くか細いまさに小枝のような存在が鎮座していた。

 もやしである。

 目の前のメンマの怒気に充てられたもやしは哀れにもまだ茹でられていないシャキシャキの身体を懸命に曲げて正座の姿勢を取ろうとしていた。


「テメ、今日の後半のオーダーのアレはなんだ?」

「あ、あれ……って?」

「トッピング量だよ、トッピング量。最初に盛られ過ぎっつっただろう?」

「はい、めっちゃ……盛られてました」


 もやしはメンマの言葉を反芻する。確かに本日20時をまわった辺りからいつもよりも多くもやしはらぅめんにトッピングされていたのだった。


「おい、もやし。ここは何課だ?」

「豚骨課……です」

「そうだ。もやし、豚骨らぅめんのスープは何色だ?」

「……クリーム」

「話の腰を折るなよ? シャキパキっと折るぞ?」


 メンマの正面から身体を逸らしたもやしの正面にぐにゃりと曲がったメンマが現れ逃げ道をふさぐ。またこの話かともやしはメンマに叩かれながら辟易した。


「おおむね白色です」

「そーです、白です白ですねっ! はい、そしてもやし君! 君は何色ですかー?」

「……白、です」

「はーい、良くできましたー! パチパチパチー」


 もやしの返答に満足した様子でメンマがくねくねと奇怪な踊りを披露する。だが、距離を詰めメンマは急に真面目なトーンに切り替わる。


「いいか、俺たちはらぅめんトッピングなンだよ。調和を乱しちゃダメなんだ」

「はい」


 古くから醤油らぅめんのトッピングも務めているメンマはもやしの先輩にあたる。そしてその先輩のお説教は正しいようにもやしには思えた。


「調和……味、匂い、触感、色彩。アクセントでハズすのはアリだ。しかし、基本はバランスが取れているべき。白スープの上に山盛りの白野菜……これはアリか?」

「…………」


――あんただって、醤油スープと色被りしてるじゃないかっ! 

 もやしは出掛かった言葉を必死に飲み込み、静かに自分を頷かせた。


「タ~ッカッカッカッ……!」

「ショーガッガッガッ!」


 そのとき、厨房に奇妙な笑い声が響いた。

 もやしとメンマが声のする方へ振り向くと、カウンター席からプラスチック容器が2つ浮かび上がり両名の前に着地した。


「止めねぇ、同じ課の仲間やないか。なぁ、紅ショウガよ?」

「仕方あるまいさ辛子高菜。彼らは最初から盛り付けられる身。大らかに生きるのは難しいものさ」

「お客様にセルフで盛り付けていただく我々とは……!」

「在り方が根本的に違う!」


 プラスチック容器をパカパカと開閉させ、中から辛子高菜と紅ショウガがもやしとメンマを笑った。


「タ~ッカッカッカッ……!」

「ショーガッガッガッ!」

「……ちっ、豚骨課でしかやってけねぇ色物コンビが」


 予想外の闖入者にメンマは背を向けるが、もやしは彼らとメンマを交互に見やり、オロオロするばかりだった。その姿がメンマを更に苛立たせる。

――この、バカもやし! そんな連中に構うなっ!

 もやしに当たりのキツいメンマだが内心ではそのポテンシャルを認めていた。いまの豚骨課だけでなく、味噌課、醤油課でも十分に通用する食材であると。また、大量に盛り付けてもいい食材でもある。だが、その自身にはない才能が嫉妬の火種になっていたこともまた事実である。


「……かさ増しトッピングが」

「……あっ」


 ない交ぜになった感情がはけ口を求め、結果鋭い捨て台詞となった。

 去りゆくメンマの背を追おうとするもやしだったが、鋭く突き刺さった言葉が彼の歩みをステンレスに縫い付けてしまった。


「ショーガないな、メンマのヤツは。大丈夫かな、もやし君?」

「あっ、はい」

「タ~ッカッカッカッ……! 常温保存のきかない連中は神経質でいけねぇ!」


 プラスチック容器がすぃぃ、と滑りもやしのそばに寄ってきた。


「味付けの濃い連中はどうしても我が強くなりがちだ。皆、我々のように優雅であれないのは……ショーガないかな?」

「タ~ッカッカッカッ……! セルフだんなっ! 俺たち!」

「もやし君も我々みたいに何より優雅で……味の濃いトッピングと組むといい」

「は、はい……」


 急に距離を詰めてくる紅ショウガに困惑するもやし。さらに紅ショウガは続ける。


「いまのご時世、替え玉だって有料の店が多い……お客様に豚骨スープを余さず楽しんでいただくためには、我々の出番だとは、お・も・わ・な・い・か?」

「えっ?」


 紅ショウガに続いて辛子高菜が呵々大笑する。


「タ~ッカッカッカッ……! 沢山食べないお客さんもいるからなっ!」

「そう! 我々のようなトッピングこそ豚骨課に求められているのだ!」

「僕たち、みたいな……?」

「そうともさっ! タ~ッカッカッ!」

「その通りだとも! ショーガッガッ!」


 プラ容器コンビの言葉にもやしは俯き考え込んでいるようだ。

 その様子を見て紅ショウガは内心ほくそ笑んだ。

――採った! 居場所のない新人とはチョロいものだっ!

 そして、もやしの隣で馬鹿笑いしている辛子高菜を嘲笑うのだった。

――愚かなり辛子高菜! 香り触感からして、もやしは私と高相性! この栄えある豚骨課のエースの座は私のものだ!

 紅ショウガは以前から豚骨課のナンバーワントッピングの座を狙っていた。そしてそのためには辛子高菜の存在が邪魔だった。両者の実力は拮抗しており、固定ファンの数も同程度であった。つまり日和見——その日の気分でどちらかをチョイスする層の獲得が勝利条件であった。そのためにもやし――初めから盛り付けられている自身と相性の良いであろうトッピングを求めたのだった。先手を取れば勝てる戦だ。己が居座る場所に辛子高菜を盛り付ける者は少ない、その逆も然りであるのだから。

――私はちゃんぽん課にだって行ける。が、辛子高菜、貴様は叩き潰す。そのためにはもやしが必要。


「ショォォ、ガッガッ……」

 

 人知れず紅ショウガは笑みをこぼした。その姿は運ばれてきたらぅめんを前にした腹ペコな人間を想わせる。

 だが、その御馳走が己に配膳されないことを紅ショウガは知らされた。


「僕、異動願いを出します! かさ増しって言われないトッピングになるんです!」


 もやしが天井を見上げ叫んだ。静かに紅ショウガは項垂れた。

 こうしてもやしの輝ける職場探しの旅が始まったのだった。


「……ショ、しょんなぁ~!」

「やるぞー!」

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