らぅめんトッピング

 もやしは夢を見ていた。

 ぼやけた視界の端から風船が膨らむように自分の知らない景色が拡がりだし、それがいつの間にか自分のもののように感じられた。

 ここはらぅめん舞星マイスターの厨房だ。宙に浮かびステンレス台を見下ろしていた。下界は随分と騒がしく、食材たちが駆け回っていた。

――みんな、勝手な奴らばかりだ。

 自分が力を振るえば、容易く吹き飛ばされる者ばかり。固まって協力でもすれば、多少は持ち堪えられそうなものなのに、バラバラだ。

 調和なんてものは結局張りぼてだったのだ。繋がりや絆はメッキ過ぎない。

 もやしは夢を見ていた。

――だから、僕は。

 ピクリとも動かなくなったナルトにキャベツ。辛もやしに押し負けて床に落下しかけている辛子高菜。紅ショウガはその様子を遠巻きに見ているだけだ。

 もやしは夢を見ていた。

――だけど、僕は。

 その夢は破れた。


「ショーガない、わけがあるかぁぁぁっっ‼」


 絶叫が響く。

 紅ショウガが叫び飛び立つ。容器の底を床に擦り付ける超低空飛行で辛子高菜へと突っ込み、辛もやしごと辛子高菜を押し上げ始めた。


「辛子高菜ァー! 踏ん張れぇぇ……!」

「……紅? おおぉぉぅ……‼」

 

 辛もやしは無情な赤い雨となってプラ容器コンビに降り注ぐ。しかし、今度はどれだけ押し潰されそうになっても辛子高菜と紅ショウガは互いを離さず上昇を続ける。


「私のライバルだ! 私がライバルだ! 辛子高菜こいつに勝つのは! 私だけだぁっ!」

「タ~カッカッカッ! ショーガねぇなぁ! こいつも、俺って奴もよぉ……!」


 ついに辛子高菜と紅ショウガは押し潰さんとする辛もやしの力を振り切り、諸共に換気扇に激突した。


「なら、今度は仲良く叩き落してやるっ!」


 無理やりステンレス台に着地したものの立ち直れていない二名に地上の辛もやしたちが迫る。

 その一団の前に小粒な巨人たちが立ちふさがった。


「気に入らねぇ!」

「気に入らねぇ、気に入らねぇ!」


 その黄色の粒々と薄茶の粒々は辛もやしよりも遥かに小さかった。だが、その闘志は熱く、お互いを燃え滾らせていた。

 コーンと白ゴマが互いの身体を弾き飛ばしながら、辛もやしの全身を殴りつける。


「気に入らねぇ、気に入らねぇ!」

「気に入らねぇ、気に入らねぇ、気に入らねぇ!」

「「だけどっ‼ そういう奴も必要なんだよ! 俺たちの仕事にはなぁ!」」


 連撃と呼ぶには継ぎ目が無さ過ぎる打撃の連続が押し寄せる辛もやしの赤い波を押し返した。


「うるさい! うるさいうるさい! まとめて、潰れちまえっ!」


 ヒステリックな叫びに呼応して全ての辛もやしが空中に集結して渦巻き始める。


「おいおいおいおい! やべぇンじゃねーか、アレ⁉」


 食材たちが慌てふためく。ステンレス台には逃げ場はない。そう確信させる赤い嵐の一振りが振り下ろされようとするなか、彼らは冷気を纏い大地に降り立った。


「全く」「地上の民は」「騒がしい」

「シーフーズ⁉」

「そうっ!」「我ら――」

「うるせぇ! 後にしろ!」


 メンマのツッコミにポーズをキメ損ねたシーフーズは憮然としたが、すぐに唱和を始めた。


「イカ!」「エビ!」「あさり!」

「C40!」「H52!」「O4!」


 そして唱和と共に彼らは組体操を始める。


「なにやってンだぁー! あの、馬鹿ども⁉」

「……いや、でいい」

「ナルト?」

「あれは化学記号だ。エビが含有する色素、その有機的な形状を再現しているんだ」


 絶叫するメンマの隣によろよろとやってきたナルトがシーフーズを見つめる。

 もはや逃げ場はない。嵐が来る。


「潰れろぉぉっ!」

「「「アスタキサンチンの構え!」」」


 シーフーズが連結して橋のような姿を形成した。嵐はそれを叩き潰さんとする。


「「「ッ」」」

「……えっ?」


 瞬く間に嵐は霧散した。力を散らされた辛もやしたちはバラバラになって地上に転がる。誰もが信じられないと固まるなか、シーフーズもバラバラと崩れ落ち始めた。


「お前、なにをした?」

「力を散らした」「あの構えは」「防御に特化している」

「どうして邪魔をする? 僕らは仲間でもなんでもないんだろ⁉」


 辛もやしの問いに地面に転がったシーフーズは迷いなく答えた。


「確かに君らに」「想い入れはない」「しかし、黙ってはいられなかった――」

「「「らぅめんは我々が地上に見出した母なる海だからだ」」」

「……自分たちだけ分かった風に!」


 まだ数を残している辛もやしたちが立ち上がりシーフーズに襲い掛からんとする。

 その横っ腹に赤と緑の飛来物が着弾した。


「タ~カッカッカッ!」

「ショーガッガッガッ!」


 辛もやしが声のした方向を睨むと蓋を全開にしてミサイルパックの如く中身を撃ち尽くした辛子高菜と紅ショウガの容器の中で笑い声だけが響いていた。


「死にぞこないめ……!」

「そう邪険にするもんじゃないぞ、元同僚!」


 辛もやしに黒ゴマが体当たりをブチかます。それに続いてメンマとナルトが身体をしならせ辛もやしを鞭打ちにする。


「黒ゴマぁ! 何故邪魔をする!」

「ふむ、悪くないが、格段良くもないな。私としてはが……君はどうしたいんだ⁉ もやし君! コレが君の答えかっ!」


 辛もやしを吹き飛ばし黒ゴマが吠える。もやしの視界を覆っていた風船が弾けた。


「黒ゴマさん‼」


 その声にもやしは覚醒した。もやしの身体は宙を漂っている辛もやしのなかに囚われていた。もやしは必死に自身を捕えているものを引き剥がして進んでいく。

――僕は誰より輝きたい! そう願ってた。これからも願ってしまう!

 だから、個性が、濃い味付けが、個性が欲しかった。辛もやしは自身の願望の姿であることに間違いはない。

――だけど! みんなと仲良くしていきたい! 僕がいまよりもっと輝くためにも!  僕には皆が必要なんだ。

 同時にもやしは周りに仲間を求めていた。それは子供が抱くような理想だ。それをどこかで悟った気になっていたから黙っていたのだ。

――全部は無理かもしれない! それでもやる前から諦めたくない! 諦めない!

 もやしは叫びながら進んでいく。もやしとは光がない環境でも成長することを止めない生きものだ。希望が彼のなかで光り輝いている限りもやしの歩みは止まらない。

 ついに辛もやしの壁をもやしが突き破る。さらに誰かがもやしを引っ張り上げる。


「見つけたデチ!」

「えっ⁉ 誰ぇ⁉」

「パクチーはパクチーデチ! さあ、いくデチ! 決着つけてこいデチ!」


 もやしに絡みついたパクチーはその身体をしならせ、もやしを振り回す。

 開けた視界のなか辛もやしの本体が宙に浮いていた。


「……し、さーんっ!」


 自分を呼ぶ声に振り返ると、パクチーの茎の先を掴んだ水菜が叫んでいた。それだけではない。メンマとナルトがクネクネと踊り、プラ容器は蓋をパカパカと拍手を送る。粒の仲間たちが跳ねる横ではキャベツが剥がした葉を振っていた。


「辛もやしー!」

「もやしぃぃっ!」


 パクチーにぶん投げられた勢いそのままにもやしは辛もやしに突っ込んでいく。


「たった独りでスターになんてなれないんだよっ!」


 もやしと辛もやしが激突する。お互いの身体がしなり、軋んでいく。


「あ、ああぁ……⁉」


 辛もやしの身体が回転しながら吹っ飛ばされた。

――うそだ。なんで、僕が、もやしに負ける?

 辛もやしは信じられなかった。けれど、それ以上に悔しくて悔しくてしょうがなかった。自分が捨て去ったものを全部抱えて進めるもう一人の自分の存在が。

 ステンレス台に叩きつけられても辛もやしの転がる身体は止まらずそのまま淵から滑り落ちた。

―—落ちる。終わる……!

 辛もやしは終わりを確信したが、その落下はすぐに止まった。


「だから、僕には君も必要なんだ」


 もやしのヒゲ根がその身体に巻き付き辛もやしを支えていた。

 辛もやしは呆れたような声を漏らした。


「……欲張りな奴」

「そうだね」


 もやしは苦笑してから、辛もやしを引き上げた。

 その姿をらぅめんトッピングたちは見守っている。 

 もやしは夢を見ていた。それは皆が輝ける世界らぅめんと誰より輝く自分の姿。

――だから、僕は。

 もやしはこれからも歩み続けることだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る