第5話 さつまいものナッツ炒め(オミカヤ)


夜も更け、お客もいなくなった頃、私はまだニーチェにいた。料理もたらふく食べてまだ帰らないのは、リンに新メニューの試食を頼まれたからだ。そんな大事な務めを私がしていいのか?と断りかけたが、日本には美味しい食べ物が沢山あって、日本の人々はここの住人より舌が肥えている。だからこそ頼みたい。と一撃をくらい、こればかりはと承諾した。目の前に置かれたのはプレートが3つ。そこに同じ料理が盛られている。

「料理自体は一緒だけど味付けが違うんだ。どれがいいか判定して欲しい。」

「…わかった。その前に料理の説明お願い。」

「ごめんごめん。これはオミカヤって料理で、焼いた芋とシイナっていう木の実を、オリフっていう花の蜜で炒めたものだよ。」

なにか見たことがあるようなないような。黄色いお芋はさつまいもっぽい。そしてシイナはナッツのようだ。甘い香りが食欲を唆る。

「ありがとう。じゃ、頂きます。」

右端のプレートからつつく。

「ん、甘辛い…」

オリフの花の蜜がとろとろで、芋とシイナによく絡まっている。甘辛いが、めちゃくちゃに辛い訳ではなく、砂糖醤油のような程よいしょっぱさがあってとても美味だ。そして芋はフックラ濃厚で、テリーヌを食べているような感覚だ。ナッツはカリカリでいいアクセントになっている。デザートのようだが、少々のしょっぱさが、お惣菜であることを確立させてくれている。

「…どう?」

不安げな顔でリンが問う。

「…めちゃくちゃ美味しいよ!あまじょっぱくて最高。」

「じゃあ、真ん中のは?」

リンに促されるがまま、水を飲んで口の中をリセットし、真ん中のプレートをつついた。

「ん、すっぱい…?」

「ちょっと酸味を効かせたんだ。」

口に入れた瞬間爽快感がある。酸味があって、ミントのようにさっぱりする。しかしこれもオリフの花の蜜と相性がいい。濃厚な芋に程よい酸味がよくマッチしており、あとに来る爽快感は、口の中をさっぱりさせて、とても食べやすい。

「これも爽やかって感じですごく好き!」

「ほんと?じゃあ1番左のやつは?」

また言われるがまま、水を飲んでから1番左のプレートをつついた。

「これは…さらさらしてる。」

「オリフの蜜にマリンジュースを加えてさらさらにしてある。」

先ほどの2つとは触感が違うが、ジュースに漬け込まれた芋は、噛めば中から汁が溢れてきてとてもジューシーに仕上がっている。マリンジュースとやらが甘酸っぱいような味わいなので、先ほどの酸味とはまた違う、フルーツとしての甘酸っぱさがあった。

「これも美味しい…」

「どれが1番良かった?」

「うーん…どれもめちゃめちゃ良くて、決められないよー。」

「えー、それじゃ困るよー、来月からの新メニューなんだよー」

「…んー、…じゃあ、全部だそうよ!」

「え?」

「これ、どれも本当に美味しくて、食材は一緒だろうけど、味付けだけで3つとも全然違うものになってるもん。優劣なんて付けられないし、ね?」

「…うーん…考えてみるよ。」

「うん!本当にリンは料理が上手なんだね。」

「お母さんが料理上手だったからね…」

それを言ったリンは、なんだか遠い目をしていた。あまり触れてはいけないと思い、この前の食堂の話をもちだした。

「リン、あのね、このまえここに来たんだけど、定休日で、それでもお腹すいてたから、ふらふらーって、名前も分からない食堂に入ったの。そしたら凄く腰を曲げたお婆さんがいて、料理も凄く楽しみにしてたんだけど、ハナちゃん?ていうムカデを使った料理が出てきて、食べてみたら全然味がしなかったの!私びっくりして、全部食べれずに残しちゃった…」

「そんなことがあったのか…それなら入り口の隣にあるインターホン押してくれれば、もしかしたらなにか用意できたかもしれない。ウチはハナちゃんは身が少なくてコスパが悪いからあんまり仕入れてないんだけど、、でも異世界の料理ってそんなもんなんだ。さっきも言ったけど、日本には沢山美味しいものがあって、焼くだけでも美味しかったり、柔らかかったりする。でもココはそんないい食材はあまりない。むしろ魔物は野生だからみんな身を守るために皮は硬くて身が締まってるのが特徴。もちろん焼くだけじゃ硬くて食べられないものも多いし、淡泊な味しかしない。それに調味料のレパートリーも俄然少ない。でもそれがここの普通なんだよ。ココの人はそれで美味しいって感じる。それで満足なんだ。だからそのお婆さんが間違ってる訳でも無いし、あんたも間違ってない。文化の違いって捉えるのが妥当だよ。」

リンにそう言われて、改めて気が付いた。確かに私も外国で似たような経験があった。とてもじゃないけど辛くて食べられなかったのを覚えている。それと一緒なんだ。お婆さんが嫌がらせをしてきたわけでもなく、ただいつも通り作って提供してくれただけなんだ。それがお婆さんの味なんだ。だから誰も悪くない。

「そうだね…ありがとう。」

「うん…あ、その食堂で人間だってことバレてないよな?」

「え、あ、バレてないと思う。」

「あんたが初めてここに来た時も言ったけど、他の人に人間だってことがバレてはいけない。もちろんここのものを人間界に持っていくのもご法度だよ。」

「もちろん覚えてるよ。ここじゃ私は魔導師ってことになってるからね。」

「魔法の使えない魔導師ね。」

「ちょっとバカにしたでしょ。」

「してないよー。ほんとのことじゃん。」

今日は楽しかった。始発までリンと2人でたくさん話してたくさん笑った。

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